aftersun
東京1日目:国分寺
今までで1番上手く歌えたと思う
でもメンバーがこんな風に歌ったら「もっと雑味を消してシンプルに歌って」と注文するかもしれない
「自分に酔って歌い上げるようなああいう歌い方はしないでほしい」とよく伝えている
「歌うのは好き?楽しい?」そういえばそんな確認はしたことが無かった
彼女たちがどんな顔をして歌っているのか私は知らない
歌詞を解釈したり思いを重ねたり浮かべたりするのだろうか
それとも記号の羅列を読み上げるように歌っているのだろうか
書いた歌詞に感想を言われたことも意味を聞かれたこともほとんど無いのでわからない
寂しいような気もするけどそれはそれで良いような気もする
だって彼女たちは今日も私の言葉で笑っていた。
東京2日目:代々木
ライブとオーディションの面談を終えて急いでタクシーに乗る
新宿なのか渋谷なのかよくわからない場所にある(たぶん)代々木へ
いつの日か書くか書かないかはわからないけどこの数ヶ月、結構今後の活動に関しての大事な取り組みにチャレンジしている
これによってグループへの未来の進め方が大きく変わってくる
チャレンジなので成功確率は50%と言ったところ
それでも私はその50%の為にかなり細かくてめんどくさい仕事を半年ほどしなくてはいけない
そして仕事とはいえ私以上にそんな作業を請け負ってくれるこの人の清濁合わせ持った真っ直ぐな正義感に助けられている
優しくて良い人だなんて言葉では形容したくない
きっと強くて弱い人なんだろう
だけど、だから私はこの人に出会えてよかったと思っている
コインが裏になったとしても私は半年後きっと強くなっているだろう
未来で落ち込まないように今はひたすらそんな強がりを言って自分に言い聞かせる。
東京3日目:西永福と新宿
西永福は僻地だなんてずっとライブのMCでイジっていたが実際東京の土地に馴染んでくるとそこまで僻地では無い気がする
大阪で言うと桜ノ宮や桃谷ぐらいだろうか
それとも茨木とか吹田とか八尾ぐらいだろうか
お隣の永福町となるとまた印象が違うのかもしれない
西永福から電車に乗って新宿へ
土地勘が無いので東京在住のメンバーに付いていく
この何年ずっとわからないなりにメンバーを目的地まで引率していた
目的地までGoogleマップを開かずに付いていくだけというのは何て楽なんだろう
渋谷よりは新宿の方が馴染むような気持ちをずっと持っていたが東京を歩けば歩くほど東京なんて街は無いことを知る
しかしそんな空虚な街の引力に私は吸い込まれていく
何処かの土地を愛するなんてこの先もきっと無いだろう
名前しか無いこの空っぽな街は常に私の飢えを受け止めつつも放っておいてくれる
もう誰も私を抱きしめてはくれない。
東京4日目:代々木
今年1番訪れた街は代々木だと思う
縁があるのかもしれない
植物園の中にある水槽に居た魚
屋上から見える知らないビル群
色んな椅子と大きな鏡と彩られた液体と表情豊かな筆
またカメラを持ってあの廊下を歩きたい
プロの方に写真を褒めてもらう
社交辞令だとはわかっているがよく撮れてると思う
だって私は彼女をこの世で1番美しく撮る術を知っているから
私にしか撮れない写真がある。
東京5日目:吉祥寺
彼女の声は周りの大学生の狂乱にかき消されて全く聞こえなかった
それが「この店は美味しくてオススメ」と言って連れてきてくれた彼女の生きづらさや儚さを象徴してるようで胸が苦しくなった
酔っ払いは何故大きな声で自作の歌を歌うんだろうか
メロディーは何処かで聴いたような曲のパクリだから悪くないが歌詞は稚拙で下品だし声がデカ過ぎて耳が痛い
こんな場所でライブにおいてのPAの大事さを理解するなんて思わなかった
喫茶店で映画の感想を語り合おうと言ったはいいがそんな気分になれるような映画では無かった
電車に乗っても携帯電話に触れることしかできず「中央線って確かに便利だな」なんてことを思いながら彼女の横顔を見ることもできなかった
あとひと駅というところで私はネットに転がっていたその映画の考察みたいなものを彼女に話して101分かけて開いてしまった穴を少しずつ塞いだ
私と話すことで色味が付いていく彼女の声はずっと私が探してた朝みたいだった
思いもしなかったがこの日私は彼女にずっと守られていた
この映画にまた何処かで出逢えたら私は彼女と過ごしたこの瑞々しい色と声を思い出すんだろう
今度から映画を観る時はある程度どんな映画かを知ってから臨んでも悪くないかもしれない
もっとより深くこの映画に潜り込もうとしたけどあいにく酸素ボンベは底を尽き息が続かなくなってしまった
それでも君の呼吸が少しでも続きますように
この映画に出会えてよかった。
東京6日目:渋谷
お金に余裕が無いので漫画喫茶に泊まってみた
隣りのイビキが煩すぎるまでは想定内だったがそれに激怒してひとりごとと舌打ちが止まらない斜向かいのおじさんと泊まったスペースが空調の真下だということは想定外だった
12時間¥2,200だから文句は言えない
今日オーディションに来た子は16才だった
素敵で可愛い子だったが本当にくぴぽに入りたいのかが伝わって来なかったので1週間ちゃんと音源を聴いて考えておいでと帰した
2日目にオーディションした子から「まきちゃんと話して自分でプロデュースしたくなったので辞退する」という連絡が入る
プロデュース論を語ったつもりは無かったが茉里ちゃんに「そっちの気にさせてどないすんねん!」と突っ込まれて笑うしか無かった
くぴぽっぽい子だなと思ったからこれで良かったのかもしれない
この5日間を取り戻すように1日中喫茶店で事務作業をしてこの日は終わった
「渋谷 カフェ 電源」で検索すれば大阪で過ごす日々と何ら変わらない時間を過ごせる
ご飯を食べるのを忘れるほど太陽が急ぎ足で沈んでいく
最近は1日1食生活になっている
あんまり良くないがこれはこれでちょっと楽しかったりする
私は結構こういう事務作業が好きだ。
東京7日目:新宿
ライブを終えてから急に咳が止まらなくなった
体調は元気なのに咳だけが止まらない
周りの同業者も同様の症状が増えてきてたのでとうとう自分にも来たかと覚悟を決めていた
アニータさんと後藤さんと3人で会う約束をしていたが治りかけとはいえ何だかこの状態で会うのは申し訳無いと思ってキャンセルをしてしまう
そして何となく気分を変えようと渋谷から新宿に移動する
新宿に着いた瞬間、後藤さんから「なにしてんの?」というLINEと共にROCK CAFE LOFTと思しき写真が送られてくる
GPSでも付いてるのかと思うぐらいの偶然に驚き、咳は完全に止まっていた
10分ほど歩いて会場に付くとオクヤマウイとめろん畑 a go goのルンちゃんがトークライブをしていた
会場に不釣り合いなアニータさんと後藤さんを見つけると「好きなもの食べや」と後藤さんが自分の伝票を差し出してくる
司会も居ない自由なトークライブはいかにもアイドルのトークライブって感じがしてお客さんの温度も含めて結構良かった(大きい唐揚げも美味しかった)
会場に居たワタルさんにコーラをご馳走になってふと東京に今私は居るんだなと感じる
トークライブが終わった頃には最初から居なかったみたいにアニータさんと後藤さんの席には知らないお客さんが座っていた。
東京8日目:錦糸町
起きたら14:00だった
延長料金を支払って外に出ると雨が止んだタイミングで、昨夜余りの無愛想に悲しくなった喫茶店の前を歩く
LOFTで最近働き出した友達へ会いに行く
話の流れで一緒に大喜利イベントをやろうということになった(けど今思うと自分が主催するのはちょっと違うなと思うので断りの連絡を入れなきゃいけない)
この子との付き合いは長いが、ずっとなんか愛おしい
そろそろお邪魔かもしれないなと思うタイミングで「今度パジャマパーティーでもしよう」と約束して錦糸町へ向かう
確かにそうだった
ずっと長年スタッフで私を支えてくれているこの子とこうやって話すのはそう言われてみたら初めてだ
今のスタッフの中では1番長いかもしれない
常に一定の距離に居たので苦楽を共にしたという訳では無いが、たぶん彼女は一生私の味方だと思う
出会った頃に電話口で酔いながら言った言葉を覚えている私はズルいかもしれない
でもあれから何年経っただろう
やっと友達になれたのだからもう忘れてあげてもいいのかもしれない。
東京9日目:渋谷
長年の憧れの人に会う
こういう時の私は意外にも全然緊張しない
過度な恐縮は逆に失礼という自分ルールに沿って生きている
最後に自然と「まきちゃん」と呼んでくれたことが嬉しかった
オーディションは続く
色んな女の子を見てきたがはっきり言ってオーディションでは大したことはわからない
その子のことなんて入ってみなきゃわからないので言わばロシアンルーレットみたいなもんだ
きっとそれは向こうにとってもそうだろう
それでもそこで感じたものを信じてみるしか無い
希望と不安がかき混ざった瞳を見ると無責任にも幸せになってほしいと思う
選ぶとはなんて残酷な行為なんだろう
選ぶ立場に酔ってはいけない
私だって常に誰かに選んでもらう立場なのだ
いつも選ばれない立場なのだ
オーディションに応募してもらったという事でもあなたに私は選んでもらった訳で、本来なら1人ずつ頭を下げてお礼を言ってもオーバーでは無いだろう
忘れてほしいと願ったのに忘れないでと言いそうになる
どうしてもな事情で新幹線に乗って大阪へ帰る
いつも10時間以上かけて運転してる道のりが数時間で辿り着く
贅沢で申し訳ない気持ちになるがたまにはこんな日があってもいいのかもしれない
やっぱり駅弁は美味しくなかった。
大阪1日目:日本橋
先方に謝罪して夜のイベントの入り時間を遅らせてもらったのにオーディションの子は来なかった
オーディションをしていたらこんな事は日常茶飯事な出来事なのにやはり少し傷付く
しかしそんな時間すら今は許されないので急いで日本橋に向かう
烏滸がましくも高温だとは言えないがその火はずっと消えることなくただただ熱を帯びたまま身体の何処かに灯っていた
サーモグラフィーなんてものがあればそこだけ鈍く光っていたに違いない
こんなに傷付いて惨めな思いをするなら恋なんてしなけりゃよかった
そんな思いをしない為に血反吐を吐いて頑張ってきたのに
それでもちゃんと定期的にこんな目に遭わないと前に進めないんじゃないかとも思う
帰り道に見た看板の文字は激しい通り雨に打たれて消えていた
それでも無かったことにはならない
瘡蓋にもなってくれない傷口にどれだけクリームやオイルを塗りたくってもあの日からずっと夢見ていた光はジリジリと私の心を焼いていく
辛さを抱きしめて辛抱と名付けた人にそれでも私はフリップで返したい
彼が腹を抱えて笑ってくれるまで。
※文中に登場する地名はフィクションです。