おとなぶる日々
『きのう何食べた?』『大奥』『西洋骨董洋菓子店』などの作品で知られるよしながふみさん。彼女の『愛がなくても喰ってゆけます。』というエッセイ漫画が好きで、折に触れ読み返している。愉楽のなかに静かな寂しさが顔を覗かせる不思議な凄みを持つ作品なのだけど、ある回で万能ネギについてのエピソードが語られる。登場人物の「Yなが」と「S原」は子ども時代、普通のネギとくらべて高価な万能ネギを母親にねだり、拒否された思い出で意気投合した過去を持つ。年月が過ぎ、Yながは漫画家になり、S原は就職できずプーとなってYながの家に住んでいた。あるときS原はめでたく就職と引っ越しが決まり、お祝いにちょっといい和食店で万能ネギたっぷりの料理を思う存分堪能する。そして食事の終盤、
「S原 自分のお金で万能ネギ食べられるってとってもいい事だよ がんばんなよ…」
とYながは言い、2人は「いい夜だな」「いい夜だね」と言い合うのだ。
さて先日、鮨が食べたくなった。歓楽街の真ん中に、ざっくばらんな雰囲気ながら大変旨い鮨を握ってくれる店がある。一人で鮨をつまむのは好きだが、その夜はどうにも一人でいたくないという思いがあった。さりとて誰でもいいというわけでもない。面倒な願望をもてあまし、長いつきあいの男友達に連絡をすると二つ返事で来てくれるという。ありがたく厚意に甘えることにした。
日本酒を冷でやっつけながら、適当に握ってもらう。むっちりと甘くとろけるえび、濃厚な旨味が押し寄せるまぐろ。ごく軽い〆具合の分厚いしめさば。なんて旨いんだ。サービスの味噌汁は海老の赤と万能ネギの緑が目に鮮やかで、その出汁は五臓六腑に染み渡って花冷えに縮こまっていた心身をほぐしていった。互いに言葉を失い、幸福のため息をつきっぱなしである。
「大人っていいねえ」と、ふと彼がつぶやいた。「若いときは安いもので充分とか思ってたけどさ、こんな美味しいもの食べられるようになって」
お金で買えない幸せもたくさんあるけれど、万能ネギや鮨のように「買える幸せ」もたくさんある。それらをこうして楽しめるほどに仕事をがんばれているし、共感しあえる友もいる。いやなこともたくさんあるけれど、それをいつまでも引きずらないでいられるほどには自分をコントロールできるようになった。傷つきすぎないための鈍感力も身につけた。こういうのは、若い頃には想像もつかなかった。そんなことを、とりとめもなく語り合う。
「大人っていいねえ」
「大人になってよかったねえ」
誰かに期待するのも依存するのもやめた。寂しさにも鈍感になったから、若いときほど泣かなくなった。泣くと化粧がはげるしね。
さて我々は大人であるからして、夜を徹して飲み明かすようなことはしない。翌日がキツいからである。終電前にきっちり切り上げて、じゃあね、またねと言って別れた。いい夜だった。実はその日、私はとてもしょんぼりしていて、身につけた(はずの)大人力も発揮できないほど弱ってしまっていたのだった。それで彼を頼らせてもらった。何が大人だ。やっていることは完全にお子様である。肩に力の入らない会話で上手に甘えさせてくれて、私を立て直してくれた彼の大人力に感謝しながら、もうちょっと頑張ろうと思ったのだった。大人への道はまだまだ遠い。
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