スタートライン 12(小説)

 その車椅子の人は高木さんという男性だ。年齢は自分より上だと事前に聞いていたが、後でわかったが同い年だと判明した。
 彼は元々は車椅子を使う生活ではなく、成人してからの事故により手足が不自由になったと、本人が教えてくれた。そう話す彼の口調はなめらかだった。そこに悲壮感はない。僕と何も変わらない青年だ。自分が同じ事故にあったら、僕は彼みたいに話せるのだろうか?と考えながら聞いた。  
 生まれ持っての障がいではなく、突然体がハンディを持つと、多くの場合誰もが落ち込むと講習で聞いたが、その次の段階である、その特徴を受け入れ前を向いた状態なのだろうと思った。勝手にだが、ここまで来るのに想像を絶する葛藤があっただろうと考えたり、いや、きっとそれ以上に心の中はぐちゃぐちゃになり、底なし沼の中に頭の先まで浸かってしまっていたのだろうかと考えた。

 しかし、今の彼はそうは見えない。彼と話し、接するうちに、彼は僕と何も違いはないと知った。ふざけるし、笑うし、おもしろいし、前向きだ。性格に障がいの有無は少なくとも彼に関しては関係ないように思えた。四肢麻痺の人と初めてこうやって接してみて、自分は偏見なんてないと決めていたのが間違いだと気づいた。みんながみんなそうとは鍵らないが、彼は僕がこれまで出会ってきたハンディのない人と同じで、違いなんてない。

 ダイビング器材をタンクに装着させると、さっそく実際に海へ入る時間となった。知識を学び、想定した練習を重ねてはいたが、実際はそう上手くはなかなかいかないのでは?という予想が当たった。
 目が見えなかったり、片手や片足、手のみ、足のみが不自由はそこまで難しくないイメージがあったが、両手両足が不自由の場合、突然僕の前に様々なハードルが立ちはだかった。
 四肢麻痺の人と潜る時、インストラクターが二人必要となる。前と、後ろにつき、一緒に潜降していく。耳抜きは、前のインストラクターが本人の代わりに鼻をおさえる事で行う。水中に入っていくと耳の空間が水圧により押されるので、耳抜きは必ずしなければならない。唾を飲み込んだり、顎を動かすという方法もあるが、唾を飲み込むというのが得意ではない今回、鼻をゆっくりかむ方法を僕達は選択した。真剣に取り組みながらも、これが初めてのハンディキャップダイビングなんだと一気に実感が沸いた。一時たりとも集中力を欠いてはいけない。

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