スタートライン 15(小説)

 麺をすする。口に入れる。舌で味わう。噛む。喉に通す。続けて濃厚なスープを飲む。時折「おいしいなぁ」と声を洩らす。そしてまた麺を食する。麺とスープも旨いが、肉とメンマも高いクオリティを保っている。それらも次々に胃に入れていく。そうすると、ものの五分もしないうちに器は空となった。隣に座った松田はまだ食べているが、早々に僕は食べ終えた。それから水をゆっくりと飲み、極上であったラーメンの余韻に浸った。

 店を松田と出ると、再び二人して「おいしかったなぁ」とその店を称えた。そう、とにかくおいしかった。頻繁にその店に通っているが、毎回そう思っている。松田はまだ行ったことがないと知り、昼にこうして二人で食べに来た。松田も僕と同じくラーメンが大好きであるが、最近まで横浜に数年住んでいた事もあり、大阪のラーメン事情にうとくなっていた。そんな彼に、毎日「近くにおいしい店があるんだよ」と言っていたから、こうしてその味を紹介出来て嬉しい。おいしいという幸せを共有するって嬉しい。僕も松田も酒が弱くそこまで好きではないので、酒を飲みに行くよりこうやってラーメンを食べに行くほうが楽しい。
「あーお腹いっぱいやー」
 そう言う松田の腹は大きく膨らんでいた。
「めっちゃでっかくなってるやん」
「やばい!そりゃあこうなるよな」
「なんでやろ?」
「なるやろ。昼飯食べてすぐにラーメン食べたらそりゃあこうなるやろ」
「そうかな?」
「牛丼食べたばっかやったの知ってるやん」
「知ってる!知ってる!」
 そう、僕がラーメンに誘った時、松田は店で牛丼を食べていた。その彼に、「ラーメン食べようよ?行こう?」と誘ったのはまさしく僕だ。僕はまだお昼ご飯を食べていなかった。だから誘った。この店を元々紹介したかったし、早く食べてもらいたかった。今日こそがベストタイミングだと思った。彼が驚くのはわかっていた。そして、絶対に来る事もわかっていた。彼はノリが良いし、おもしろい事が好きだ。だからこの提案に乗らないという選択肢はなかった。案の定、おもしろくなった。
「やばい、まじ腹一杯」
「あーおもろいなー」
「今度は逆に誘うからな」
「いいよー」
 このやりとりに懐かしさを感じた。十年程前と同じような会話だ。この仕事を始めた時、前の職場で僕らは出会い、こうやってラーメンを仕事後によく食べに行ってた。もうそういう日なんて来ないとあきらめていたが、再びそういう日はあった。待っているだけではきっと実現しなかっただろう。

 仕事の話の他に、こうやってくだらないやり取りをするのが新鮮だった。もうどれ位そういうのをしていなかったのだろう?思い出そうとするが、なかなか記憶が甦らなかった。きっと少しはあっただろうが、今日みたいに自然と笑う日なんて随分となかった。そして僕たちは前を向いている。松田がいたら掲げる理想の店になれる。それに、澤田も来る事が決まった。とても心強い。あともう一人は人を増やしたい。しかし、どうやったらいいかはこの時点では何も良い案は出ていなかった。出来る、そして、やる。今出来る事、やるべき事をやりつつ、もっと考える。とにかく、良いと思った出来る事は全てやる。そしてそれをやりながら考える。考えるだけでは前には進まない。考える、考える、考える。願うだけでは何も変わらない。待っていても良い事なんてそんなにない。自分の人生、より良い方向に進むには、自分でつかみとるしかない。

 好きな事、成し遂げたい事があるから、二十歳の時「全力で生きてみる」道を選らんだ。人生が一度だけだからこの道を選んだ。
 三回位あるのならこの道を選ばなかったかもしれない。当然シンドイ事もあるし、それ以外の好きな事が出来ない時もある。けど、覚悟を決めているから平気だ。今を全力で生きる。人生は色んな道があるし、色んな道を選んでいい。選ぶのは自由。自分の人生だ。人それぞれ。同じ人生なんてない。一見楽しそうに見える道もあるし、キラキラ輝いて見える道もある。その道を選んだのは自分。方向転換もアリ。道は1つじゃない。選択肢は沢山ある。

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