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新しい「確率思考の戦略論」をEBMガチ勢が要約してみた

はじめに

こんにちは、マケティ(Makety)です。
総合広告代理店でストプラ(ストラテジックプランナー。クライアントのマーケティング戦略立案業務を担う)とデータサイエンティストの兼任業務に身を捧げたのち、現在は個人で一部企業様のご支援をさせていただいています。
2016 年にUSJをV字回復させた森岡毅氏と、元P&Gリサーチャーの今西聖貴氏が執筆し、マーケティング界を騒然とさせた「確率思考の戦略論」。
そのの新作、「確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか」が、2025年1月29日に発売されました。

初めに申し上げると、私は確率思考の戦略論やブランディングの科学、戦略ごっこといった書籍で語られるいわゆる「エビデンスベースドマーケティング(EBM)」のガチ勢オブガチ勢です。
前作の確率思考の戦略論はかれこれ100周はしており、記載している全ての数式を証明込みで頭に叩き込んであるほか、実際のクライアント支援においても多分に理論を活用しています。
本作に関しても何周も読み込んだうえで書いており、「理解が浅いかもしれませんが、、」といったよくあるエクスキューズは一切抜きで書きたいと思います。
本要約を読めば、書籍の7割程度は理解できるはずです。
また、玄人の方ほど抱きやすい

  • ターゲティングをすべきでないというが、例外はないのか

  • 森岡氏はコトラーの全てに反対なのか

  • 「コンセプト」とはよく言うが具体的には何なのか

といった疑問も解消されます。
ー以下要約ー

1.市場は負の二項分布(ダブルジョパディ)に支配されている

前提:負の二項分布・ダルブジョパディとは

  • 負の二項分布

    • カテゴリーやブランドの構造を表す数式。


  • この数式を得るための詳細は一旦割愛。ここで重要なことは、この数式によれば「浸透率(=一度でもブランドを買った人の割合)」が「奥行き(一人あたりの購入回数)」を規定すること

  • ダブルジョパティの法則

    • ではどう規定するか、というと、浸透率が高いほど奥行きも高い。すなわち小さいブランドは浸透率が低くなり、奥行きも低くなるという二重苦=ダブルジョパディに苦しめられる。

ジビエレストランは牛肉レストランには勝てない

  • 市場においてジビエよりも牛肉のほうがプレファレンスが圧倒的に高い。多くのひとが食べる牛肉のほうが購買頻度も高くなるため、これは自明である。すなわちジビエレストランをつくって牛肉レストランに勝とう、というのは無理がある。

  • それでもどうしてもジビエレストランを作るなら、間違っても限られた市場の数%のジビエ好きのみをターゲットにしたりせず、どうすれば普段ジビエを好まない若い女性などが来てくれるかを考えるべきである。

ターゲティングはやむをえず行うもの

  • 負の二項分布による市場のルールに則り、原則ターゲティングはするべきでない。なぜなら市場全体をTGTとして、一人でも多くの購買を促すことが売上(≒M)最大化の鉄則であるためであるる。

    • 著者がコトラーに反対しているのはこの部分。コトラーの著書には「広く浅いターゲティグより狭く深いターゲットのほうが有効である」とする記述が散見される。(一方これ以外の点では、コトラーの見解は有用なものであるとしている)

  • TGTを決めるべき場面があるとしたらそれは、限られたTGTでしか規定できない便益を戦略的なWHAT、つまりブランドのコアな提供価値に置くべきとき。

  • 具体的には例えば、便益A(市場全体に訴求できるもの)と便益B(限られたTGTにのみ訴求できるもの)それぞれをWHATにおいたマーケティングコンセプト(詳細後述)をもとに定量調査で需要を測り、後者の購買意向がTGT人口の差を差し引いても高いのだとしたら、便益Bを採用する(ことにより結果としてTGTを規定する)意味がある。

  • しかしそのような場合においても、まず考えるべきは便益Aの奪取。多くの場合において上述の便益Aように市場全体への便益で十分な購買意向が取れない場面というのは、すでに競合がその便益を取っている場合。そのような時でも、自社リソースでこれを奪い取るのが原則最も勝算が高い戦略である

  • ※HOWでのTGT規定、すなわち特定施策を一部TGTに向けて企画する、デジタル広告で購買可能性が高いところを優先的にターゲティングする、といったことは普通に行うべきことで、この議論とは別

負の二項分布の例外は消費者が選択できないとき

  • ベジタリアンのレストラン選択やアルコール中毒者のアルコール購買を対象に分析すると、負の二項分布に従わない(浸透率に対し奥行きが高くなる)ことがある

  • この延長で、カテゴリーの壁を破壊するような超強力な便益を提供できる場合(極端な例だと1枚で100g痩せていくポテトチップス)は事実上消費者に他の選択肢が無くなるため、負の二項分布に従わないことがある。

消費者はカテゴリ>ブランド>商品の順で購買を決める

  • 負の二項分布からは少し離れる議論だが、消費者はカテゴリ>ブランド>商品の順で購買をおこなう。自動車を買わない人はトヨタを選べず、トヨタを選べない人はカローラを選ぶことはない。

  • これは消費者の脳は省エネするようにできており、自分と関係のない情報の塊を遮断したがるため

2.重要なのは戦略的エクイティと、それを生むためのマーケティング・コンセプト

ブランド・エクイティ、戦略的ブランド・エクイティとは

  • ブランド・エクイティとは特定ブランドに対して消費者が連想するイメージ。例えばマクドナルドのブランド・エクイティは「赤い色」「黄色のMの字」「ポテト」「美味しい」「安い」など。

  • 戦略的エクイティとはブランドが意図して構築しようとするブランド・エクイティ。そのカテゴリにおいて重要・中心的なもの(テーマパークなら「幸福感」住宅メーカなら「安全性」など)を設定する必要。

マーケティング・コンセプトとは

  • 戦略的エクイティ構築を目的とするための道具。戦略的エクイティを版画だとするなら、マーケティング・コンセプトはそれを形にするための版木。文章で明文化されるもの

  • 実例(書籍より引用)

    • 確率思考の戦略論のマーケティングコンセプト

      1. 消費者プレファレンスを上げる秘訣を知りたくありませんか? 『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』を読めば、消費者プレファレンスの最大変数である“マーケティング・コンセプト”の本質をわかりやすく理解することができます。なぜならこの本は、机上論ではなく、多くの実績と経験に裏打ちされた実務家視点で書かれているからです

    • 丸亀製麺のマーケティングコンセプト

      1. 丸亀製麺は“できたての美味しさ”にこだわって、1店舗1店舗で粉からうどんを打っていることを御存じでしたか? 丸亀製麺は他のどの競合よりも本物のできたてを提供しています

  • この文章を用いてアンケート定量調査で調査で購買意向を聴取したり、これに立脚して具体戦術(広告コピーなども含む)を作成する

3.マーケティング・コンセプトの具体的作り方

書き方の基本

  • 基本的な書き方は**「STC※後述→便益→RTB(必須ではない)」。

    1. 消費者プレファレンスを上げる秘訣を知りたくありませんか?(STC)

    2. 『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』を読めば、消費者プレファレンスの最大変数である“マーケティング・コンセプト”の本質をわかりやすく理解することができます(便益)

    3. なぜならこの本は、机上論ではなく、多くの実績と経験に裏打ちされた実務家視点で書かれているからです(RTB)

  • STCとはSetting the contextの略で、文字通りブランドを位置づける文脈のこと。以下3つのやり方がある

    1. 価値を高めるシーンを設定する

      • こんな問題ありませんか?という提案。

      • 例)「健康診断で内臓脂肪が心配じゃありませんか?」

    2. インサイトをつく

      • 消費者がハッとする深層心理をつく

      • 例)「部屋干ししたあの嫌な匂いは、実は衣類の雑菌のせいだったのです!」

    3. 消費者のメガネ(期待値)を変える

      • 消費者がカテゴリーに期待する軸とことなる軸を提起すうr

      • 例)乾燥パスタカテゴリーにおいて、従来の期待は「たった◯分で出来上がるパスタ」という茹で上がる速さだったものを「麺を変えるだけでパスタは一気に美味しくなる」と「美味しさ」軸を提案

本能を刺激する

  • 前述のとおり、人間の能はサボりたがり。数多の情報が駆け巡る中で、本能を正しく刺激することでマーケティング・コンセプト(版木)は、ブランド・エクイティ(版画)を脳に刻みこむ

    • イメージ(マケティ作成)


  • 「美味しいものを食べたい」「性欲を満たしたい」「他人を攻撃したい」「自分だけ得をしたい」数多ある人間の本能的欲求を理解し、STCや便益を規定することが必要

脳内記号をつかう

  • 狙いたい戦略的エクイティと、すでに消費者の脳内で結びついている「記号」を用いてSTCや便益を定義することで、よりマーケティング・コンセプトはワークするようになる

    • パスタにおける「もちっと」という記号は「美味しさ」消費者の真相心理の「おいしい」を呼び起こす

    • 西武園ゆうえんちの「昭和」という記号はオールウェイズ三丁目の夕日のような「幸福感」を呼び起こす

4.マーケティングは正義か悪か

  • 消費者の心を操ろうとするマーケティングの試みは「悪」ではないかという問いがあるが、そうではないと森岡氏は提唱

  • たとえば一つの小さなみかんを取ってみても、それをただのみかんとして食べるのか「手間暇をかけて作られていること」「一部でしか流通しない希少なものであること」といった独自の文脈を知ったうえで食べるのかで、その食体験から得られる幸福は激変する。マーケティングはこのような価値創造のための技術であり、世の中の幸福度の総和を増やすものである、と氏はとなえる。

感想

当初の期待どおり、マーケティングと真剣に向き合った人であれば誰しも一度は行き当たるであろう疑問に広く答えてくれる書籍であり、大変読み応えがありました。
一方今だ腑に落ちない点もあり、たとえば書籍内で「NBDモデルを用いることで需要予測の精度は激変する」といった言及がありましたが、その具体的方法論には触れていません。また前作「確率思考の戦略論」で語られたデリシュレー(ディリクレ)NBDモデルの具体的な実務での活用方法なども、本作では語られずでした。(さすがに刀社の専売特許ということなのでしょうか。)そのほかにも、EBM文脈で語られる「CEP」の概念と、本作の中心となる「戦略的エクイティ」の対応関係なども整理したいところです。
とはいえやはり、全編通して有益である他、本要約では触れられなかった具体事例の詳細も非常に読み応えが有るので、ぜひとも購入されることをおすすめします。


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