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四国歩き遍路日記 39日目 65番

3月31日

8時に出る。
今日は山登りだが、行程は短いので久しぶりにのんびりペースだ。
山に向かう前、食料を買っていったファミマの裏に立派な木があった。

途中通った戸川公園で、疎水感謝祭というものが行われていた。

三角寺へは甲ルートと丙ルートがあり、丙に行こうと思っていたのだが、甲に入ってしまったのでそのまま進む。本当、ナチュラルに道間違えるのなんなんだろうと思う。

みんな写真を撮ってしまうスポット

今日はまた寒くなり、山道を登って汗をかくと冷たい風で体が冷やされていく。
舗装路をずっと登っていき、9時過ぎ、65番三角寺に到着。しかし、まだ長い階段が待っていた。

階段では、車で来ているだろう人たちがみな「きついきつい」言いながら登っていて、それを横目で見ながら「俺なんてずっと歩いてきてるんだぜ。へへん」と調子こいていたのだが、納経後、階段を下りたあと間違えて違う道を下っていってしまい、だいぶ登り直すはめになってしまった。調子に乗るなという大師の戒めだろう。てゆーか、散々地図とにらめっこしてるくせに、本当なんでナチュラルに道を間違えるのか?

三角寺からはゆるやかな下り道が続く。
土佐街道と遍路道の合流点があり、昔は多くの人が行きかってたんだろう。

途中、秋葉神社が祀られてるの見つけ(地元の神社とこんなところで遭遇して)なんかほっとした。

そして番外札所の椿堂に到着。
こちらのお寺は歩き遍路からは納経料を取らないらしいというありがたい話を聞いていたのだが、お参りだけしてご朱印はいただかなった。

なんか最初からそれを期待するのもいやらしいし、かといって、知らないふりをして財布を出すみたいな演技も白々しいなという自意識過剰すぎる理由からであった。

椿堂を出ると、またゆるやかに登り始める。
途中のしんきん庵という休憩所にあった空海の言葉になんとも感じ入ってしまった。本当、人間なんの理由もなく生まれて、なんの理由もなく死んでいくだけだ。なにを思い悩む必要があるんだろう。


そして境目トンネル(855m)を抜ける。ここは愛媛と徳島の県境になってるそうで、トンネルを抜けると約一か月ぶりの徳島だ(遍路的に愛媛の次は香川だが、ルートとしてはいったん徳島に入って、明日香川に入ることになる)。


13時半頃、今日の宿に着いてしまった。
こんなに早く着くなら雲辺寺の向こうの宿にしても良かったと思うが、それはそれでまた長くなって後悔してそう。

宿の主人は、御年90歳の歩き遍路界の長老的存在みたいで、大変元気な方だった。

今旅、至る所で菅直人の痕跡を目にしている

夕食の時、やはり62番宝寿寺の話がでた。その人は、61番の仮設のお堂で62番のご朱印をもらった後、62番に行ったところ、やはり境内に入った途端に納経帳を預かられ、戻ってきたら上からべたっと紙を貼られて、そこにまたご朱印が書かれていたとの事。
自分も違和感を感じたあの納経帳を預かられるという行為の意味が、ここで判明したのだった。

後、納経しないで出ていく人には追っかけてきて、拝観料として300円請求するとか、外国人が600円なのは知っていたけど日本語が分からないふりをして300円だけ置いて出てきたとか(これはこれで問題だと思うが)。

今日で「菩薩の道場」愛媛が終わった。残すは「涅槃の道場」香川のみだ。
ちょうど三月も今日で終わり、二月から歩き始めたことがだいぶ遠くに感じられる。
そして、明日の昼にはいよいよ新元号が発表される。遍路中にこの日を迎えることは分かっていたわけだが、とうとう来てしまった。どんなものになるのか想像もつかない。

19時56分 泊:民宿岡田(2食6500円)






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