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【掌編】深夜の駅で
その少女は、17歳だと言っていた。名前は“えみる”。名字は言いたくないとか、覚えてないとかなんとか。
えみるの膝の上にはコンビニ弁当があり、それを一心不乱に食べていた。なので、私が話し掛けた時には、たぶん機嫌も悪くなっていたであろう。
真夜中過ぎ。終電も来ない駅の待合室のベンチで、えみるはたった独りで弁当を頬張っていた。 私は普段、その駅を深夜に通るわけではないけど、偶々その日、友達と数ヶ月ぶりに会った帰り道で、思ったよりも遅くなってしまった。
終電から降りると、薄暗い駅の中に、えみるがそんな様子でいた。偶然通り掛かりに彼女を見つけたのだ。 どうして、こんなところで独りで弁当を食べてるのかな?不思議な光景。自分にとっては、初めて見た光景。 凄く興味が湧いてきて、えみるの隣に座った。こんな少女のことだろうから、多少不躾な態度でも大丈夫だろうと、たかをくくっていた。
「こんばんは、こんな時間にここで何してるの?」
と、思いきって話し掛けた。が、えみるは弁当に集中していて、私を見もせず、ぶっきらぼうな返事を返した。
「見ればわかるでしょ。邪魔しないで。」
「ごめんなさいね、突然話し掛けて。良かったら、」
と、私は友達から貰ったお土産のカステラを分けてあげた。えみるは恐る恐る、初めて人の存在に気づいたかのように私を見詰める。 私は個包装してあるカステラを3個、彼女の弁当の蓋の上にそっと置いた。弁当の蓋がかろうじてセロテープで、弁当箱にくっついていたが、カステラの重みで蓋ごと、床に落っこちてしまった。 同時にえみるの食べ掛けも。 私は慌てて、謝罪してから残りのカステラを全部、えみるに渡した。
「お姉さん、ひどいよ。あたしカルビ弁当好きなのに」
「本当にごめんなさい。カステラ全部食べてね」
「──今は、甘いものって気分じゃないけど、せっかくだから貰います、ありがとう」
「あなたの、お名前は何て言うの?」
「えみる。最近まで学生してた」
「……してた?」
「辞めたの。今は働いてる」
「そう、なんだ。高校生だったの?」
「そう、高二だった。17歳になったの今日」
「え、……お誕生日だったの?」
「うん、さっき24時になったとき」
「おめでとう」
「どーも、ありがとう」
えみるは金髪にブリーチした頭をかき、照れ臭そうに笑った。白い頬が幾らか上気していた。
私は自分でも変わり者だと思う。子供の時から不思議な雰囲気の人が好きだった。あくまでも自分から見てのことだけど。
自分から見て、えみるは不思議な女の子だった。
私はベンチから立ち上がり、もう行かなくちゃと、告げる。えみるは明らかに寂しそうな目で私を見つめる。黒目がちの大きな目が潤んだ。──こんな所で、こんな時間に独りでカルビ弁当を食べていたんだから、寂しくない筈はない、と思った。
「えみるちゃん、この近くに住んでるの?」
「うん、そう。でも帰りたくなくて」
「どうして?」
「うーんと、今日って言うか昨日、工場長に怒られて、もう工場にこなくていいと言われて……それで、家に帰りづらくて……」
「そうだったんだね、じゃあ、今夜だけ私の家に来る?歩いて10分くらいよ」
えみるは、じーっと私を見詰めていた。上から下までといった感じで。今度は私が訊かれた。
「どうして?」
私は言葉に詰まってしまう。ただ、なんと無くって言うのも変だろうし。
「え?えーっと、うーんと」
「理由もなく誰かと居たいの?そんなやつかな?」
「そう、そう。別に他の意味じゃなくて。その、あなたの言うとおりで理由なんて特には無いのよ」
えみるはため息をつきながら、床の弁当の残骸をゴミ箱に捨てた。カステラは背負っていたリュックの中に入れてから、もう一度私を見て言った。
「わかる気がする。でも絶対、誘拐とかじゃないよね!?お姉さん、女だし」
「……あ、当たり前です」
「じゃあ、今夜だけお願いします」
えみるは金髪をキラキラさせながら律儀に頭を下げた。
「お姉さんの名前は?」
「それこそなんでも、いいのよ」
「なにそれ?まぁいいか、今夜だけだしね、ただ、お姉さんて呼べばいいかな」
笑顔が明るく輝いている。なんて綺麗な子なんだろう。鼻に開けたピアスなんかも、良く似合っている。
彼女は、黙って私のあとに付いてくる。突然出会った変なお姉さんなんかと一緒に。最初、彼女を不審者だと思いながらも近づいた私の方が、余程、不審者なのに。
(読んでみて思ったんですが。駅ってゴミ箱置いてないですよね?私が利用してる駅にはありません。)