
【掌編】アキヲ③
アキヲのやつどうしてるのだろう。またしても私をひとりぼっちで、置いて行って。と、トモコはいつもの如く女々しく酒を飲んでいた。
レイイチというホストがヘルプに付いてヘラヘラ笑いながらトモコを眺めているので、落ち着かず視線をさ迷わせた。
「お客さん、歌でも歌ったらいかがですか〜?」レイイチは呑気に言った。
トモコは自分の歌声に自信が無いでもない。友人達とカラオケに行ったときも『トモちゃんブースト』とか言われて、その底力のある歌声で感心させた事だってある。ところで、ブーストってなんだろう?増幅とかだっけ…?トモコは友人の言葉を思い出していた。
レイイチが指でつんつんとトモコをつついた。
トモコはレイイチはどこか苦手な気がしていた。陽気な人間ではあるようだったが。
「お客さーん?」
「私、歌下手なので」
「へー?無理にとは言いませんが俺と話してても詰まらなそうだからさ。…アキヲさんはどこへ出かけたんでしょうかね? そしていつ戻るんですかね?」
しれっとアキヲのことを話題にして来た。トモコのほうがむしろ聞きたかった。いつもいつも、アキヲは行き先を告げないものだから。
トモコは「…馴れ馴れしい」と言って、忌々しげにレイイチを見た。
「なにがですー?」レイイチはまたもヘラりと笑いを浮かべた。
「アキヲのことを知ってるどうすんの?彼女のプライベートを」
「そうですよね。でも面白いからあの人は」
「一緒の職場で幸せだよね」
「まぁね…げっぷ…」
「…なんなのよ、 客をなんだと思ってんのよ」
「嫌だな、アキヲさんの一番目の彼女に対して他意は無いですよ。態度悪かったら謝ります」
「一番目ですって?二番目がいるの?」
「二番目はユキヤだろ。三番目はあんたの隣、このレ──」レイイチの言葉をトモコは遮った。
「ユキヤはカレシだよ、カノジョじゃないでしょ」
「ハーレムみたいだなぁ」レイイチはふふふと笑い、トモコの話を聞かない。
「認めない。認めたくない」とトモコは念仏を唱えるように呟いた。
☆
「……、げっぷ」
「飲みすぎじゃないの?」
「俺は酔ってないし、飲んでないし」
「心配してない。…下品ね」
レイイチはパサりと金髪をかき上げて、ギョロりとトモコを見る。多目に着けてるのだろうか、香水の匂いが鼻につく。
「こんな可愛げ無い女、どーしてアキヲさんが傍に置いてたのかな?」レイイチがトモコの顎を掴んで自分の方を向かせた。
「ふーん…。わかんないや。俺の好みじゃないのは確かだけど」レイイチは熱の籠った息を吐いた。
あからさまな物言いにトモコは顔を顰めた。「ちょっと!失礼じゃないの!…お客さまサポートセンターに匿名でクレーム入れてやる。口コミに投稿するのもいいわね、店の感じはいいけど金髪のスタッフは最低」
「今の時点で匿名の意味なくなったな…。…お客さまの大切なアキヲが言ってたんだよ」
「なにを?」
「煮ても焼いても食えないような扱いづらい客だけど、好きに料理していいよってさ」
「──は?」
まさか、そんな!とトモコは青ざめた。── そんな外道みたいなことをアキヲが言うなんて信じられなかった。…レイイチが嘘を吐いているのだろうか。…でも、アキヲなら、ふざけて言いそうな気がしないでもない。と思えて悲しかった。
トモコは急に鬱になりビールにカルピスを注いで、ぐいーっと飲んだ。レイイチは腹を抱えて笑った。
「…なにかおかしい?」
「なんでビールとカルピス混ぜんだよ?」
「そんなの、私の自由でしょ」
「その組み合わせ止めとけ。悪いこと言わないから」
「なんでよ?」
「それ、どうもよろしくない飲み方なんだよ。以前、ユキヤが騙されて飲んだら、記憶喪失になったってさ笑 すげー不味くて」
「なんか、知ってるかもその話。でも嘘かホントかわかんないわ。私は平気だもん」
「それは、あんたには美味いのか、」
「……そうね。あなたは好きなの飲めば?」トモコは気にする様子もなく飲み続けた。
「だから、飲むんじゃないって。俺は一応止めたからな?」レイイチは接客中にも関わらずスマホを弄り出した。
「…記憶喪失になってみたいもんだわ。私を捨てたアキヲのことなんて忘れたいもん」トモコはそっ…と目元をハンカチで押さえた。
「酷い醜女みたいなこと言うね」レイイチは酷い醜女より酷いことを言ってから煙草を吸い始めた。
トモコは「私が記憶喪失になったって、アキヲより私はマトモな女だし、しっかりしてるもの。ユキヤは記憶喪失以前に頭のネジが抜け落ちてんのよ」と思った。
「そう言えばユキヤは?休みだったっけ?」トモコは周囲をキョロキョロ見回した。
レイイチは諦めたようなぼんやりした目で「ボチボチ出勤じゃないかな。」と呟き、それから、「…あの人の胸ってデカかったー?」と、とんでもないこと尋ねた。
トモコはビールのカルピス割りを吹き出しそうになった。「けほけほ……知らないよ、スケベ」
「アレ、」
「どれ?」
「性転換する前のアレ、知らない?」
「するまえ。 さあ?」
「スケベはそっちだろ?アキヲのことをオッパイで選んだクセに」レイイチがパシリと、トモコの背中を叩いた。
「おっ!……だ、誰がそんなことを!?」
「あんたアレだろ?」
「アレとは?」
「性転換する前の体が好きなヤツだろ?」
「………だからってなんで、お、オ…」
「えっと、ボクっ娘っつーの?…アキヲさんて、謎だよな。オナベのフリしてオナベバーに潜伏していた幻のホスト…なんてさ」
「…その話は?ウワサ?」
「…ほんとうを知ってるのはユキヤだけじゃねーかな? けど、」
レイイチがなにか言いかけたそのとき柔らかな風をまとった爽やかな香りの主が、トモコの隣に腰を下ろした。
「二番目のカノジョだ」レイイチの目に星が煌めく瞬間をトモコは見逃さなかった。
「こら!カレシの間違いでしょ」とレイイチのジャケットの裾を引いて座らせた。
レイイチは俯いて金髪をさり気なく整えた。なにを照れることがあるのだろう?トモコはそんなレイイチを後目に、ユキヤに「こんばんは」と挨拶をした。ユキヤとは随分久しぶりに会った。
「こんばんは、いらっしゃい。…どうやら立ち直ったみたいで良かった」ユキヤはニコリと微笑んだ。トモコはレイイチと比べたら王子様みたいだなと改めて感心した。イケメンというだけのことはあるのだろう。あくまで自称だが。
トモコが自分が彼のメイドで、レイイチは下僕以下みたいな感じの画をなんとなく想像していたら、レイイチがふと顔を上げてトモコを睨んだ。
「…お客さま、いっしゅん俺のことを底辺の人間みたく思ったろ?」
「別に。 あんたこそ、いっしゅん不埒な妄想してたでしょ?」
「あの…僕、香水変えたの気づいてくれました?」ユキヤがそろりと口を挟んだ。
「うん、趣味いいね。どこの香水なの?」
トモコの問いに、ユキヤはフフンと不敵な笑みを浮かべ、「ブランドは分からないけど、アキヲさんにもらったんです。 ……行方をくらます直前に」と、得意気に答えた。
「じゃあアキヲが使ってたのとおんなじ?」トモコとレイイチは微妙な顔をした。ユキヤは微笑みながら頷いた。
レイイチは「それ、証拠にならねーか?それを警察に渡して犬使ったら行方分かるんじゃね?」と指摘した。
トモコは「いや、行方不明者の捜索願出してないし」とボソリと言った。
(すみません🙇♀️、誰得話で)