【小噺】自殺するにあたって、
とりあえず、遺書は書かないでおこうと思う。
なぜかって、それは、なんとなくかな。
俺が自殺しようと思ったのは1週間前。1週間後に自殺しよう、となんとなく決めた。特に理由はない、と言うと嘘になる。それもまぁ、話す価値もないような、とりとめのないことだ。
自殺を決意して1日目。
俺は、自殺の方法を調べた。
「自殺 方法、っと」
便利な世の中になったもんだ。ネットでこんな簡単に、自らを殺す為の方法を知る事ができるなんて。飛び降り、飛び込み、硫化水素、練炭、焼身。より取り見取りだ。でもやっぱりこれかな。
首つり。
理由は何かって?
そんなもの、特にはない。
自殺を決意して2日目。
俺は、自殺のための道具を買いに行った。
近くのホームセンターに車で買い物へ。車の免許は高校を卒業するとともにとった。もう5年ほど前になる。よくエンストして教官に怒られていた。あの時から、俺の不器用さは変わっていない。現に、ホームセンターでロープを売っているところがみつからない。一種の方向音痴だなこりゃ。
「あ、どうも」
高校時代の担任の先生に会った。作り笑いを顔にぶら下げて世間話をする。
「ぼちぼちですかね」
元気か、と聞かれてこう答えた。まぁ、もうすぐ死ぬんだけどね。
先生の無駄に長い話を聞いて、適当にロープを選んで俺は家へ帰った
自殺を決意して3日目。
俺は、ロープの結び方を調べた。
例によって、またネットで。首吊りのロープってなんかぐるぐるっとなってる結び方が主流なイメージだ。案の定、その結び方が出てきた。ハングマンズノット、というらしい。そのままだな。
「ここを、こうして、あれ?」
ほら、やっぱり不器用だ。全然結べない。こういう時のために何本かロープを買っておいてよかった。自分の不器用さをよーく知っているからこそできたことだ。まぁ、時間をかければなんとかなるだろう。
「あ、できた」
自殺を決意して4日目。
俺は、やることをなくした。
というか何をすればいいかわからなくなった。自殺を決意して、ロープを買って、ロープを結んで。
他にすることは?
適当に散歩でもしようか。俺は家を出た。外に出て、改めて感じたことがある。人は、死を目前にすると景色が変わって見えるということだ。隣の家の犬、すれ違う人々、公園で遊んでいる子供、コンビニの店員。全てが、生きている。死の反対は、生だろう。死に直面するから、生が強調される。当たり前のことが、当たり前だと感じなくなる。そういうものだ。
この感覚を、前にも味わったことがある。
葬式だ。
身近な人の死を体験すると、自らの生を省みることになる。ついこないだも、それを味わったばかりだ。まぁ、もう死ぬから関係ないけどね。
自殺を決意して5日目。
俺は、部屋を掃除した。
死ぬ前にこれだけは絶対にしたくなかったが、やることがなくなってしまったから仕方がない。もう全て捨ててしまおう。部屋の物をかき集め、ゴミ袋に詰め込む。
「あ」
ほら、やっぱり出てきた。だからしたくなかったんだ掃除なんて。
出てきたのは、一つの、サイコロ。
サイコロにはいい思い出がない。
『奇数なら、デート行く!』
・・・だから、サイコロは死ぬまで見たくはなかったんだ。
『偶数なら、デート行かない、ね!』
ほら、嫌なことを思い出した。もうどうでもいいはずなのに。
もう、忘れたはずなのに。
『あ!奇数だ!やった!』
そう、そうだよ、サイコロが嫌いな理由は、なんとなくだ。なんとなく、サイコロが嫌いで、掃除したくなくて、なんとなく自殺するから、なんとなく・・・なんとなく・・・なんとなく・・・。
自殺を決意して6日目。
俺は、俺は、悩んだ。
もちろん、自殺をする、しないじゃない。自殺はする。それは変わらない。
けど、なんで?なんで自殺するのだろう。
なんとなく、か。なんとなくだよな。
そう。そうだよ。
なんで俺はこんな事で悩んでいるんだろう。
くだらない。
くだらない。
昔からそうだった。決意は固められるが理由を疑ってしまう。そんな時は建前の理由を作る。自分に嘘をついて納得させようとする悪い癖だ。
嘘?これも嘘なんだろ?そうなんだろ?
・・・違う、違う、違う!
俺はただなんとなく、なんとなくだ。
あれはもう忘れたんだ。
あれってなんだよ。
あれって、あれって。あれ?
『ごめんね』
『あなたは、私をいつも助けてくれた』
『でももう、あなたに、負担はかけたくないんだ』
『今まで、本当にありがとう』
『大好き』
ははは。
はははははは。
大丈夫。俺は、大丈夫だから。
・・・いよいよ明日か。
自殺を決意して7日目。
俺は、自殺を決行する。
自分で結んだロープを垂らし、椅子に乗り、首を引っ掛ける。
もう後は、椅子を蹴り、足場をなくすだけだ。
首吊りは、自殺の手段の中じゃ一番痛みが少ないらしい。
きっと、楽に逝ける。
きっと、また会える。
「ありがとう」
ガタッ。
「・・・っ」
ロープに体重をかけたその瞬間、固定が甘かったのか、ロープが外れてしまった。
最期までとことん不器用だ。
「・・・くそっ」
ドンッ。
情けない自分に嫌気が差し、壁を殴る。
カラン。
殴った衝撃で、何かが落ちてきた。
サイコロ。
『連絡を受けたときには、ご自身は自宅に?』
『・・・はい』
『それですぐ車で現場に向かったんですね?』
『はい。30分ぐらいかけて向かったんですが、着いたときにはもう』
『そうでしたか』
『それより、彼女は今どこに?会わせてほしいんです』
『すみません、ご家族の意向でそういうことは』
助けられなかった。
ただ、俺は、謝りたかっただけなんだ。
「奇数なら・・・死ぬ」
サイコロを振る。
コロン。
出目は、1。
目を瞑り、もう一度、覚悟を決める。
もう、死ぬしかないんだ。
カラン。
「えっ」
目を開けると、サイコロの出目は、2に変わっていた。
震える手をサイコロへと伸ばし、拾いあげる。
「・・・ありがとう」
とりあえず、まだ、生きていようと思う。
なぜかって、それは、
生きてみたいから。