四 やまとうみの笛 旅する笛
笛のあつまりが終わり、リュウさんがお家に帰ったつぎの日の朝、
カヨはむねのおくがモヤモヤして、何かちゃんとできていないような、そんな気持ちがして目がさめました。
夜中じゅう夢を見るものですから、いつも朝はねむくておふとんの中で長いあいだぼんやりしているカヨでしたが、
その日はいてもたってもいられなくて、すぐにとびおきました。
「あ!いぶきの笛!」
ベッドのまくらの上のたなをふりかえると、土のいろと白いろのいぶきの笛が仲良く二つならんでいました。
「あの山と神社で笛を吹かなくちゃ!」
とつぜんそう思ったカヨはすぐにきがえて、いつものななめかけのバッグに布にくるんだ二つのいぶきの笛を入れて家を出ました。
行き先は山をこえ、あの精霊さんやてんぐさんにであった不思議な神社です。
きせつはもう冬でしたが、空は青くいい天気でした。
あたたかいおひさまの光をあびながら、2つの川の橋をわたり電車の駅へ向かいました。こういうふうにとつぜん思い立つ時は、たいていお天気が良いと決まっているものなのです。
電車とケーブルカーとロープウェイを乗りついで、カヨはひえい山の頂上にやってきました。
「ついた!」
天気が良いので、山のてっぺんからは青いみずうみがほんとうにきれいに見わたせました。
みずうみをながめながら、カヨはつちいろのいぶきの笛を吹きました。
「ピ〜!」
今までで一番と思うくらい、笛はすんだ音色でなりひびきました。
「みずうみのむこう岸まで聞こえているかも!」
カヨはそう思いました。
次にバスからまたケーブルカーへと乗りついで、あの不思議な神社へやってきました。白い砂がしいてあるお社の前で、こんどは白い笛を吹きました。
おやしろの前には水がさらさらと気持ちよい音を立てて流れていていました。
「うーん、ここじゃないみたい。やっぱり白い笛はみずうみで吹きたいな。」
カヨはまたそう思い立って、神社をあとにして、みずうみの方へ向かっててくてく歩いて行きました。
歩きながらふとスマホを見ると、ひらがなでもカタカナでもない不思議な文字が画面に流れてきました。この頃よく流れてくるのです。
「なんの文字かしら?」
なぜ流れてくるのか不思議なのですが、どうもその文字ひとつひとつに音があって、音に意味があるようだということはわかるのです。
スマホに流れてくる文字をながめながら、
「土いろの笛の名は『やま』、白いろの笛の名は『うみ』。
やまとうみ。」
カヨはまるでさいしょから決まっていたかのように、2つのいぶきの笛の名を呼びながら、みずうみへ出られる浜をさがして歩きました。
家の間の細い道をとおりぬけて、みずうみへ出られるところへたどり着いた時は昼の三時を少しすぎていました。
そこは近くの人たちのこうえんのようで、ベンチにすわっている人はほとんどお年よりで、ほかには犬をつれた人がすわってみずうみをながめていました。
「こんなところでピー!って笛を吹いたら、犬がびっくりしてほえたりしてみんなびっくりするかも…。」
少しいごこちが悪いような気持ちがしたカヨは、
笛を吹くのをあきらめて、波うちぎわに笛をおいて写真をとりました。
白いいぶきの笛はまるで白くて丸い貝のようで、ときどき大きな波しぶきを浴びながらなんだかふるさとに帰ってきたみたいにうれしそうに見えました。
しばらくそんなことをしてあそんだあと、笛を手にのせて、立ちあがってまわりを見わたしてみました。
するとどうでしょう!
とても不思議なことに、ベンチにすわっていた人たちがみんないっせいに立ち上がってゆっくりと浜からはなれて行くではありませんか!
「え?え?え⁈」
カヨはほんとうにびっくりして、口をぽかんとあけて、お家へ帰っていく人たちをそわそわしながらながめていました。
さいごに犬をつれた男の人が立ち去ると、浜にはカヨひとりだけになりました。
「ひとりになった!」
そうつぶやきながらスマホの時計を見ると、もう夕方の四時になっていました。
冬ですから、日のくれるのが早くて、もう夕ぐれ時と言ってもいい感じです。
しずかな波の音を聞きながら、
ひとりきりで公園の一番まんなかのベンチにカヨはすわりました。
ひとりしばいの舞台にいるような気分で、
カヨはゆっくりと白いいぶきの笛を左の手のひらにのせて、たいせつに、そっとくちびるを近づけて吹いてみました。
「ピ〜!」
貝のような白い笛の穴から、すずのようなやわらかい音がなりひびきました。カヨはみずうみをながめながら、できるだけ長くつづけて吹きました。
「ピ〜〜〜!」
すると、夕ぐれどきのしずかなみずうみからとつぜん、ぎんいろの魚がとびはねて!
「ポチャン!」
水おとを立てて、またみずうみの中へ消えて行きました。
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