
妊活日記―信じられなくなった日々
11/28(月):夫婦の妊活日記⑨
夫の生まれ育った町での生活が始まり、何となくうまくいっていると思っていた夫婦関係が変わり始めました。
夫にとってはきっと何も変わらない関係…「嫁がピリピリしてるな…環境のせい?」くらいに思っていたのではないかと思います。そして実際に何か変わったのではなく、変わったように見えたのは「沖縄時代には見えなかった、見なくて良かった夫の一面が表面化してきた」ということなのだということに今なら考えが及ぶのだけど、その時の私には夫が急に知らない人になったように感じ、沖縄で築いたはずの夫婦関係すら信じられなくなっていきました。沖縄での夫は、私に合わせてただけなの?本性はこんな人だったの?なんて、随分ひどいことを思っていました。
…ごめんね、夫。愛していますよ♡
夫は穏やかで器の大きい人、相手が傷つくようなことは決して口にしない人。今では大好きなこの夫の性格が、当時の私にとっては現実から目を逸らす為の言い訳に見えて、嫌いな部分になってしまっていました。
「心配だから」という乱暴な盾で「あなたのせいで子どもができない」という刃を振るう人たちに対して、平和主義な夫は苦笑いで交わすばかり。
私が言われた言葉たちを伝えて泣いていても
「ああいう人やから、ごめんな。育美が分かっててくれて助かる」
と困った顔を浮かべて、「分かってよ」的な反応で…。
この人は、穏やかなのではなく事なかれ主義なのだと感じていました。
そしてその主義を私にも求めているのだと。
妻の私さえ我慢していればうまく事が運ぶと思っているのだと。
でも、私は夫の優しさを知っているからこそ、子どものことでは反論して欲しいと思ってしまった。私を守ろうとして普段とは違う顔を見せてくれるのではないか、それこそが彼の優しさなのではないか…と勝手に期待して、裏切られた気持ちになって、夫を責めるような言い方が増えていった。
いくら責めても困った顔を浮かべ、悲しそうに「ごめん」の言葉。そんな夫の姿を見たくないと思うようになり、期待しても無駄だと言い聞かせるようになった。社会的には優しい夫が、妻の立場から見ると「私には優しくない」という現実が辛かった。「嫌事を言われることに我慢できない、落ち込んで反感をもっている私が意地悪なのだろうか。夫を優しくないと感じるのはダメなのだろうか」そんな風に自問しては落ち込んでいました。
私に夫の優しさを強要されても、私には無理だ…
夫のは優しさではない。諦めだ…
そんな気持ちが積もっていました。
「私を傷つける言葉を言う人に優しく接している夫」当時は一番見たくない夫の姿だったなぁ。
この時の私は自分に対しても夫に対しても「こうでなければ」をもっていた頃。
夫の妻として「こうあらねば」を必死に実践した結果「あなたのせいで子どもの顔が見れない」と耳を塞ぎたくなるような言葉をダイレクトに聞かされる日々。今思えば、そんな私の行動を夫は「ありがとう」とは言ってくれても「話を聞いてやって」とは一度も求めてはいなかった。私が勝手に「こうしなければ」と自分から苦しむ方に身を置く決断と行動をしてしまっていたのだと思う。
今の私ならこんなことしないだろうな…わざわざ傷つきに行ったりしない。自分の気持ちと、夫との仲良しで居られる時間を迷わず優先する。…だけどそんな選択は「ダメだ」と思い込んで、自分で自分の首を絞め、夫を苦しめていました。
あのころの私たちはまだまだで、
きっと今の私たちもまだまだなのだろう。
また何年か経った後、今日のことを振り返って、まだまだだったな…と苦笑いできたらいいな。
そんな悩みも苦しさもいっぱいだったころ、もっと大きな悩みがやってくることになりました。
長く付き合わなくてはならない持病が発覚することになります。
持病はあるは授かれないは…どうなってんねん!
みんな当たり前に生きてるのに!
そんな本音はちょっぴりあるけど、今日も楽しく生きてます。
今日はここまで!
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
来週、持病については好き勝手に書かせて頂きます。
良かったらスキ!やフォロー、よろしくお願いします。