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You will be quiet #3

 

    1

 隣で母さんは、終始うなだれたままでいた。
 駆けつけた警察官のうち、年配の方の一人は、女性のいる別室の方へと入っている。
 僕から事情を聞いているのは、もう少し若くて、屈強な体つきをしている方だ。
 電話の一報で、事件のあらましを聞かされた母さんは、すぐにも駅事務所まで飛んできた。最初信じがたい、といった風に、誰彼かまわずそこらにいる人に平謝りに謝ったあと、被害を受けた女性と会わせて欲しい、と頼み込んだが、すぐに止められた。
 いまは事件直後でショックを受けているだろうから  というのが、その理由だ。
 母さんの顔は、以来ずっと青ざめていた。なんてバカなことをしたんだと、繰り返し呪文のように、僕の耳元で呪文スペルのように唱え続けている。
「……ただ、お母さん」
 そう、目の前の警察官が静かに言った。
「息子さんはさきほどから、自分のしたことを全面的に認めてらっしゃいます。反省もしているようです。あとは被害者の女性の心証次第だと思いますよ」
 ……どうやって触ったんだ、と母さんは、繰り返し小声で僕に聞いていた。何も答えずに黙っていると、服の上から、女性の臀部でんぶを複数回撫でたようです、と警察官が答えた。

 ……女性の臀部でんぶを複数回、撫でたようです。

 僕は前々から、臀部のでん、という言葉を、不思議に思っている。
 同じ尻、という言葉や、ヒップ、という言葉と同じ部位を指しているとは、とても思えない。
 そうか。僕は、あの女の、を撫でたのか。
「……これは、痴漢罪、ということになるんでしょうか」
 母さんがおずおずとそう聞いた。
「痴漢罪、という罪名はないんですよ。彼の場合は服の上からですので、都の迷惑防止条例違反、ということになりますね」
「もしそれが違ったら……つまりその……」
「その場合は不同意わいせつ罪、かつての強制わいせつ罪になります。もちろん、より罪は重くなりますよ」
 母さんは眉根を川の字ができるほどに寄せられるだけ寄せて、その顔はさらに幽霊のようになった。僕の膝や腿を、何度も叩いてたしなめる。
 何も、答えられない。
「……お母さん。でもあんまり、彼を責めてあげないでください。確かに、彼がしたことは悪いことだ。でも、一時の気の迷い、というのは、誰しもにあることなんですよ。特に彼のような年頃の年齢には」
 警官は腕組みをして言った。妙に、余裕がある。
 そのとき、女性のいる部屋から、もう一人の恰幅かっぷくのいい方の警官が出てきた。
「……息子さんの、お母さんですか」
「どうもこのたびは、重和しげかずが大変なことをしてしまいまして
  
 母さんは慌てて飛び上がるようにパイプ椅子から立つと、深々と頭を下げた。
「……いま被害者の女性から話を聞いたんですがね。服の上から数度撫ぜられただけであるし、息子さんもどうやら、心から反省しているということで
  今回は被害届を出さない、とおっしゃってるんです」
 とたんに母さんは、両膝が顔面に来るぐらいまで頭を下げた。それから、自分にも同じようにさせる。
「……まあ、これを機に君も反省して、親孝行のつもりで勉強を頑張るんだな。君の高校も、なかなかの進学校のようじゃないか」
「……」
「……あの、これから学校に連絡がいくなんてことは……」
「息子さんを逮捕せずに済んだ以上、その必要もないでしょう。女性に、感謝してください」
 言って警官は真顔で警帽をとり、また被り直した。
 母さんはそれからも、なんとか直接女性に謝罪させてくれないかとねばったが、女性本人がかたくなにそれを拒んでいるということで、その警官を通じて伝えてもらうということで、納得したようだった。

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