②この頃、母から言われた言葉「類は友を呼ぶ」
あの子とは付き合わない方が良い。
中学の頃、母によく言われた。
その度に嫌な気持ちになっていた。
中学になって、あの両思いの彼はクラスも違い喋らなくなっていた。
まだ乙女だった私は、どうにか繋がっていたく交換日記をお願いしてみたが、続かなかった。
自然消滅と共に中1の私は軽く失恋したけど、しょうがないやってそんなに悲しくはなかった。
中1の終わり、学校イチモテてるようなサッカー部の先輩に告白された。
それまで喋った事もない、モテる先輩としか認識していなかった、特に好きでも無い人だった。
けど、付き合った。
中学生なんてそんなもの。
今まで気に留めてなかったけど、みんなにモテてるしいっか。そんな感じで。自分の意思、無かったんだと思う。
学校終わり、30分の道のりを徒歩で私の家まで送り、逆方面の自宅までタクシーで帰る彼。
何ヶ月付き合ったか忘れたけど、やる事全てやって捨てられた。
前の彼女と復縁して、ただの繋ぎだった私。
中2にしていろんなものを失った。
その後、同じ部活の先輩に告白された。
タクシーで帰る彼と同じグループの人だったけど、その前に部活の先輩として仲良くして貰っていて、良い人なのはわかっていたし、タクシー男と別れた時からいろんな話聞いて貰っていて、好きになっていた。
その人とはその後5年付き合った。
けど、少し悪いグループで必然的に付き合う女友達も少し不良っぽい、母が嫌う部類の子達に変化していった。
その頃、私の面倒は殆ど母に任せていた忙しい父。
厳しい父に私が不良と付き合いがあるとか絶対に知られたく無かった母。
とにかく、悪い噂のある子とか目立つ子とかと遊ぶのを辞めなさいと言われて、その度に自分が不良な訳でも学校に呼び出されたりする訳でも無いのにって、思った。
本当に学校では私は良い子だった。
小さい時からやっていたスポーツも続けて部活も頑張っていたし、悪い事なんかしたら父や母に何を言われるかわからなかったから。
勉強は得意では無かったけど、親や先生に反抗する事も無く普通の子だったと思う。
けど、母は私自身より私の友達や彼氏を見て私を判断していた。
それが続くと、私は母によく嘘をつくようになった。
母には良い顔をしたい私、一緒にいて楽しい友達は母の嫌いな人達。
両方取るには、嘘が必要だった。
親に残念な思いをさせたく無くて、残念な嘘をついていた。