機動警察パトレイバー2 the Movie 3
手痛い初動の遅れ
前回の絵コンテ画像からも分かるように、この頃には既にパソコンで文字の打ち込みが楽にできるようになっていた。(注1)前作のようにチマチマと写植貼りに神経を使うような日々から解放されてはいたものの、基本的な現場作業は大差無い。先ず初期段階の各種設定作業は原画作業に大きく影響するのだが、特にメインメカの設定、つまりI渕氏の作が致命的に遅れていた。(注2)
いよいよ危険な領域まで押して原画作業に支障が出始めたが、それでも上がって来ない。仕方無くカントクに泣きついて、オシカリ…もとい催促の電話をかけていただいたのだが…これが全く効き目が無かった。待てど暮らせど上がって来ない。その割に、呑み屋界隈では氏の目撃情報が後を断たず…ある日とうとうキレたカントクは電話口に向かって声を荒げたのだった。「これは監督としてじゃなく、友人としての最後通告だ!これ以上遅れたら縁を切るからな!」(電話ガチャ切り)
それでも上がって来なかったんだから、やっぱこの御大、強えぇ。(注3)
当然ですが各種設定作業に限らず、前の方の行程が遅れれば、その皺寄せは後ろの方へとのし掛かります。特に遅れがちなのが、コンテ、設定、原画と言った、クリエイティビティ的なアレが高いセクションなのですが、じゃぁ動画や仕上げ、撮影などはどうなのか?
スケジュールの巻き上げで追いまくられて丁寧さよりも間に合わせることだけを求められた結果、悲惨な絵になった作品は五万とあります。
絵の方だけではありません。絵が無い状態で声を充てなければならない声優さんや、音を作る音響さんはどうでしょう?
帳尻を合わせるのもプロの仕事です。
結局、ニッポンのアニメのクオリティは、これら後行程のスタッフの頑張りが底支えしているのです。(注4)
人間的強度を試される職種
「進行は人間じゃねぇ。俺の前では寝るな。メシを食うのも許さん」
時代とは言え、なかなかに強烈苛烈な台詞だが、本作の制作中に先述のK須氏に面と向かって言われたオコトバである。
技術色の強い職場の中でも特に序列意識が強かった編集と言うセクションにおいて、尊敬と畏怖の念を込めて崇め奉られて居られた氏にとって、制作進行などと言う最下層の小僧は家畜以下の存在だった頃のオハナシです。念の為に言っておくと、別に苛められたり暴力を振るわれたりはしていません。これは浅学非才で無知蒙昧な若僧に対する教育的指導だったりするのです。多分…
実際、氏は気さくで陽気なオジサマで、職人気質ではあっても暴君ではありませんでした。(氏が社長を勤められる会社内では異説あり)
実作業中にも何度か「こんなことも知らねーのか。だからオメーはダメなんだよ」と、優しく笑顔でゴシドウいただいたものです。
それに比べると、作画や仕上げなどのセクションは、大分マロヤカです。陰口を叩かれることはあっても、正面切って斯様な台詞を吐かれたことは、ほとんどありません。しかし、日常のやり取りが密である程、ちょっとした行き違いや感情の高ぶりなどが迸り出ることもあります。スケジュールの話をすれば「制作は敵だ」と言われ、低ギャラを詫びれば「馬鹿にしている」と謗られ、少しでもギャラを乗せたいと言えば「札束で頬をひっ叩くようなマネ」と罵られ…
昔はこうして日常的に罵詈雑言の類いを一身に受けるのも制作業務の一環だったりしたのですが、これらは結構後からキます。その時は平気でも、ひとりになった時や夜寝る前に突然思い出されたりするのです。逃げ出したくなります。
制作進行は非常に離職率の高いお仕事です。そしてそれには理由があるのです。低予算も短時間も、その他業界が抱えるありとあらゆる無理無茶矛盾の皺寄せやら鬱憤の捌け口までもが押し付けられる、それが制作進行職なのです。
昔の話?今は違うの?そうならいいね。
みつ
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注1:切り張りではあるが、コンテの文字が見易くなったお陰で翻訳しなくても良くなった。実はカントクは稀代の悪筆で、前作ではスタッフから頻繁に記述内容の問い合わせがあった。時にはカントク本人からも「これ、何て書いたんだっけ?」と訊かれる始末で、翻訳担当者として面倒事が減ったのは、大変ありがたかった。まぁ、綺麗になったのはコンテだけなので、レイアウトなどの指示は相変わらずだったんだけどね…
注2:御存知ブチ山センパイ…じゃなくて、本シリーズの原作者集団にも名を連ねる、某宇宙戦艦方面の監督などでも有名なあの人。ふたつ名は『三軒茶屋の帝王』。この一件以来、カントクとは疎遠になっていたが、ラー○フォンの時に歴史的な和解をしたのでした。(大袈裟)
注3:いや、モチロン最終的には上がったんですよ。ただ原画作業の遅れが酷くなっただけで。えぇ、ただそれだけですとも。(棒)
注4:原画さえ良ければ関係ねぇ?それは『凄ぇ原画』であって、『凄ぇ作品』な訳じゃ無いね。