なま子
いろんな生き物が
怒りとか悲しみとか
憎しみとか妬みとか
いろんなマイナスの気分を川に流す。
流されたマイナスな気分は、海にたどり着き、
海の底に沈んで、溜まって行く。
それを私は食べて生きている。
私はナマコ。
誰にも相手にされない生き物。
誰も私に気づかない。
だから私は思っていた。
何を言っても許されるって…。
「おい、サメ! そんな目つきだから、嫌われてんのよー! 」
「イルカ! 哺乳類は陸に上がりなさいよ。
あんたらが海にいるのは、おかしいわ! 」
「カレイって、可愛そうねー。
あんたらに似てるヒラメの方がずっと品があって、評判いいわー! 」
「クマノミー! イソギンチャクと仲良くしてるのみんな知ってるわ!
魚の裏切り者! 」
「コバンザメ! 大きな魚に引っ付いて、おこぼれのエサもらって嬉しいの?
あー、あんなのになったら、もうおしまいよねー! 」
私は目についたもの、全てを罵倒した。
でも、誰もこちらを見ない。
聞こえているのか?
聞いていて無視しているのか?
わからない。
でも・・・私には同じこと。
私が何を言っても、咎めるものはいない。
私はどこまでも自由なんだ。
あの日もいつものように過ごしていた。
目の前のイワシの大群に、
「あんたら、自分の意志ないの?
いつも誰かについて行ってるだけでしょ?
自分で行きたいところへ行きたいとは思わないの?
つまらない生き方ねー!
そうやって死ぬまで誰かについていけばいいわ!
つまらない魚は、つまらなく死んでいくのがお似合いだわ! 」
あーいくらかスッとしたわ。
セカセカ泳ぐだけのつまらない魚。
早く通り過ぎてくれないかしら?
ん?
何か感じる。
痛いような感じが…。
遠くから2つの光る目があった。
私を見てる!
一匹のイワシが群れから外れ、私の方を見てる!
えっ? なんで?
イワシは一匹で私目がけて泳いでいる。
なんで? 私に文句言うつもり?
それとも私を殴るの?
ウソ!!!!!
なんで私、殴られないといけないの?
私、ただ何となく言っただけじゃない!!!!!
そんなにムキになることなの?
イワシはもうすぐそばだ。
何するつもりだろう?
イワシは私を見据え、何か言おうとしたその瞬間、
パクッ!
見たこともない大きな魚がイワシを一飲みにして横切って行った。
ええええーっ!!!!!
あのイワシ…死んじゃったの?
私のところに来たせいで?
私のせい?
違う!
私のせいじゃない!
あのイワシ、私の言うこと無視すれば良かったのよ。
そうしてたら、今もあの大群の中で泳いでたはずよ。
それにイワシなんて、いろんな魚に狙われてるわ。
あのまま大群の中にいても、食べられてたのかも…。
そうよ、イワシが死ぬことなんて、珍しいことじゃない。
いずれいつか死ぬわ。
私は関係ない。
あのイワシ、何を言おうとしたんだろ?
もう少しで私に何か言えたのに。
せめて何か言ってから、食べられれば良かったのに・・・。
ギラッと光る目
言えなかった言葉
…気になる。
たぶん一生忘れられないと思う。
私に向けられた最初の目
私が聞くはずだった最初の言葉
ずっと誰も私なんか相手にしなかった。
でも、あのイワシは違った。
だから…死んだ?
違う。
違うはず。
違うと思いたい。
私はその場から逃げ出したくなった。
早くここから去らないと。
でも、足が上手く動かない。
どうやって今まで歩いてたの?
私の体ってこんなに重かったんだ。
歩いた。
歩いた。
歩いた。
歩くたびにイワシの姿を思い出す。
そして、ドンヨリしてしまう。
私はこれからもずっと死んだイワシと一緒に旅をすることになるんだわ。
もう魚を見ても罵倒することもなくなった。
目立たないようにさっと通り過ぎるだけ。
今までだって誰にも見つからなかったけど、何となくそんな気分。
これが悲しいという気分?
ずーっと続くの?
悲しみとか食べてる私に、悲しみを無くすことができるのかしら?
今までよりずっと歩いている。
歩き続けている。
どれぐらい歩き続けたかな?
どこかから歌が聞こえてきた。
♪ルールールルルー
その歌の方へ進んでいく。
その歌、聞くとなぜか、ちょっとだけ体が軽くなる。
小さな丘を3つほど越えたところで、その歌と会えた。
そこにウニがいた。
♪ルールールルルー
ささやくような小さな声で歌っている。
いや、歌なのかな?
ボソボソとうめき声にも聞こえるし、
お経にも聞こえる。
でも。たぶん歌。
ウニは私に気づいたのか、歌をやめた。
「何か用か? 」
「…聞いてただけ。」
「歌をか?」
あー歌なんだー。
「そう、歌を聞いてたの。」
「そうか、好きにしろよ。」
「そばで聞いていい? 」
私はウニが答える前に近づいた。
「ダメだよ。あんまり近づいちゃ。」
「ごめんなさい。」
拒まれたので、ひたすら謝った。
「いや、僕、トゲだらけだから、近づくものはみんな傷つけちゃうんだ。
嫌なやつもいいやつも。
おまけに毒まであるからね。」
淋しそうな声だった。
「わかった。この辺にいるわ。」
私はソーシャルディスタンスを取って座った。
綺麗な声じゃないし、音程も定まらない。
でも、不思議と胸をかきむしられる。
気がつけば涙が…。
「どうした? 泣いたりして。」
「…下手な歌。」
「うるさい! 嫌なら向こう行け! 」
怒らせちゃった。
でも・・・
「…あのー…一緒に歌っていい。」
ウニはちょっと驚いたみたい。
「・・・好きにしろよ。」
ウニに合わせて私も歌う。
♪ファーファーファファファー
「お前、凄く下手だなー。」
「ほっといてよ! 」
♪ルールルルルー
♪ファーファーファファファー
私たちはずっと歌い続けた。
歌っているときだけ、あのイワシのことを忘れられた。
いや、違う。
もっと近くに感じられた。
・・・あのイワシはきっと悲しかったんだ。
そのことが今、わかる。
ウニの歌う孤独な気持ちが私に教えてくれた。
私は歌う。
ふと思う。
私たちの歌は一体どこへ行くんだろう?
たぶん、私たちのささやくような歌声は波に乗って、
川を遡り、
マイナスな気分を川に流した動物たちの元へと戻って行くんじゃないかしら?
私は今日もウニの隣で悲しい歌を歌い続ける。
おしまい
イラスト あぼともこ