第1話 テン
バシャバシャバシャ
きょうもにぎやかなおとがする。
ペンギンのへやは、いつもこんなかんじ。
しろいいわやまのうえにたって、
わたしはみおろす。
ささやかで、
でもじゅうぶんなひろさのうみがあって、そのさきにはさくがあって、
うみをおわらせている。
そのさくはスウーッとうえにのびていて、
うえにはみどりのネットが、
わたしたちペンギンをつつみこむようにあたまのうえにひろがっている。
これがわたしのいばしょ。
ペンギンのへや。
これがわたしのせかい。
わたしはテン。
ペンギンのテン。
いわやまのいちばんたかいところにたつのがすき。
だからしいくがかりのひとがわたしをテンというなまえにしたんだって。
きにいってる。
ここは『てんのうじどうぶつえん』。
テンって『てんのうじどうぶつえん』の「てん」だから、じゃあ、このどうぶつえんはわたしのものなんだってきぶんになるじゃない。
おとうさんとおかあさんは、なんかしんぱいしてるみたい。
とくにおかあさん。
「ペンギンはそんなところにいないでおよぎなさい。」
とかいう。
すきじゃないんだー、およぐの。
どうしておよぐのかわからないし。
「そっとしといてやれ。」
っておとうさんはいってくれるんだけど。
「そのうちふつうのペンギンになるよ。」
だってー。わたしがふつうじゃないっていうの?
へんなおとうさん。
わたしはずっとここからペンギンのせかいをながめるんだ。
ちゃんとおとなになっても。
ずっとこうしてる。きっと。
「いつもそこにいるね?」
きゅうにまうえからこえがした。
「わっ?!」
おどろいて、ころがりおちそうになった。
まさかそんなところからこえがかかるなんて。
わたしのちょうどまうえのさくのうえにみなれない「なにか」がたってる。
じっくりみてみよ。
とりかな?
ずいぶんとながいくび、
ずいぶんとながいくちばし、
ずいぶんとながいあし。
ペンギンとおおちがいだ。
いろもしろっぽいし。
「あなたは?」
とりあえずきいてみよ。
でも・・・わたしのことばわかるかしら?
「おれはサギさ。」
あっ、ことばわかるみたい。
でも、かっこいいだろう?
とでも、いいたいのかな?
とってもキザなかんじ。
「あなたもとり?」
ちょっとずっこけた。
ちょっとイラッとしたかんじであらっぽくいってきた。
「ああ、サギはとりにきまってるだろう!」
きまってるといわれてもそんなことしらないわ。
「かわったかたちのとりね。」
「きみたちのほうがかわってるよ。」
なにをいってるの?
「ペンギンはかわってないわ。」
ハッキリいってやったわ。
「なにもかもみじかくて、そらをとべないとりがふつうなのかい?」
「ペンギンはみんなそうよ。」
どっちかというとかわってるのはサギというとりのほうだわ。
「あなたのほうがかわってるわ。」
ほら、なにもいいかえせないでしょ。
「なにもかもがながくて、それに・・」
「それになんだ?」
サギはかおをぐぐっとちかづけてきた。
「ペンギンのへやのそとにいるわ。」
おどろいてるのね。まんまるなめをして。
「それはおれがペンギンじゃないからだよ。」
わるいことをいっちゃった。
みんな、ここにはいりたいわよねー。
ほそながいこともきにしてるかもしれないし。
「かわいそうね。なかにはいれないなんて。」
あれ?おおわらいしてる。
「おれは『じゆう』なんだよ。きみとちがってね。」
じ・ゆ・う?いったいなんなの?
「『じゆう』ってなに?」
わらってたのに、きゅうにおさまったかおになった。
「どこにでもすきなところにいけて、なんでもすきなことができるってことだ。」
ん?それって・・・。
「じゃあ、わたしも『じゆう』だわ。」
「どうして?きみはこんなさくのなかにいるのに?」
「わたし、ここがすきなの。だから、ここにいるの。ほら、これって『じゆう』でしょ?」
「いや、ここからどこへもいけないじゃないか?」
「ここはいちばんたかくってみはらしがいいの。だから、ここにいたら、もうどこへもいくきがしないわ。」
「もっとなにかしたいとはおもわないのかい?」
「べつに。わたし、およぎたくないから、およがないの。すきにしてるわ。」
あれ?またわらいだした。
「いちばんたかいところだって?そこはいちばんたかいところじゃないよ。」
なにをいってるかわからない?
「キャハハハハハハハハ」
おもいっきりわらってやるわ。
「きみはなんでわらってるの?」
「だって、ここがいちばんたかいじゃない。キャハハハハハハハハ」
「ギャハハハハハハハハ。」
いったい、なによ。しつれいねー。
「それはこのなかでのはなしだろう?せかいはもっとひろいんだ。」
なにいってるかわからない。
「ほら、おれはきみよりたかいところにいるよ。」
あっ、ほんとだー!!!!!
「きみはこのせまいさくのなかにいるんだ。おれはさくのそとにいる。これが『じゆう』なんだ。」
それがじゆう?
「おれはどこにでもいける。このどうぶつえんのなかもそとも。」
どうぶつえんのどこでも?
「このせかいはにんげんがたくさんすんでて、そのなかにどうぶつえんがあって、そのどうぶつえんのなかにペンギンのへやがあるんだよ。」
にんげんのせかいのなかのどうぶつえんのなかのペンギンのへや?
「ほんとうにどこにでもいけるんだ。だから、『じゆう』なんだ。おれは。」
ここはこんなにひろいのに?
ここより、もっともっとひろい?
「いいなー、ペンギンは。これぐらいのひろさでまんぞくできるんだから。」
なんなのこのしつれいなとりは!
「そんなひろいところをいったりきたり、たいへんそうね。」
もうニヤニヤするのやめなさいよ。
「そんなのそらをとべばすぐさ。ペンギンはそらをとべないからわからないだろうけど。」
いやなやつ・・・。
「ふん。ほんとはとべるけどとばないの!」
「じゃあ、なんでとばないんだ?」
「うえにみどりのネットがあるからね。なければおもいっきりとんでいけるのに。」
「じゃあ、そのさくからでてきたらそらをとべるんだな?」
「もちろんよ。」
「ペンギンはとべるんだな?」
「ペンギンはとべるわ。」
あっ、いっちゃった。
まあ、いいか。
「みどりのネットがあってざんねん。」
サギはまじめなかおではなしかけてきた。
「ほんとにとびたいんだったら、でてこいよ。」
なにいってるの?むりにきまってるじゃない。
「ほんとに『じゆう』ならでてこれるはずだろう?」
あっ?まだじゆうじゃないっていうきね。
「あなたも『じゆう』ならこのなかにはいってきなさいよ。」
ほら、こまってる。
「どこにでもいけるんでしょ?だったらペンギンのへやにもはいってきなさいよ。できないんでしょ?あなたがここにはいることができたら、わたしもここをでていくわ。」
これ、いいいいわけでしょ?ここでなっとくしなさいよ。
「わかったよ。」
よかったー。なっとくしたみたい。
「おれがはいったら、きみはでてくるんだね?」
ん?なんかちがうなっとくしているみたい。
「わかった。がんばるよ。」
なにを?なにをがんばるの?
「あの、むりしちゃダメよ!
にんげんがちゃんとかんりしてるんだからね。」
なによ、そのかっこいいめは。
「むりだとおもっちゃなにやってもむりだよ。」
えっ?ほんきでいってるの?
ほんとにここにはいるき?
「よし、さくせんをねらないと。
じゃあ、あとで。」
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとまってよ!
「あー、いっちゃったー。」
でも、どうかんがえてもむりよねー。
きっとひっこみがつかないからかえったんだわ。
「あんた、だれとはなしてたの?」
あっ、おかあさんだ。
「ん?べつに。」
なんかおこってるかんじ?
「サギとしゃべってたでしょ?」
えっ、そんなにわるいことだったんだ。
「サギなんてろくなもんじゃないのよ。」
いや、そんなにわるいかんじでもなかったんだけど。
「サギってじぶんのこと、おれっていうでしょ?おれおれサギっていってひょうばんわるいのよ。」
なにをいってるかわからない。
「しゃべっちゃダメよ。わかったわね!」
わかるわけないじゃない。
「うん、わかった。」
そういっちゃうけどね。
わたしはものおぼえがわるい。
だから、すっかりサギとのことなんてわすれてたの。
いままで。
とおくからなにかがこっちにむかってとんできた。
えっ?なに?
「サギだ。」
かなりうえのほうでグルグルわをかいてる。
やっぱりできそうもないから、わたしにあわせるかおがないんだわ。
きにしなくてもいいのに。
しいくがかりのマエダさんがくる。さかなをたくさんもって。わたしはアジはすきじゃない。やっぱりさかなはシシャモよー。
マエダさんがとおくにいてもわたしたちはきづく。すこしずつちかづいてくる。どうして、いつもこんなにトロトロちかづいてくるんだろう。にんげんのくせに。
わたしたちが、まちどおしくなってイライラしたころにマエダさんはペンギンのへやにたどりつく。
ガチャリ
というかぎがあくおと。
ギャアギャアギャア
とまちかねたペンギンたち。
わたしたちにとってごはんのじかんはたたかいなのよ。
ギギィ
というとびらがひらくおと。
ギャアギャアギャア
というなきごえがいままでいじょうにひびきわたってる。
わたしたちのそばにすんでるどうぶつたちはうるさそうにかおをそむけてる。
「ん?あれはなに?」
ほかのペンギンはマエダさんにちゅうもくしてたからきづいてない。
そらからしろい「なにか」がこっちにむかってとんできている。
「サギ!!!!!」
さっきのサギだった。
マエダさんがとびらをひらいたいっしゅんをねらって、サギはペンギンのへやへつっこんできた。
ギャアギャアギャア
ペンギンのこえはさっきまでといみがすこしかわった。
「なんなんだ?このエイリアンは!!!」
ってかんじになった。
「おい、でていけ!でていけ!」
マエダさんはおおごえでサギにさけんでいる。
そばにすんでるどうぶつたちは、さっきまでかおをそむけてたくせに、いまはきょうみしんしんといったかおでこっちをみてる。
サギはなにかわたしにいってきた。
「さあ、おれはやくそくをまもった。こんどはきみのばんだ。」
えっ?なに?やくそくって?
「おれがここにはいったら、きみはここをでるんだろ?」
そうだった!そんなこといった!
「とびたいんだろ?じゃあ、とびにいこう!」
そんなこといわれても・・・。
だって怖いじゃない。
わたし、ここからでたことないのよ。
「いましかないぞ。いいのか。」
だって・・・。
あれ?わたし、あしがとびらのそとにむいてる。
このままじゃ、そとにでちゃうわ!
「きみはじゆうなんだろ?」
じゆう?そうだわたしはじゆうなんだ。
「わたし、そらとんでくる!!!」
わたしのこえはペンギンとマエダさんの声にけされちゃっただろうなー。
わたしはペンギンのせかいのそとにとびだした。
「なにしてる?つかまるぞ。とっとととべ!」
とべないよ。ペンギンだもん。
とりあえず、ここからはなれよう。
はしるはしるはしる。
ペンギンたちはパニックをおこしてるから、まだわたしがいないことにきづいてないみたい。
もっとはやくはしりたい。もっとはやく。
「どうしてとばない?」
サギはものすごいスピードでとんできて、わたしにおいついた。
「ひさしぶりだから、とびかたわすれたわ。」
「すぐにおもいだすよ。」
とべるっていいなー。
「おれはハルカ。サギのハルカ。」
「わたしはテン。フンボルトペンギンのテン。」
ハルカはかくどをかえて、そらをめざした。
いままでのすばやいとびかたじゃなくて、ゆっくりたのしそうにうかびあがった。
「じゃあ、テン。そらであおう!」
「うん。ハルカ。そらであおう!」
ゆっくりゆっくりそらにむかってとんで、たかいたかいたてもののほうへむかってハルカはとんでいった。
そして、ちいさなてんになって、たてもののほうにきえていった。
「わたしもあそこにいくんだ。あのたてものへ。」
ひきよせられるようにわたしはそのたてものにむかってはしっていった。
あのたてものが『つうテンかく』というなまえだとしったのはそれからずっとあとのはなし。
つづく
絵 あぼともこ