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デビル・フレンド21 解放の祈り

大聖堂の奥深く、"Dominus Vinculum"、つまり神の束縛を行うための秘密の施設が静かに存在する。

鉄格子で厳重に囲まれ、一種の不可侵の聖域となっている。

これらの鉄格子は、悪魔の侵入や逃走を防ぐためだ。

また神聖な力が込められた、金属製の首輪など、対悪魔用神具が多数保管されており、悪魔が暴れ出したら速やかに身体を拘束出来る。

そして、悪魔を教会内部に閉じ込め、人々を危険から保護する事ができる構造になっているのだ。


外から見渡せば、聖堂の大理石の壁に映える、鉄格子の影が神聖さと厳粛さを増しているゴシック建築様式のデザインに見えるが、実際は機能的に考え抜かれた牢獄部屋だ。


キュミルを中央の祭壇前の席に座らせ、シスターや神父で構成されたSpiritual Warfare Ministryの部隊員6名で取り囲む。

彼等は、対悪魔ように構成された聖職者部隊で、聖なる言葉や祈りで悪魔の呪いを解き、呪われた人を解放する事を目的にする。

一方で、エクソシストは悪魔と直接接触を行う資格がある者をさす固有名詞で、主に悪魔そのものと交渉する事が役割だ。

実際には悪魔と、平和的な交渉が成立する事は稀で、聖なる力で悪魔を弱らせ命令に従わせる手段を心得てる事が、SWMとエクソシストの大きな違いだ。


SWMのメンバーたちは順に前進し、神聖なるグレゴリオ聖歌を奏で始めた。その音楽は一つの調和を成し、その響きは神聖な空間を満たし、祈りの言葉と共に高く天に昇っていった。

礼拝室の肌寒さが私の額と手にしっとりとした感覚をもたらした。ろうそくの炎がゆらめき、その光が聖堂の暗闇の中で神聖な存在を示していた。


私の視線は、中央の祭壇前に座っているキュミルに落ち着いた。

キュミルの顔色は青白く、その目には明らかな恐怖と混乱が滲んでいた。しかし、彼女は驚くほど落ち着いていた。

一般的な神父や修道女とは異なり、一見すると武器にも見える特別な神具を身につけて、厳かな雰囲気を放つ聖職者たちに囲まれても、彼女は一度も涙を見せず、静かに神の言葉を耳にしていた。

そんな彼女が、突然肩を震わせながら、ゲラゲラと高らかに笑い出した。

SWMの方々は彼女に「私たちは皆、あなたのためにここにいる、キュミル。」と、ゆっくり声を発し、彼女に励ましを送った。

「神は私たちと共におられる。私たちはあなたを一人にはしない。」その言葉を聴い瞬間にキュミルは歯を剥き出しにして、「私は産まれてからずっと1人だ!」と獣の様に唸り、椅子から転げ落ち暴れ出した。

直ぐに隊員が彼女を取り押さえようとするが、蹴り飛ばされ屈強な男が宙を吹き飛ぶ。


その次の瞬間、彼女の喉から深淵から呼び起こされたような、頓病を起こす程の荒々しい音が響きわたった。

そして、彼女の口から黒い液体が吹き出た。

その隙を逃さず彼女の腕を2人がかりで抑えつけ、足と腰周りを3人がかりで床に抑えつけるが、抵抗を辞めない。

少しでも油断して、力を緩めれば吹き飛ばされ、指は噛みちぎりられるかもしれない。命懸けの緊張感が皆を包んでいる。


私はキュミルの一挙手一投足を見逃さないようにして、解決の糸口が無いか探って居た。

私の役割は解放の祈りが通じなかった場合に、悪魔を倒す為の、手掛かりを見つけ出す事に有るからだ。

SWMも、その事はよく理解しているし、私の事など目にも入ってない。

彼等は、彼等の責務をこなす専門家なのだ。


羽交い締めに捕らえられたキュミルは、体から首が捥げ取れる程に、左右に激しく振り、長い髪が宙を舞った。

その口からは「神など存在しない」という意味を含んだ言葉が吐き出され、それは暴言と侮辱に満ちた恫喝で、聞く者すべての鼓膜を震わせた。

憤怒とともに、黒い血が彼女の口から吹き出し、周囲と聖職者達を汚した。


SWMは聖人の言葉を彼女に、かわるがわる投げ掛けた。

力強く、必死に伝えてはいるが、決して怒りは無く説得する様に、投げ掛ける様に訴え続けた。

その中でも、キュミルは聖母マリアの言葉に強く反発して、母親の息子に対する愛情を否定し怒りを露わにした。


彼女の怨念が母親への深い恨みであることを目の当たりにした時、私は彼女が、母親への憎しみを起源に持つ悪魔だと確信した。

同じ結論を導き出したSWMのメンバーたちは、母なる愛、親子愛に焦点を当てた聖句を唱え続けた。

それぞれの聖句が空気に揺れ動いた度、キュミルはそのつど、否定の言葉と母親への侮辱を叫んだ。

彼女の心の中から沸き上がる怒りと憎悪が部屋に響き渡った。


そしてついに、キュミルは力尽きた。彼女は苦しみの声を上げながら、深い眠りへと落ちていった。

SWMのメンバーたちは疲弊しきっていたが、眠りについたキュミルのためにララバイを歌った。

その歌声は優しく、悲しい程に愛に満ちていた。彼らは心から彼女の幸せを願っていた。

それは彼女が抱える怨念を癒すため、そして彼女が新たな日々を迎えるための祈りだった。


疲れ切って意識を失ったキュミルの顔には、憎悪と憎しみの跡が、深く刻まれ皮膚に残って居た。

儀式の最中に、彼女は一度も悪魔の名前を叫ばなかった。

それは、彼女が悪魔崇拝者では無い事を意味して居た。

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