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デビフレ9 買い物

辺りがゆっくりと夕陽の赤に染まりつつある頃に、教会の槍の様に尖った金属性の柵に、背中を預け空を見上げてるキュミルに、目が留まった。

彼女は、ほんのり赤い夕日の美しさを感じている様子だった。

その頬に柔らかく差し込む夕日の光は、彼女の悲しげな表情を一層引き立てていた。

「仕事は終わったか?」 私が尋ねると、彼女は何事もなかったかのように振り向き、一瞬でその明るい笑顔を私に向けた。

そして、「これから買い物に行く所」と答えた。

頼んでた時間までに買い物を終えるのに、そんなに余裕がない時間だったので、早く行くように指示すると「はい」と短く答え歩き出した。

まだ、初日と言うこともあるし、私は彼女の後ろをついて行く事にした。

特に一緒に歩くわけでは無いが、彼女は私がついて来てる事に気付き振り返った。

「今日は手伝うよ」と、私はキュミルに声をかけて、彼女の少し後ろをついて歩いた。

彼女は何か気を使っているのか、その足取りはトロトロと遅く、周囲の景色がゆっくりと過ぎていくのがわかった。

このペースでは買い物が終わらない。そこで、私は彼女を追い抜くと、先を行き「早く来て」と手招きした。

彼女は一瞬驚いたように見えたが、すぐにその驚きは笑顔に変わり、私の方へと走り出した。その足元は軽やかで、まるで子供のような無邪気さを感じさせた。

街を歩き、スーパーマーケットに向かう途中で私たちは商店街を通り過ぎた。店々は閉店に向けて店員が忙しそうに作業に追われたり、最後に売り上げを伸ばそうと、通行人を声をかけたりと騒がしかった。


そんな中で一つの店を見つめるキュミル。
その視線の先に有るのはコロッケを売っているお店だ。

店の前のガラス製の保温ケースには、美味しそうなコロッケが並んでおり、その誘惑にキュミルは瞳を輝かせていた。

彼女の視線はそのコロッケに釘付けで、まるでそれを食べることだけが全てのように思えた。

しかし、私は一瞬で彼女の、作為的なその態度を察知した。「甘やかすと癖になる」、私はそう思い、彼女にはその場でコロッケを買うことはなかった。

何度か彼女は冗談めいた甘える声で「食わせろー!食わせろー!」とおねだりして来たが、私は彼女に向かって微笑んで、「今夜のディナーを楽しみにしていてね」と言った。

彼女は一瞬、がっかりした表情を浮かべたが、すぐに元の笑顔に戻った。「分かった、楽しみにしてるよ!」と彼女は元気よく応え、私たちは再びスーパーマーケットへと向かった。

歩きながら私は、キュミルが随分と上手く人間に化れてる事に感心して、このまま順調に行けば良いなと思ったが、すぐに頭の中では、カリキュラムの進行具合を精査して居た。


スーパーに着くと渡していた、買う物リストを見ながら、彼女は商品をバスケットに入れていく。

しかし、一つ、また一つと商品をバスケットに入れていくうちに、その重さに気付かずにバスケットがひっくり返ってしまう。

彼女は驚いて、"あっ!"と声を上げた。しかし、彼女は再び笑って、散らばった商品を拾い集めた。

その姿はまるでコメディ映画のワンシーンのようで、愛嬌あるドジな姿で周りの人々を楽しませていた。

その行動が私は少し気になっていた。
これが私の気を引く為のパフォーマンスなのか、本当に重量感覚がないのか疑問に感じた。

教会に戻ると、私たちは一緒に夕食を作る。今夜のメニューはパスタだ。

キュミルはトマトソースを作るためにトマトを切り始めるが、彼女の不器用な手つきでトマトはキッチン中に飛び散る。しかし、彼女はただ笑って、"トマトが飛んでる!"と叫んだ

私は彼女の失敗を笑いながら一緒に片付け、美味しいパスタを作り上げた。彼女のユーモラスな失敗は、見ていて面白い。

しかし、矯正には長い時間と訓練が必要だ。

料理自体は調理済みの商品を買えば食うには困らないが、日常生活を送るのに最低限必要な家事がこなせないと、1人で生きて行くのは難しい。


日が暮れて、星が空を照らすとき、私たちは一日の共有時間を終える。

食事を終えると彼女は「今日も一日、お疲れ様!」と言い、自室へと戻る。そして、私はその後ろ姿を見送り、差し迫る “審判の日” の事を考えてた。

視線を食卓に戻すと今まで、この手で始末して来た悪魔達の首が、皿の上に並んでる気がした。

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