The Parafiria ∴ 第6話 少年の表情観察
マサヒロは、シェフが焼き上げたばかりの肉を笑顔で食べて居た。
喜ぶ彼を観ながら、私はワイングラスを傾けた。
赤い液体が口に触れると、それは今まで味わった事が無いほどの華やかな風味と深みを感じた。
彼はホークを刺して運んだ肉を、口元を手で隠すようにして食べた。
あまり、じろじろ見ても食べにくいだろうから、私は適度に視線を逸らした。
それでも、彼の表情を見ない訳には行かなかった。
彼の顔に張りめぐされた、無数の筋肉の上に乗る皮膚の細かな動きは、私の視線を虜にした。
彼の口から流れる肉の旨みの情報は、電気信号に変換され、速やかに脳へ伝達されて快楽物質を放出する。
その快楽物質に溺れる少年の顔は、心地よい幸福感をもたらす笑顔。
それと同時に、顎を動かす疲労感と、呼吸する苦しさが混在し、目々苦しく変わる。
美味しい しんどい 苦しい
それらが、限りなく同時に彼を襲う
その刺激を受けて居る彼の顔を見てると、私の口の中には、泥々とした強い粘着性を持った液体で溢れた。
決して腹が減ってるわけでは無かった。
その粘液をワインで胃の中に流し込むと、口の中が寂しくなる。
そして、私はまた彼の顔を見ては、口の中の虚無感を埋めたのだった。
マサヒロは料理の最後の一口を口に運び終えると、しばらく黙っていた。
私が、何か飲みたいものが無いか尋ねても、首を横に振るだけだった。
彼は少し緊張した表情で、ゆっくりと普段より低い声で言った。「ジャニーさん、僕は売れるでしょうか?」
その一言には、計り知れないほどの熱意と不安が込められていた。
彼の声には微かな震えがあり、瞳には切ない願望が宿っていた。
彼の瞳は、私の心の内を覗き見ようとしてるかの様に真剣で、嘘を付けば立ち待ちバレてしまうと思わす程に、私の眼を真っ直ぐ見て居た。
私は彼に尋ねた。「売れたいのかい?」すると彼はすぐに「はい」と答えた。
私は彼に言った。「なら売れるよ」その何の根拠もない言葉に、納得してない表情を浮かべた彼に伝えた。
「一流のプロがyouの事を認めた。人を引き付ける何かが有ると感じたから合格したんだよ」
私の言葉を聞いて、彼は少しだけ緊張がほぐれた様に力を抜いたが、アイドルとしての成功の手掛かりを、なお求めていた。
彼が求める答えは、事務所の社長である私にしか言えないような、そんな奇跡の答えなのだろう。
しかし、私が知って居るのは、絶対成功する方程式など存在しないと言う事だけだった。
それなのに彼は私を信じて、今も切望する様に、真っ直ぐと私を見つめたままだった。
私は、ゆっくりと静かに深呼吸して彼を見た。
そして彼に言った。「人から愛される人間になりなさい。目の前の人を… まず、私を好きにさせるんだ」
彼は暫くの間、黙ったまま私を見つめ何かを考えて居たようだったが、ようやく彼に笑顔が戻った。
きっと何かの答えを出したのだろう。
そして「ありがとうございました」と答えてから笑顔でにっこりと笑った。
その表情はとても可愛く、知性的でもあった。
そして、急にテーブルの中央付近に置かれたワインボトルを手に取り、私のグラスに注ごうと動き始めた。
しかし、その細くて小さい手は明らかに緊張しており、微妙に震えていた。
私は「ありがとう」と言い、グラスを持ち上げて彼に近づけた。
もしも彼がこぼしてしまえば、この真っ白なシャツは赤いワインで汚れてしまうだろう。
マサヒロはさらに緊張して席から身を乗り出し、一滴もこぼさないよう極度の注意を払って注いだ。
彼の怯えと緊張が入り混じる真剣な表情を見て、私は笑いを堪えるのが精一杯だった。
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