やばい、まじやばい! 桃太郎 新解釈編 (Rewirte)
やばい、まじやばいって桃太郎 新解釈編。
むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさん、おばあさんと言っても、当時の日本の平均寿命は35歳程度、女性は30歳を超えれば“大年増”と言われるような時代でしたから、二人とも老人扱いをされていましたが、まだ40歳を少し超えたところでした。
おばさんは川に洗濯に、おじいさんは山に柴刈りに行きました。
当時は環境汚染という概念も、水利権の概念もありませんでしたので、おばあさんは川で洗濯を平気でしていました。
まだ人口も少なかったこともあり、各家庭が川で洗濯をしても、汚水は十分に希釈化され、健康への影響も生態系への影響もありません。
不動産所有の概念も曖昧だったので、おじいさんは一番近くの誰が所有、管理しているのかわからない山に勝手に侵入し、生育物である柴を無断で刈り取っていましたが、それを咎める者も誰もいませんでした。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。
まあ、なんて大きな桃だこと!
おばあさんは川から桃を拾いあげ家に持って帰りました。
厳密にいえば取得物ですから、当時であっても、おばあさんは行政機関に届け出る必要があります。
大きな桃が自然に川に流れ出るはずもないので、誰かが川に落とした遺失物と考えるの自然ですが、おばあさんはガメることにしました。
大きな桃だったにもかかわらず、近所におすそ分けもしなかったことを考えると、その桃を持ち帰ることが適切な行為でないことをおばあさんはわかっていただろうことが伺えます。
その夜、大きな桃を仲良く食べた二人は妙に興奮し、久しぶりにセックスをしました。
流れて来た桃に催淫作用があったのかもしれません。
罪の意識が興奮を呼んだ可能性もあります。
3ヶ月後、生理が来ないおばあさんは妊娠を確信しました。
40歳を超え、老人認定され、もはや色恋沙汰とは無縁、性欲など無くなったとされた女性が、子供を産むようなことがあれば、村中の好奇の目に晒されることになります。
おばあさんは田舎の実家に帰っての里帰り出産を選びました。
当時しては考えられないような超高齢出産となりましたが、無事に大きな男の子を出産しました。
メールはおろか、郵便制度すらない時代でしたので、おばあさんの実家の下男が子供が生まれたことをおじいさんに知らせに来ました。
無事子供が生まれた知らせを受け、おじいさんは大喜びしましたが、子供を育てるには、おばあさんが生んだことは世間には知られてはならないと思いました。
村中からおばあさんは色気ばばあと蔑まれ、子供も色気ばばあの子といじめられるのは目に見えています。
そこでおじいさんは”川から流れて来た大きな桃から生まれた子”という奇想天外な設定を苦し紛れに思いつきました。
当時は人々が呪いとか迷信を本気で信じているような時代でしたから、今なら誰も信じないような奇想天外な設定もすんなりと受け入れられました。
おじいさんの苦し紛れの設定によって「桃太郎」と何のひねりもない名前を付けられた子供は、すくすくと玉のような男の子に育ちました。
玉とは当時の宝石の総称なような表現ですから、桃太郎はかなりの美形だったということです。
おじいさんが美形だったとか、運動神経が良かったとか、野心家だったといったような言い伝えは残っていません。この後の桃太郎の大活躍、際立った功名心を考えると、本当の父親はおじいさんではなかった可能性もあります。
当時の日本の農村部には夜這いの風習があり、若者が既婚者の女性から性の手ほどきを受けるということが多々ありましたから、その線の可能性も大いにあります。
おばあさんが、子供が桃から生まれたという奇天烈な設定を素直に受け入れたのも、長年連れ添ったおじいさんへの良心の呵責がどこかにあったのかもしれません。
子供がまったっくおじいさん似でなかったとしても、世間を欺けるというしたたかな計算もあったかもしれません。
大きくなった桃太郎は、どういう教育を受けたらそうなるのかわかりませんが、鬼退治という治安維持活動を自身の人生の目的と考えるようになりました。
おじいさんが桃から生まれたという特殊な設定をしてしまったせいで、成長したら何か特別なことをしなければならない人という設定を自分でしていた可能性もあります。
当時であっても、鬼退治という治安維持活動はそれを担当する行政機関が行うことになっていました。
一私人である桃太郎が行う鬼退治という治安維持活動は、法の裏付けのない文字通りの私刑に該当します。
鬼一族がたびたび襲来し、村から金品を巻き上げる等の悪さをしていたので、どうにかこらしめたいという社会の空気が時代背景としてあったにしても、鬼の悪事を訴え裁判にかけるといった発想もなく、いきなり暴力により成敗するという選択を疑問にすら思ってない点から、明らかに鬼は人間よりも劣ったもの、そして劣って悪いものに対しては、法を無視して何をしても良いという思想が桃太郎にあったのは間違いありません。
そして、鬼退治という治安維持行為を、行政機関に代わり私人である桃太郎がなぜ命を賭けてまで行うのかを考えると、鬼たちの所有する莫大な金品の収奪も目的だったのではないかという考えに行きつきます。
足腰が弱く労働生産性が極めて低い老人家庭でけっして豊かに育った訳ではない桃太郎にとって、また桃から生まれたという奇抜な出自によって周囲からの奇異の目にずっとさらされ続けてきた桃太郎にとって、鬼退治は名誉と富、そして己の存在理由(アイデンティティ)を一気に獲得・確立する機会と映っていたことは容易に想像ができます。
やがて立派な青年に成長した桃太郎は鬼一族が生息する鬼ヶ島に鬼退治の旅に出ることにしました。
目的は鬼一族の退治(これには殺害も含まれます)と彼らの所有する金品の強奪です。
人権という概念がまだ希薄な時代でしたから、おじいさんもおばあさんも特にそれが問題とは思いませんでした。
蒸気機関を含めまだ動力が発明されるはるか以前の時代でしたから、旅はもっぱら徒歩となります。
なぜ鬼退治が日本一なのかわからないまま、おじいさんから渡された「日本一」と書かれた旗を持って歩く桃太郎はとにかく目立ちます。
おじいさんの設定はいつも常人を超えています。
旅の途中、桃太郎はサルに出会いました。
サルは「日本一」の旗を掲げて目立っている桃太郎に目をつけたのでした。サルは言います。
「お腰につけた日本一のきび団子くださいな」
サルは日本一と書いた旗できび団子が日本一だと勘違いをしていました。
桃太郎は「家来になるならあげましょう」と言います。
ここでサルは、桃太郎ときび団子を対価に役務を桃太郎に提供する家来としての労働契約を結ぶこととなりました。
口頭での約束ですが、これは現代においても契約と見なされるものです。
従来主従関係は、現代のような労働契約ではなく、代々の血筋で決まっていましたから、桃太郎の時代としては、非常に先進的な雇用形態であったと言えるでしょう。
また、役務の対価としての「きび団子」ですが、日本一のという形容詞がついていることを考えると、本当にきび団子であったかは非常に疑わしいと言わざるをえません。
全国的な規模でのコンテストなどなかった時代に、きび団子の日本一など決めようもないのですから。
初対面の相手の腰に着いているものが「きび団子」だとわかるのも非常に不自然です。
むしろ、きび団子は金銭報酬を指す隠語であったと考えるのが妥当です。
役務報酬ですが(この場合は家来としての役務になります)、当時でも家来の役務報酬相場はかなりはっきりしたものがありましたから、「日本一の」という形容詞で、相場をはるかに超える高額なものであることが当時の人々には容易にアピールしたことがわかります。
サルは、日本一レベルの報酬を桃太郎が提供することを約束に、役務の提供を行う労働契約を結んだと考えると納得がいきます。
桃太郎は裕福な家庭の子供ではありませんから、手持ち資金は限られていたはずです。
恐らく約束した報酬は後払い、すなわち鬼の金品を強奪した後に、働き(成果)に対して与えるという話だった線が強いと思われます。
もしそうなら、役務提供を行う労働契約ではなく、個々の家来の成果(=鬼から強奪した金品の額)に対し一定の報酬が支払われる請負契約であった可能性も出てきます。ここは今後の研究が待たれます。
私(=著者)は、サル、犬、キジとも桃太郎を主君とする指示命令系統に服していましたから、請負契約ではなかった説を強く支持しています。
ところでサルですが、サルが本当のサルだったとは思えません。
サルが言語をしゃべることはありえませんから、サルは実際には人間だったものと考えられます。
太閤秀吉がサルと言われていたように、単に外見がサル似だっただけのことかもしれません。サルのように敏捷だった可能性もあります。
いずれにしても、桃太郎にはサルという呼称で呼ばれた家来ができました。
その後、桃太郎はサルと同じように途中で出会った言語をしゃべる犬とキジとも労働契約、もしくは請負契約を結びました。
どちらも桃太郎の持つ日本一のきび団子と引き換えに契約を結び家来となったものです。
恐らくイヌは、桃太郎に非常に忠実で、鼻が利く人間だったと思われます。キジは、排泄に関わる隠語ですから、どんな状況でも野ぐそなどが得意だったのかもしれません。またキジは執拗に鬼の眼球を突き刺す攻撃したという記録が残っていますから、ある意味、家来の中で最も残忍な戦闘員だった可能性もあります。
当時はGoogleマップもなければ、GPSもない時代です。
伊能忠敬が作るまではまともな地図さえありませんでした。
なので、勘を頼りに桃太郎一行は鬼ヶ島を探す旅を適当にしていたのですが、ある日、鼻が利く犬が鬼ヶ島を発見したのでした。
犬は独自の情報網を持っていたのかもしれませんが、今となってはわかりません。
サル、犬、キジを家来とした桃太郎は、鬼一族が住む鬼ヶ島に早速乗り込みました。
城の門の前に、大きな鬼が立っていました。
桃太郎は大きな石をつかむと、鬼に向かって投げつけました。
この鬼が武装していたという記録は一切ありません。
鬼は一人だけだったことから、門兵などではなく(通常門兵は複数人で守ります)、たまたまそこを通りかかった一般鬼だった可能性が十分にあります。
非戦闘員への攻撃は違法であるという常識がまだ確立されていない時代でしたから、桃太郎は非戦闘員の(可能性の高い)鬼に向かって躊躇することなく投石しました。
桃太郎による投石が頭部に直撃した鬼は、致命的な大けがを負いその場で無力化されました。その後、戦闘に参加した言い伝えはありませんから、絶命した可能性もあります。
そのすきにサルは門をよじ登り、門の鍵を開け、桃太郎たちを城内へと引き入れました。
サルの開門を妨げる門兵が他にいなかったことを考えると、最初から門兵は配置されていなかったと考える方が自然です。
やはり桃太郎の投石により無力化された鬼は一般鬼、すなわち非戦闘員だった可能性が非常に高いと言えるでしょう。
残念ながらその後の鬼ヶ島における桃太郎と家来による急襲がどのようなものだったかの詳細は言い伝えとして残っていません。
武器、弾薬を十分に備えたうえで急襲をしかけた桃太郎軍団に対し、鬼たちは、腰に粗末な腰巻をつけただけの半裸で、攻撃に対し身体を防御するものが一切ない状態での応戦となりました。
またほとんどの鬼は武器を持たず、素手での応戦となりました。
鬼は刀、弓、鉄砲といった武器を一切保有していなかったようです。それらが使用された形跡がまったくありません。
記録によると、最後の最後に現れた鬼の大将がようやく金棒という威嚇以外にほとんど役に立たない武器を持ち出てきましたが、戦い全体を見れば当時の最高レベルで武装した戦闘集団と素手の戦いだったのです。
武器・弾薬を備えた桃太郎軍団と半裸、素手で戦う鬼たちとの戦闘は凄惨なものであったことは間違いありません。
戦闘というよりも一方的な殺戮と言った方が正確かもしれません。
鬼たちは、赤、青、黒、白と様々な皮膚の色をしていましたが、皮膚の色による差別は一切なく、また鬼同士が殺し合うこともない平和で平等な世界を構築していました。
しかし桃太郎達はそんなことはおかまいなしです。
戦闘員、非戦闘員の区別なく、また老若男女の区別なく、無差別の殺害が実行されました。
最後に現れた鬼の大将が降伏した時点で戦闘は終結したとされています。
鬼の大将以外に生き残った鬼が他にいたことは確認できていません。
桃太郎による鬼退治以降、鬼一族の記録は一切残っていませんから、この戦闘で鬼一族の血筋は途絶えたと考えて良いと思います。
こうして世界にも珍しい独自の文化と独特な身体的特徴を持った鬼族という少数民族は絶滅したのでした。
所有権移転の概念がまだ曖昧な時代でしたから、鬼ヶ島から強奪した大量の金銀財宝を元の所有者たちに返還することなど桃太郎は微塵も考えませんでした。
奪ったものは自分のものになるという鬼とまったく同じ考え方を桃太郎は持っていました。
桃太郎は無防備にもそれらをどこから調達したかわからない荷車に積載し、村人たちに見せつけるように凱旋をしました。
金銀財宝の警護提供も、サル、犬、キジと交わした労働契約の中に入っていたものと思われます。
そして、誰も桃太郎による日本史上初となる大量虐殺(ジェノサイドと言って良いでしょう)と金品強奪については問題としませんでした。
むしろおじいさん、おばあさんは、それらの行為を主導した桃太郎を誇りに思いました。
桃太郎一家は、米本位制を基盤とする物々交換経済圏に暮らしていましたから、強奪した多くの金品は米へと変わりました。
物々交換の世界では、高価な金銀財宝と一般消費財の等価交換はほぼ成立しません。
金品をまず最も兌換性の高い米に変え、米での物々交換となるのです。
そして、おじいさん、おばあさん、桃太郎は沢山のお米をお腹いっぱい食べて一生幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし
おしまい
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