やばい、まじやばい! ペースメーカーなのに一番先にゴールした (Rewrite)
やばい、まじやばい。
何がやばいって、俺、ペースメーカーなのに一番先にゴールしちまった。マラソンで。
報酬に引かれてペースメーカー引き受けたんだけど、とんでもないことになった。
外国招待選手も来る国際大会だから、報酬もスペシャルなんだよ。
1キロ10万円の契約。
なので、25キロまで先頭集団を引っ張ると250万円になる。30キロまで頑張ると300万円。俺は当然30キロを選択。
それと、世界記録がもし出ればボーナス500万円が出る。
スタートしてなんだか調子がすんごく良かった。
なので、んじゃ30キロまでじゃんじゃん行っちゃえってなった。
30キロから後の事考えてなくていいから楽なんだよ。ペースメーカーって。
他のペースメーカーの3人は最初から25キロまで1時間16分とかぬるい事言ってたから、じゃ後方集団は任せた。って感じで、先頭集団は俺が引っ張って行くわって、5キロでいきなりスパートした。
30人はいた先頭集団がパニックになったよ。俺の後方でまとまって何人かすっ転んでた。
結局俺のスパートについて来れたのは半分ぐらいだったな。
で、俺がぐいぐい引っ張った訳よ。行けるとこまで行ったろうと思って。
25キロで、1時間11分20秒。だいたい1キロ2分50秒ペースの世界記録ペース。めちゃぶっ飛ばしてやった。
ほとんどの選手は15キロでついて来れなくなった。そりゃそうだよな。世界記録ペースなんだから。
20キロで先頭集団が3人になって、25キロ手前で2人。
そして、25キロ過ぎたら、優勝候補で一昨年まで世界記録保持者だったキプチャゲだけになった。
こうなったら絶対世界記録狙わせる。500万いける!
そう思ったね。俺は。
でも、キプチャゲがめちゃ怒ってんの。俺のこと。
英語わかんねーけど、顔見りゃわかるよ。
なんでそんなぶっ飛ばすんだってすっげー怒ってる。ペースメーカーはランナーに合わせて走れよって目で言ってる。
俺はそんな器用なランナーじゃないんだよ。いいじゃねーか、世界記録作れれば。
俺は振り向いて、にかって笑って、とにかく頑張れっ、俺のためにも頑張れって意味で右手突き出して親指立ててやった。
30キロちょい手前で1時間25分。
ちょっと時間がかかったけど、まだなんとか世界記録ペース。
で、振り返って後ろのキプチャゲ見たら、さっきまでかんかんに怒ってたのになんかゼイゼイ言ってて今度は半泣き。
ちょっと待て、ペース落とせって言ってた。顔で。
おいおい、根性出して追い付けよって思って、振り向きながらこっち来い、こっち来いって感じで手招きしたら、今度は悲しそうな顔して首振るわけ。
これ以上無理ですって感じで。
ここでペース落とされたら世界記録なんか出ねーじゃんと思って、しょうがねーから30キロ過ぎてもペースメーカー続けることにした。
これ仕事なら残業だろ。こりゃ割り増しだなって思ったよ。
え? 残業と違う? そうか?
で、35キロ、40キロと、後ろのキプチャゲに手招きしたり、グーを出したり、ガッツポーズしたりして、来いよとか、追いつけよとか、頑張れよ、ファイトーとかずっとやってたわけ。作り笑顔で。
ハズいけどしゃーねーじゃん。
そしたら、40キロ過ぎであいつどんどんスピードが落ちてきちゃってさ、とうとう歩きだしやがった。
えーーーーーーー って思ったよ。
あとちょっとじゃん。
あいつのために引っ張って来た訳じゃん。俺、ずーーっと。
もうがっくり。
キプチャゲ路肩に座り込んじゃうし。その後ろには誰もいねーし。
ペースメーカーだけ一人残されてどーすんだよ。
そしたら、道路脇に誘導係の大会委員のおっちゃんがいたのよ。
おっちゃんもあんぐり口開けて事の成り行きを見てたわけ。
で、おっちゃん、俺どうするよ? どうする?って聞いたわけ。両手広げて、横走り気味にジェスチャーで。
そしたらおっちゃんが、お前が行けー、このまま行けーって感じで、誘導の旗ぶんぶん振って、白バイの方を指すのよ。
白バイ隊員も振り返ってついて来いとか言ってるし。
えーっ 俺ペースメーカーだぜ、エントリーしてねーし。いいのかよーって思ったけど、沿道の観客も、行けー、この際行っちゃえーとか無責任な事言ってるし。
さすがにここで走るのやめるわけにはいかねーなと思って、後はどーにでもなれって気分で走ったよ。
で、気合入れようと思ってさ、高橋尚子ばりにグラサンばっと取って沿道に投げ捨てた訳。
そしたら沿道の観客たちがなんかもう大爆笑。こんなのありえねーーー とかぬかしてる。
俺、忘れてたのよ。レース前に、頭剃ったついでに眉毛も剃って、油性マジックで一本眉毛にしてたこと。
ペースメーカーだし、30キロでドロンするつもりだったから、シャレでちょと遊んだわけ。
うわっやっべーと思ったけど、しょうがねーから愛想笑いしながら観客に手を振りながら走ったよ。一本眉毛で。ゴールの昭和記念運動競技場まで。
競技場の中に入ったら、観客も大会関係者も大爆笑。腹抱えて笑ってる。
「ランナー殺しー」とか「掟破りー」とか「お笑いランナー」とかめちゃくちゃ言ってる。いや、その通りなんだけど。
ゴールのところに大会委員会のおっちゃん達がめっちゃ集まって何かもめてる。ゴールのテープやめるかどうかでもめてたらしい。俺、参加選手じゃないからな。
で、もめてるうちに俺はゴールしちゃったけどね。ちゃんとテープ切って。
両手挙げてガッツポーズでゴールしたよ。参加選手じゃないけど。お約束だからな。一番でゴールした時の。
電光掲示板のタイムは2時間3分56秒。
係員がタイムを指さして笑い転げてた。何がそんなにおかしいんだよ。
30キロからキプチャゲ応援しながら走ってたからすっげータイムロスしたけど、それでも軽く日本歴代1位。
参加選手じゃないから、参考記録だけどな。
俺がレースを序盤から完全にぶっ壊したせいで、キプチャゲ含めてほとんどの有力選手がやる気なくしてかどうかは知らんけど途中棄権。
俺の次にゴールに入ったのが森下電工の筒井くん。
2時間14分12秒。ペースメーカーの俺から約10分遅れだったけど、記録的には筒井くんが優勝ランナー。
でも全然嬉しそうじゃなかったな。
可哀想に、俺が爆笑インタビューやってたせいで、優勝した筒井くんのゴールはテレビ中継まったくされなかった。ありえなくない?
で、表彰式も急きょ中止。
聞いた話だと、あの大会来年から無くなるらしい。
キプチャゲだけじゃなくて、他の外国招待選手も、もう日本のレースには出ないとかふざけた事言ってるらしい。
全部俺のせいらしい。知らねーよ。
今、陸連からの連絡待ち。
金はまだもらってない。
さすがに一本眉毛はまずかったかな。
えっ 問題はそこじゃないの?
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