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7分で食った! 2205文字
キー局のゴールデン特番の”大食いチャレンジ”に出ることになった。
俺のような売れない三流タレントには美味しい仕事だ。
俺がタレントになったのはいろんな間違いや勘違いの積み重ねの結果だ。
そもそもの間違いが大学でひょんなことから演劇部に入ってしまった事だ。
したり顔で演劇論、演技論を交わすうちに、すっかり自分は舞台俳優になるために生まれてきた男だと思ってしまった。
これが大きな勘違いだった。
俺は躊躇することなく大学3年で大学を中退。舞台俳優を目指した。
が、結局箸にも棒にもかからず、地方局の情報番組で大食いグルメレポーターとして時々起用される三流タレント「ドンマイ荒川」としてなんとか食いつないでいる。
結局、持って生まれた大食いの才能しか俺には取り柄がなかった。
そんな俺に大学時代の同級生だった中田から、ゴールデン特番の大食いチャレンジへの出演依頼があったのが一昨日だった。
中田は在阪キー局の番組ディレクターだ。
中田とは大学時代に特に親しい訳でもなかったけど、偶然見た地方局の大食いグルメレポーターをやっていた俺を覚えていてくれて、ツテをたどって声をかけてくれたのだ。ありがたかった。
なんでも演者として予定していたタレントの不倫スキャンダルが発覚し、急遽代役が必要となったのだという。
俺は考えるまでもなく、他に予定も無かったし、大食いにはいささか自信もあったので出演を即OKした。
これは地方タレントとしては大チャンスだ! なんて美味しい仕事だ!
大食いチャレンジは、巨漢の現役ラガーマン、世界選手権無差別級優勝の柔道チャンピオン、そして大食いタレントのガル利根、そして俺の4名が演者だった。
場所は梅田のグランフロントにある超有名な老舗インド料理店「ムガール」。
提供されるのは総重量約3.5kgの超激盛り激辛南インド風カリーライスプレート。
約1kgのインディカ米の上に1kgの激辛カレールー、大判のナン2枚、500gのマトンステーキ、300gのタンドリーチキン、ゆで卵10個、カリフラワー・じゃがいも・トマト・ししとうで作ったサブジ(野菜の蒸し煮)500gがどんとでっかいプレートに載っている。
これを50分以内に完食するという企画だ。
ディレクターの中田からも演者兼進行役を勤めるガル利根からも、俺は他の演者とは絡まずに最初から本気で食べて欲しいと言われた。
俺は、がっつり食べまくる演者の横で、出演番組になんとか爪跡を残そうと必死に完食を目指す売れてない地方タレントという役回りなんだそうだ。
なんだそりゃ。
番組の盛り上げは、ガル利根とゲストのラガーマン、柔道チャンピオンの三者の絡みで回すので、俺はコメントで受けなど狙わず、真剣に必死に食べる姿だけを見せて欲しいということだった。
なので俺には台本はないとのことだった。
大食い番組は撮り直しがきかないので、現場はかなり緊張する。
中田は、念押しするように、ガル利根と二人のスポーツマン中心に映すので、カメラのことは気にせずお前は自分のペースでどんどん食べ進めてくれと言った。
了解! と俺は親指を立ててみせた。
10秒前、9、8,7、6,5、4、3、2、ハイ、キュー!
大食いチャレンジが始まった。
俺の作戦は単純だ。
冷めると固くなりそうな肉類を先に片付け、次にサブジとゆで卵をナンに挟んで片付ける。そしてカレーライスはほぼ飲み物なので、ルーのかかった米を一気に胃に流し込む。
ガル利根がラムステーキを大口に放り込みながら、他の出演者に今回の意気込みを尋ねていく。
ラガーマンは、最愛の妻と6歳の長女との約束で、今回絶対に完食しなければならないと語っていた。
これまでの最高記録は、回転寿司で150皿、ステーキ3キロ、ラーメン8杯なのだそうだ。それも余裕だったらしい。
真のラガーマンのすごさを見てもらいたいと言うと、おもむろに立ち上がり、”玉子無限食い”と言いながら、ゆで玉子を次々に口にいれていく。
柔道チャンピオンは、柔道界の期待を背負って来ているので完食はMUSTで、ガル利根に勝利することが今回の目標だと言う。
こちらも最高記録は、焼き肉なら20人前、牛丼なら10杯、回転寿司は抑え気味だったが120皿だったらしい。
そして、”チキン一気食いします”と言いながら巨大なタンドリーチキンを一度にほおばり、一重の細い目でウインクしてみせた。
ガル利根が「じゃあゲストのドンマイさん」と俺に話をふろうとして・・・固まった。
その場の空気が凍った。
俺がすでに完食していたからだ。
ガル利根が他の演者と絡んでいた約7分の間に俺は完食してしまっていた。
えっ・・・? 食べ終わったの?
ガル利根は小さな目をめいっぱい開き素で驚いていた。
それから制限時間までの残り約40分間は地獄だった。
すっかり意気が上がらなくなった他の3人の演者の横で、俺はただただぼーっと宙を見て過ごした。
ひたすら空気だった。
消えて無くなりたかった。
・・・・・・
自宅に戻り、すっかり意気消沈し ”こりゃ俺の部分だけカットだな” と思っていたら、さっき中田から電話があった。
完食して暇そうにぼーっとしている俺の横で、ガル利根と2人の巨漢スポーツマンが悪戦苦闘する様が局内で大受けで、特番とは別枠で放映することになったとのことだった。
で、俺を「7分ニキ爆誕!」として売り出すことになったと言われた。
いやー、この世界何が幸いするかわからんもんだな。
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