漫画の表紙その他作業の報酬について描き手からの所感
このお方と違ってワタクシはコミカライズで細々と報酬を得ている漫画描きだが、この方は自分のオリジナル作品の表紙であってもワタシと同じように感じていらっしゃるのがわかる。
作業に対して報酬が発生するのは自営業主に依頼するに当たって当たり前の大前提であり、報酬なき仕事は依頼として成立しないといってもいいくらいだ。
さて、視点ををワタクシコミカライズ個人請け負い主に変えて「表紙作業に報酬を払うべきか否か」の所感を書かせていただこうと思う。
まず大前提として、コミカライズとは何かしらの原作(ストーリー)がありそれを漫画化したものを言う。
つまり、ビジュアルなりキャラデザなりがイラストレーターさんなどによってすでに決定している「一度完成した他人の作品」なわけだ。
ところが、単行本第一巻を出すに当たってワタシが仰天したことは、まるでイラストレーターに依頼するように高クオリティのものをほいほいと要求してくることだった。
表紙案をいくつも提出した上で細かいフィードバックがあり、背景もパノラマのようにしっかり描いてほしい、人物は宣伝で使えるようにレイヤーを別にしてほしい、などと何倍も手間のかかることを平然と要求する。
ちなみに小説のメインイラストをいくつか担当したことがあるが、表紙だけでも2~5万、他にもキャラデザイン料、本文モノクロ原稿料、すべてにギャラが設定されていた。
しかしこの編集者に訊けば金は出せないというではないか。
「弱小企業なので、単行本にまつわる作業に報酬をお支払することはできません」
…知ったことか。
これには相当頭に来た。
それからコミックの中扉イラスト、章間カット、本文の百ページ以上にのぼる修正要求(衣装のアクセサリー忘れからテクスチャの見映えが気になる、など細かすぎて正直そんなに大事なミスだろうか?と思える山のような付箋をもらう)、作者書影、コメント、おまけページに至るまで、すべて無報酬である。(書き下ろし漫画の場合は本文としてカウントされ、原稿料が出る仕組みであった)
そしてダメ押しのように、購入特典としてカラー二点(うちA4サイズ一点)、モノクロ一点をラフからお伺いをたてつつ作成しなければならなかった。もちろん、タダで。
「これは広告に使うものなので利益がでなくてこの絵について報酬をお支払いすることはできないんですよ~」
だそうだ。
この作業、全部で一ヶ月近くかかるにも関わらず、その間の報酬はゼロである。(逆に言えばおまけ漫画を描けば僅かばかりの収入となる)
そして、人によっては死活問題となりかねないのが、この印税、実は振り込まれるのが半年先である。ということ。
実作業で拘束しておきながら報酬は支払わず、印税に含まれますからという肝心の振り込みは半年先。おまけに明細もないので、金額のうちいくらがコミックス作業料に該当するのか判別もつかない。契約通り売れた3%(3%!)の利益が淡々と振り込まれていくだけである。
では編集部の実益はいくらなのか、単行本が作家個人の商品だというのならば実売金額の開示義務があってもおかしくないように感じるが、業界的にもそのような話は聞いたことがない。せめて印税のうちいくらがコミックス作業代に相当するか割合で示すか(そもそも両者を同一視するのが奇妙だが)、実益が出た時点で作業代を後払いしてほしいものである。しかし編集者は次の話を書かせることに必死で、そのような些細な話は膨大な作業量を前にこちらの頭の中からも吹き飛ばされていく。
ならばと、原稿料の値上げ交渉をもちかければ返ってくる言葉は
「貴方にはまだ信用がないので、増額には応じられません」である。
信用ってなんや。コミックス一巻を無事出せておいて信用がないとは?
おそらく、この編集がこのとき言いたかったことは、「いつ夜逃げするかもわからない人の賃上げ要求には応じられない」ということだったろうが、あれだけタダ働きさせておいてあんまりにもあんまりな言い種である。ちなみに原稿料は集A社の1/2である。打ちきり以前の問題に、少しでも蓄えがないと衣食住の生活すら厳しい。ところがこれに対する反応として、「ご両親や配偶者と同居して趣味で漫画描きをなさってるんでしょ?夢がかなってよかったじゃないですか」という。
誰像なんだよそれは。
さすが今だもって編集と一回も顔を合わせることすらないだけある。自分の思い描いた架空の人物と仕事してりゃそりゃ衣食住の心配なんて不要だわね。
色々あってそれから何度も連載終了の打診をするが受け入れられず、書店からでているはずの特典サービス料について言及されることもなく、結局こちらが三巻分のプロットを作って提示してやっと終了と言う運びになった。最終話に至っては100p以上の没ページが出て一ヶ月以上原稿と平行でネームを練り回すことになったが、要求しても追加報酬は出せないと言う。
どんだけ自分の言い分だけなんだ。
読者は読者で、途中で終わらせるなんて無責任だなどとコメントで暴れたりしているが、仕事を受けたときには3巻しかなかった原作が1◯巻まで増え、初心を忘れたその作品をワタシが一生かけてコミカライズしていかねば気が済まないのだろうか?
そもそも人生は有限で、仕事を受けたときには元気だった体も年をとれば衰えて体力も落ちるし、なにより起きている時間のほとんどを仕事に吸いとられてしまうため、友人、恋人、家族、遠近問わずすべての人間関係が崩壊し、一年のうち360日以上はただひたすら机に向かって無言で他人の作品をひたすらブラッシュアップすることに誠意をもって努めるわけである。正直心がおかしくならないのか、もうなっているのか、ここ十年ほどで一体何回生きることに疑問を抱いたか数えきれない。
話は戻るが、このようにして周りから助けの期待できない氷河期時代の貧乏人が貧乏から脱出するには、足元を見られているとわかっていても、それでも実力で実績を示すのが最も正当な方法だったのだ。そこを曲げてしまえば、たしかにある日突然逃げ出したくはなるだろう。
他者の苦労に寄り添って境遇をよくするという考えはまっとうな人間なら浮かびそうなものだが、実際には描き手の住居まで押し掛けて激励()するという会社だったので、諸々のほどはお察しいただきたい。
ちなみにワタシも何度も大人げなくぶちギレ交渉を持ちかけた甲斐あって、待遇は少しずつよくなっている。(おそらくワタシ以外の作家さんからも文句が出ているのあろう)
他にもコミックス作業に心ばかりの手当てがつくようになった。金額はさておき素直に喜ばしい変化である。
まあそんな心のささくれがあったとしても、表紙に作業手当てをつけてもらえるだけで、これら諸々のストレスがどんなに軽くなることか。お互いに上向きの気持ちで仕事ができることは、軽んじるほど些細な効果ではないだろう。ましてやオリジナル作品ではなく、他人の作品を編集社から依頼を受けてビジュアル化しているのである。表紙にも原作者の名前がしっかりと刻まれ、作画個人の所有物でないのは明らかだ。構想からすべて自前の漫画化の作品の慣習を持ち込むのがもはや筋違いである。サービス心ではなく、これはビジネスそのものであるわけだから。
よって、たとえ表紙だけだとしても報酬の概念を適用することには大きな意味があると考え、ワタシもこの方のツイートには賛成である。
ここからは余談だが、メディアミックスの話について聞いてみたところ、「アニメ化は連載が続いていく売りたい作品が対象なんですよ~」と言われる。あ、つまり、けっこう長いことやってたけど一度も「売ろう」という候補に上がらなかったわりに収益はそこそこだったので長年辞めさせはしなかったと。ドウモ、お勉強になりました。