「心から良いと思うものを見つけ翻訳する」キュレーターに学ぶ「大きくて困難なことを実現する方法」
この記事は、"武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース"というやたら長い名前の大学院での "クリエイティブリーダーシップ特論I" というこれまた長い名前の授業での学びを紹介する記事のシリーズ第四弾です。
この授業では、クリエイティブとビジネスを活用して実際に活躍されている方々をゲスト講師として、60分講義・30分ディスカッションというセットで学びを得ています。
第四回 (2021年5月3日)は、キュレーター/鈴木 潤子さんからお話を伺いました。
自己紹介
記事の本題に入る前に、簡単に自己紹介をさせてください。
私は、社会人として働きながら武蔵野美術大学の大学院に今月2021年4月に入学しました。仕事ではUXデザイナーとして働いており、大学院ではUXデザイナーの仕事に活かせる生きた知識を、体験も通して身に付けたいと思っています。
ゲスト講師のご紹介
まずは、第四回のゲスト講師であるキュレーター/鈴木 潤子さんのご紹介です。
キュレーター/鈴木 潤子
東京都出身。時事通信社、森美術館、日本科学未来館で通算約20年間の勤務を経て独立。 2011年より無印良品有楽町店内のギャラリースペース・ATELIER MUJIにてキュレーターとして8年間で約50件の展覧会とその関連イベントを企画運営した。2019年4月に開店した無印良品銀座店6階ATELIER MUJI GINZAにて展覧会やイベントのキュレーションを行い現在に至る。同時並行でフリーランスとしてこれまでの経験を活かした個人事務所@Jを立ち上げ、アートやデザインを中心に、幅広い分野でPRやキュレーション、文化施設の立ち上げに携わる。
(Schooより)
ゲスト講師の活動内容
年間多いときは8本、平均6本の展覧会をこれまで開催されてきたそうですが、その中から2つ、1つ目は2018年の『木を見て森を見る!』展、2つ目は今年2021年の夏に開催される『なみえつ うみまちアート』についてご紹介します。
『木を見て森を見る!』展
最初は何もないホワイトキューブ(白い展示空間)からスタートし、参加者と一緒に床材を全面に敷き詰めるワークショップを皮切りに、木や森が持つ無限の可能性を体感できる超参加型ワークショップを展覧会として実施したのが、『木を見て森を見る!』展です。
オープン初日は、このように積み上げた木材とテキストだけの会場。
数々のワークショップ実施の経過により、更地がやがて人の手を経て杉の森になるように成長し変身を遂げる有機的な展覧会です。
通常の展覧会は、完成した空間から会期がスタートしますが、ゼロからお客様と一緒に空間を作って行こう、という、逆の発想を行っています。
「モノでは伝わらない、生きている人を見せることが必要だ」と感じられ、ご本人曰く「正直出たとこ勝負のミステリーツアーのような展覧会」だったそうですが、実験的試みを実践されたそうです。
くわしくはこちら
『なみえつ うみまちアート』
こちらは、2021年8月1日〜9月26日に新潟県上越市の直江津地区を舞台に初めて開かれる現代アートイベントです。
国内外の現代アート展などで活躍する作家が参加し、豊かな自然と海運で栄た港町である直江津の特徴を生かし「うみ/まち/ひと」をテーマに作品を制作されるそうで、鈴木さんは、総合調整役のキュレーターを務めます。
「シビックプライドをもう一度、自分たちで考えるために何かできるんじゃないかと思った」と力強く話しておられたのが印象的です。
このアートイベントについては、まだ発表されたところであり具体的な中身はあまり公表はいただけませんでしたが、「なみえつの人に送るラブレター。愛の押し売りではあるが、受け取っていただいたそのさきに何があるのかを楽しみにしている」とおっしゃっておられ、きっと直江津への愛が詰まったアートイベントになるのだと思います。
くわしくはこちら
授業から学んだこと
■ 心から良いと思えるものを見つけること
「みんなが気づいていないチャーミングなところを見つけること。そしてそれを伝わるように翻訳すること」
それが、キュレーターとして大切なことなんだなとお話を伺って理解しました。
実は、お話を伺う前にいろいろな記事やインタビューを読んで予習していたものの、「キュレーター」というものが何なのかわからないままお話を伺っていました。伺いながらも、「結局一体、何がキュレーターといわれる人の価値であり役割なのだろう」と思っていました。
授業の中盤、鈴木さんが次々と作家の方々とその方々のアート作品を紹介してくださいました。それもものすごく楽しそうに。
その時も実は、「すごく楽しそうなのは伝わってくるし、作品自体もすごく素敵で聞いていて楽しいけれど、これはそれを伝えたいのか…?」とわかりかねていました。
そして、授業の終わりに勇気を出して(でもこの人は絶対バカにはしないだろうと確信は持ちながら)素直に聞いてみました。
「鈴木さんとしては、キューレーターのお仕事ってどういうことなのでしょうか?」と。
すると、その回答の中で、
「みんながわからないチャーミングさを見つける。爪がキレイです、しかも中指が特にキレイです、といった風に。」
と答えてくださいました。
そこで全てが腑に落ちた気がしました。さっき、作家の方々やアート作品を見せてくれていた時、自分が「キレイ」「面白い」「素敵」「良い!」と思うものを、語弊を恐れずにいうとまるで、小さな子が宝物を目をキラキラさせながら「ほら見てー!」と見せてくれるように、見せてくれていたんだなと思いました。
そう思った時、なんて純粋で素敵なんだろうと思いました。そして、心から良いと思えるものだからこそ、全力で打ち込めるのだと思いました。自分のモチベーションを保つ最も良い方法は、心から良いと思えるものを見つけそれに携わること、あるいは携わるものの中に心から良いと思えるものを見つけ出すことだと学びました。
そして、翻訳するというのは、意識していない、気づいていない、忘れてしまった素敵なものを別の形で魅せて気づいてもらうことです。
例えば地元にキレイな夕陽が毎日沈んでいく海があっても、毎日のことならその美しさを感じなくなってしまうかもしれません。
「なみえつ うみまちアート」でも、地元の方々はもしかしたら、日常になりすぎて意識しなくなってしまっている直江津の自然の素晴らしさをアートの形にすることで翻訳し、伝えようとされているそうです。
■ 「裏切られること」を好きになること
2つ目に学んだことは、チームでやっていくには、「裏切られること」を好きになることが大切なのだということです。
「自分1人ではできない大きなことをする際に、他の人とやらなければならない。でも他の人とやるということは、自分では管理できない不確定なことが増えるということ。それをどう設計していくかが大切」「キュレーターはピンチに弱いと胃が痛いと思う」とおっしゃっていました。
他の人と動くことで、自分が思いも寄らない方向へ行ってしまったり思いも寄らない問題が起こる可能性もある。でも一方で、逆にプラスの方向に自分の思いも寄らないことが起こる可能性もある。
その不確実性を楽しむことがチームとしてやっていくための鍵なのだと学びました。
■ 98%の困難なプロセスを経て、2%の出来上がりを味わうこと
出来上がるまでのプロセスの98%は困難なのだそうです。でも出来上がりの2%のために、その98%をやろうと思える。1度、2%を味わうとそう思えるようになるそうです。
100年後を考えてこれをやらないと後悔する、何より自分が見たいし他の人にも見せたい、と思えるような2%の出来上がりを目指して、98%は泥くさい大変なことなのだそうです。
例えば、「なみえつ うみまちアート」でも、海辺での企画がありメンテナンスが重要なため、鈴木さん自身が会期中は海のそばに住んでメンテナンスにあたるとのことで、ご家族には、「お母さんは動かないマグロ漁船に乗ったと思って」と伝えたと笑っておられました。
すごく泥くさい地道に思えることでも、ずっと遠い未来から振り返ったことを考えて後悔しないようにと実現していける人、そして実現できた経験からそれに病みつきになれた人が、困難なことを成し遂げるのだと学びました。
今後の活動につなげたいこと
特に心から良いと思える、しかも他の人が気づいていない価値を見出すこと、会社や製品、サービスの新たな価値を見出し、翻訳することは、UXデザイナーにとって必要な力だと思いました。
ただ一方で、UXデザイナーに限らず人として、日々見たり触れたりするものの中に「素敵だな」と思えるものを見つけるアンテナを持つことは、生きていく上で必要なことなのではないかとも、思いました。
UXデザイナーとしても人としても、大切にしていきたいです。