女っぽい通勤服があっても良いのではないか
私には、組織に属して働いた経験がない。
正確に言うと、美大を卒業した後、ある有名なアーティストの先生の事務所に1年半勤めたことがあるのだけど、社員は秘書のお姉さんと私と二人という職場だった。
ボスである先生はいつも穏やかで、とにかく毎日制作に没頭している物静かな男性だった。叱られたことなど一度もないし、申し訳ないくらい居心地の良い環境の中、秘書のお姉さんと12時きっかりにランチへ行き、18時ちょうどに退社するという日常だった。
人間関係に揉まれることもなく、むしろ一緒に働いていた秘書のお姉さんがべらぼうにイイ女だったことで、「イイ女であるということは、こういう事が起きるのか」という、仕事とは関係のないオンナの学びをした。
若かりし頃の私は、美大卒の典型的なニッチタイプ女子で、入社当時は短い髪に真っ黒なモード系の服に身を包み、「普通の女子とはちょっと違うのよ」的な、妙な意識を持っていた。対して秘書のお姉さんは「女っぽさ全開のタイプ」の女性。
なにしろ前職はレースクイーンだった人だ。
「れぇすくぃ〜ん?」
王道の女っぽさについて全く興味を持つこともなく、クリエイターになることだけを夢みてきた23歳の女子にとっては、別世界の名詞。
とはいえ、そのお姉さんは私にとても親切にしてくれた。
イイ女は年下の女子にもイイ女なのだ。
机を隣り合わせに、何を話していたかはほとんど忘れてしまったけど、お姉さんの「女っぽい通勤服」は鮮明に覚えている。パンツを履けば形の良いヒップラインと、ひときわ長くて細い脚が目立ち、シフォンのリボンブラウスを着ようものなら、思わず触れたくなるような柔らかな雰囲気をかもし出していた。
一貫して「エレガントなのだけど一筋の色気が漂う通勤コーデ」だった。
でも、女を売りにして仕事ができないというタイプではなく、毎日秘書として真面目にきっちり働いていた。しかも仕事が早い。
イイ女とは仕事に対してもイイ女なのだ。
さらに私を驚かせたのは、周り人達からの扱われ方。
一緒にランチに行けば、お姉さんが店内で軽く転んだだけで、「すみません!」という言葉とともに店員がデザートを一品多くもってきたし、街で声をかけられる事なんてことは、しょっちゅうだったようだ。
しかも当時のお姉さんは32歳の女ざかり。
長年付き合っている彼はいたけど、時々様々なおじさま達がランチタイムに彼女を迎えにきたり、花束を持ってきたりしていた。なぜか私までランチに連れて行ってくれた時もあったっけ。(おじさまにとっては邪魔な存在だっただろう)
「彼には内緒ね❤︎」
と、いたずらっぽく言うお姉さんのセリフさえも小娘の私には魅力的にうつった。
そんなオンナを学んだ日々も「イラストレーターになりたい。何者かになりたい」という私の若気の至りが爆発したことで、1年半で終わりを遂げた。
そんなわけで、通勤経験もたった1年半で終了となったわけだけど、私の中で、秘書のお姉さんの「エレガントで女っぽい通勤服」は強くインプットされた。
まるで時が止まったように「エレガントで女っぽい通勤服を着ていると、全方位でモテる」という絶対的な記憶となった。
柴崎マイ