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「怒っているように見えるだろうけど」「怒ってないんやて」「淋しいんやて」

帰省しているのに帰宅しない娘に、ついにゆかりちゃんの我慢ダムが決壊しました。

昨年の正月も、たった1度だけ彼氏同伴で、わが家で食事をしただけの娘。
一晩さえ泊まっていかなかった。
娘とたわむれたり、雑談することは叶わなかったのです。

ゴールデンウイークも、そしてお盆も、どちらも帰省しても帰宅せず
彼氏の部屋へ直行。そして東京へ直帰。

先月の19日に、娘が突如わが家に帰宅しました。

彼氏と別れることになったというのです。翌日、彼氏に直接会って話すための緊急帰宅でした。
振られて切なく涙する娘。ゆかりちゃんは一緒になって泣いていました。
深夜3時頃まで、3人でいろいろと話しました。

「お正月はカラオケに行こう」
「ゲームもやろう」

などという話も出ました。


そして迎えたこのお正月。ゆかりちゃんは娘のために、布団を干して、温かい冬用のシーツも新調し、すき焼きの準備を脳内でシミュレーションしました。

29日。
娘が帰ってきません。また、帰省しても帰宅せずです。

「年始に帰る」とlineがありました。
しかし3日になっても音沙汰なく、ゆかりちゃんの我慢ダムは決壊したのです。




娘は娘で、
12月20日の別れ話のあと、「やはり別れるのはやめよう」となり……。しかし、元の鞘に収まったということではなく「もう交際継続はムリだ」と感じている。
そんな報告を昨年末に聞いています。

中学生のとき初めて交際してから、別れては又くっついて、を繰り返してきたらしく、どうしてもズルズルしてしまうみたいです。

もう長くは続かないと分かっていても、「せめて最後、お正月は一緒に過ごしたい」とかなんとか言っちゃって、彼氏がそれを受け入れたんじゃないのかなぁ。

いづれにせよ、娘は娘で大変なのです。




我慢ダムが決壊したゆかりちゃんは、泣きながら、娘に言うべき文句を僕にあびせました。
それはそれは辛そうです。言葉というよりは悲鳴でした。
涙と鼻水つきです。

僕は、
「それを、そのまんま言ってイイと思うよ」
「いつもガマンして、ゆかりちゃんは連絡しないけど、『いつになったら来るの?』とlineしたり電話したりして構わないと思うよ」
「そんなの普通なんだからさ~」
と言いました。

「なら電話する」

と、ゆかりちゃんは即、娘に電話しました。

電話にでた娘は、「寝てた、すぐ行く」と応えました。
昨日の午後2時ごろです。
これでまた、娘の到着が遅くなったり来なかったりしたら大変だと思い、僕は、僕の脳に『ゆかりちゃんの保護』を命じました。

PCに向かって書き物をしましたが、僕はゆかりちゃんの様子をうかがうことを忘れません。
リビングに行って、ゆかりちゃんの様子をうかがいます。
ふと、娘と会ったゆかりちゃんは、また我慢して、結局なにも言わないんじゃないかな?と思いました。

「思ったことは、なにを言ってもイイと思うよ」
「ストレスはためない方が良い」
「ゆかりちゃん文句を言うと『怒っている』ような気分になるようだけど」
「それ、正確には、怒っているんじゃなくて『淋しい』んだからさ」
「だから、ちゃんと『私は淋しい』って訴えたらイイと思うよ」

などと、アドバイスしました。




インターホンが鳴りました。

「るー、キャリーケース持ってない!」
「また、この実家に泊まる気ない!」

導火線に再着火した感じです。

それでも僕は、
「言いたいこと言っていいから」
「僕がフォローできるから」と後押ししました。

「ガチャガチャ」と玄関で音がします。

僕は努めて明るく、「おかえり~」と娘を迎えに行きました。
ゆかりちゃんはソファーから動かず、腕組みをしたままです。
顔が阿修羅像です。




ゆかりちゃんが、たまっていた不満を娘にぶつけます。
泣きながら訴えます。

「ホンの少しさえも、わたしのことは思ってくれなかったの?」

娘が、

「別れるの、悲しくて」

と泣きだしました。


これはヤバい、と僕は思いました。
おそらく娘は、ゆかりちゃんの哀しさを受け止める余裕を持っていません。

僕は会話に割って入り、こう言いました。

「るーちゃん、ゆかりちゃん怒っているように見えるだろうけど」
「あれ、怒ってないんやて」
「あれは、淋しいんやて」




その後どんな会話になったか正確な記憶はないのですが、僕は折に触れて、

「ゆかりちゃん怒っているように見えるだろうけど」
「あれ、怒ってないんやて」
「あれは、淋しいんやて」

と、5回くらい言いました。

2時間くらい、娘の恋話中心の雑談をしました。
その夜、娘は名古屋で大学時代の友達と会って、寝に帰るのは別れると決まっている彼氏のアパートです。
そして、今日、東京へ帰るハズです。

ちなみに、ゆかりちゃんは今日から仕事始めです。




昨夜、娘を駅へ送ってわが家へ戻り、ゆかりちゃんが、
「お風呂、洗ってある?」
と聞きました。

僕はあわてて、
「あ、ごめん」
「やってない」
「今すぐやる」
と言いました。

ゆかりちゃんが、
「べ、べつに……」
と言ったので、僕はすかさず、

「お風呂を洗っていないことを怒っているように聞こえたかもしれんけど」
「怒ってないんやて」
「確認しただけなんやて、やら?」
と言って、ややウケを得ました。


しばらくはこのパターンで、ややウケが取れそうです。

僕は、ゆかりちゃんが大好きなのです。



おしまい


※この記事は、エッセイ『妻に捧げる3650話』の第642話です

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奈星 丞持(なせ じょーじ)|文筆家
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