恋愛下手な沖縄娘が、東京で仕事に夢中になり、沖縄に新たな夢と恋人を連れて帰る話(仮)【小説の下書き その13】
下書きです。
あとで書き直します。
8.バリ島、5日目
祖父江
バリ島ツアーも、残り2日と半日。
半日と言っても、最終日は午前10時ごろホテルをチェックアウトして空港に向かうだけだ。
だから事実上は、今日と明日で終わる。
僕は、マリンスポーツ三昧のオプショナルツアーに申し込んであった。
丸1日、ただただマリンスポーツ。
スキューバダイビング、パラセイリング、バナナボート、水上バイク、シュノーケリング、サーフィン、ウェイクボードというスノーボードのような板を履いて、水上バイクに引っ張られるアクティビティもある。
僕がロビーに着くと、時間までまだ10分以上あるのに、カスガ君がすでに待っていた。
マリンスポーツへの参加者は、結婚間近カップルの2名と僕だけの3名だ。
時刻ちょうどに、若者2人がロビーに現れた。
みんなで、カスガ君の車に乗り込む。祖父江は2人に気を使って、あえて助手席に座った。
結婚間近のカップルは、互いだけを見つめ合い、僕のこともカスガ君のことも、きっと目には入っていない。
カスガ君が運転しながらも、後ろの2人に話しかけた。
「フタリは、ハネムーン?」
「いや。結婚はまだなの」と女性が言った。
「今年のクリスマスイブに入籍するんです」と男性が続く。
「ボク、日本にカノジョ、います」と、カスガ君が言った。蕨市に住んでる彼女のことだと、僕は思ったが黙っていた。
「へ~」と、彼氏さんが気のない返事を返した。
「でもボク、バリにも、カノジョいま~す」と、カスガ君が言ったので、僕は驚いて呼吸が止まった。
「へ~、え? ええ~?」と、彼氏さんも驚きの声を上げた。
「これは、日本のオンナの人は、イヤ、ですか?」
「どうなの?」と、彼氏さんは彼女さんに聞いた。
「そんなの嫌だよ~! 嫌に決まってんじゃん~!」
「そう、そうデスカ~」と、ハンドルを握るカスガ君の声がしぼんだ。
「ダメよ、浮気はダメ~!」と彼女さんは、隣に婚約者がいるという状況から、強く否定する。
僕は、妄想を膨らませた。
カスガくんの本命は、日本人の彼女なのかもしれない。しかし、会えない。
年間52週のうち、51週会えない。
カスガ君は淋しさに耐えかねて、バリの女性と交際し、交際を続けている。
それは、日本の彼女を裏切っている。その自覚がカスガ君を苦しめている。
妄想がさらに膨らみかけたとき、車はビーチへ到着した。
* * *
カスガくんの身内のような小集団が、向かい入れてくれた。ご家族なのか、それともご近所さんなのかは分からない。
ビーチは、すごく広い。とても広い。
しかし、自分たち以外に人はいない。まるで、極上のプライベートビーチじゃないか。
僕は、爽快感、いや、解放感を感じた。
地球には、こんな場所があるのか。あるのだ。砂はキレイで、空は青く、海もどこまでも青かった。
スタッフは男性が5人くらいと、女性が7人くらいだろうか。離れたところには、老人や子供もいるみたいだった。
建物は、小上がりのない、大きな”海の家”という感じだ。
小上がりはないが、代わりに、サマーベッドやパラソルが大量にある。
おそらくは、スタッフや客が日差しから逃れられるようにという目的のみで作られたのだろう。柱と屋根だけなのだ。
壁は、海と真逆の1面にしかない。長方形で、横に長く、その4面中、3つの面には壁がないのだ。
メインの建物の横に、小屋がある。
更衣室だと説明された。かなり古いし、痛んでいた。
その更衣室のドアは、パタパタ開閉する西部劇の扉で、もちろん鍵などはない。
壁の板も、すき間だらけで、中で着替えるとき、男の僕でも抵抗を感じた。女性は、かなりの不安を感じることだろう。
案の定、カップルの彼女さんが、ワーワー騒いでいる。
更衣室内にあるロッカーは、縦に細長い木製のロッカーだった。鍵を渡されたが、鍵意味は全くない。なぜなら、かなり年季が入っていて、そのロッカーは僕でも簡単に壊せそうなのだ。
これからスキューバダイビングを行なうので、僕たちはウェットスーツに着替えたのだ。
貴重品を入れたロッカーの鍵は、”海の家”の中央にある、銭湯の番台的なカウンターに預けるシステムだった。
鍵を、中年オジサンに渡す。
鍵は、カウンター横にあるL字フックに、ただぶら下げられただけだった。
カウンターの前からでも、手を伸ばせば、誰でも鍵をゲットできる。
そこに、鍵がぶら下げられているのは、ここのみんなが知っている。
カウンターには誰でも入れる。
ロッカーには現金などの貴重品が入っている。
おそらくは、世界最低水準のセキュリティーだろう。
若い2人のカップルは、かなり不安そうな、複雑な表情をしていた。
僕は、そりゃあ、不安だよなぁと思った。
僕がホテルから持参したのは、マネークリップ挟んだ多少のルピアと千円札数枚と文庫本2冊。
それら全てをロッカーに置いた。
最悪、その全てを失ってもあきらめがつくから、僕の不安は小さかった。
* * *
バリ島のスタンダードなのか、それとも彼らだけなのか?
とにもかくにも、スキューバダイビングのレクチャーが、アバウトすぎた。
オプショナルツアーの説明書には、浅瀬でレクチャーとあったが、それを省略された。
カスガ君は、
「いつもはヤルけど、キョウハみんな、ワカイから、だから、アサイところでのレクチャーは、ヤメま~す」
と言い放った。
ダイビングスポットに向かう船上でのレクチャーのみで、実践練習は、実践の最初に行なうという。
僕は、かなり不安になった。
カスガ君は、『耳抜き』のやり方を丁寧に解説してくれた。
上がる、潜るのサイン。息の吸い方や吐き方。酸素ボンベの特徴。水中で、水中マスクにたまった海水の抜きの方。ガラスが曇らない方法。サンゴでケガしないための注意点。
などなど、けっこう大事なことを、約10分語って、それで終わりにされた。
僕は、激しく後悔していた。たくさんの熱帯魚と戯れてみたいが、その何倍も怖さが大きい。
ウミガメが現れたら最高だと思っていたが、ウミガメの近くにはサメがいる場合がある。
マンタが見れたら最高だと思っていたが、実はヤツラはかなりデカイ。
スキューバダイビングを体験せずには死ねない、と思っていたが、スキューバダイビングで死ぬかもしれない。
なぜ、昔観た、映画『ジョーズ』のシーンを、何度も何度も思い出してしまうのだろうか。
妄想も止まらない。
サンゴで膝を切る。血が出る。サメがくる。
若い2人は、一切、なんの心配もしていない。そもそも、カスガ君の説明を聞いてさえいなかった。イチャイチャしていただけ。
ダイビングポイントに船が着き、みんなで潜ることになった。
1つのペアに1人のインストラクター付くという。
僕には、カスガ君がマンツーマンで付いた。
何度トライしても、サメが襲ってくるイメージが消えず、結局僕は、船の上に上がった。
カスガ君に、『上がる』のサインを何十回と出した。「モグロ~よ~」というカスガくんの十数回にわたる粘り強い説得を、僕は、それ以上の粘り強さを発揮して、船の上に上がったのだった。
若い2人は、それはそれは本当に楽しそうに潜っていた。ボンベの酸素がなくなるまでの30分間、1度だけ海上に顔を出しただけで、あとはず~っと潜り続けていた。
カスガくんも、その若者たちと潜り、しかし途中、何度も海面に顔を出しては、「モグローよ~」「イコーよ~」と、僕に声をかけ続けた。
僕は、バナナボートは、少しだけ楽しんだ。絶対に落ちまいと渾身の力でバーを握りしめたが、最後は海に投げ出された。
水上バイクも、絶対に落ちたくないので、超~安全運転を貫いた。
カスガ君に冷やかされても、若いカップルに嘲笑われても、ゆっくり安全運転を貫き通した。この乗り物は、いったい何が楽しいというのだろうか。
海に落ちることが決まっているパラセイリングに至っては、最初から辞退を宣言した。いちいち辞退するのも面倒だと思い、シュノーケリングやサーフィンなど、このあとの全てのアクティビティを辞退すると決めた。
「僕は、この後は何もやらない」と、カスガ君に伝えた。結果、めちゃくちゃ気が楽になった。
僕は、自分は少しビビリだと思っていたが、かなりビビリかもしれない。
でも、それでイイと思う。もう僕は、乗りたくもなかったジェットコースターにだって乗らなくてイイのだ。
爽快な風が吹いた。カラッとしている爽やかな風だ。
そうだ、僕は自由なのだ。
マリンスポーツは堪能できなくても、ビーチを堪能すればイイじゃないか。
文庫本を持ってきてある。完璧だ。
僕は、サマーベッドのあるエリアに向かって歩いた。
けっこう歩いたのに、まだまだ遠くにある。
このビーチは、見た目以上に、イメージ以上に広かった。
* * *
小上がりの無い海の家に歩きついた。
このコミュニティーは、のんびりしていた。
男性たちは、トランプを使って賭け事をしている。たぶんブラックジャックだ。ギラついた空気が一切ないので、おそらく、高額は賭けられないのだ。奥さんたち女性陣が、一切止めないことも、その証拠だと思う。
女性たちは、のんびりと、ず~っとオシャベリをしている。
これはどうやら、世界共通なのだろう。
僕は、サマーベッドに横になり本を読んだ。
パラソルの位置も整えた。サイドテーブルには、注文したドリンクがある。
ちゃんと時間を計ったワケではないが、おおよそ15分に1度、女性陣から「マッサージ~?」と、声がかかった。延べ5回以上勧誘されている。
僕は笑顔で、クビを左右に軽く振る。
彼女たちは、それ以上しつこく勧誘しない。でも、あきらめもしない。思い出したように、「マッサージ~?」と声をかけ続ける。
そして、何度断っても、彼女たちは笑顔だった。
だんだん、マッサージをやらせてあげたくなった。
顔を顰めたりしない。「チェッ」という声を聞いたことがない。明るく屈託がない。ステキな文化で、ステキな人柄だと思う。
カスガ君がやって来た。マリンスポーツへの勧誘ではなさそうだ。
イスに座ってのんびりしている。女性たちと、二言三言ふたことみこと話しして、やがて僕に、身体を向けた。
そして、小声で言った。「ニホンのオンナのヒトは、コッチにカノジョがいると、オコル?」と。カスガ君の頭の中には、日本の彼女のことしかないようだ。
「怒るんじゃなく、悲しむと思う」
「カナシム…。カナシイ?」
「うん。だから、本当のことは、日本の彼女には言わない方がいいよ」
「ウン。デモ、ボク、ウソつきになる」
「日本の彼女のこと、スキなんでしょ?」
「ウン。モチロン」
「スキな彼女と会えなくて淋しい。淋しくて淋しくて淋しい。それは、仕方ないよ」
「シカタナイ?」
「うん。仕方ないさ」
「シカタナイ…」
『仕方ない』の意味が通じたのか、僕には分からない。
でも、カスガ君の表情は、少し明るくなっていた。
* * *
僕は、少しだけ、うたた寝したようだ。
目が覚めたのは、周りが賑やかになったからだ。カスガ君が車から下りて、こちらへ歩いてくる。その隣を、小宮山さんが歩いていた。
「祖父江さ~ん。マリンスポーツ、楽しんでいますか~?」
明るく大きな声だ。両手を伸ばし、大きく振っている。
僕も手を振った。
小宮山さんは、このようにお客さんのところを巡回しているだろうか。
僕のサマーベッドの近くのデッキチェアに、小宮山さんは腰を下ろした。
「マリンスポーツは、いかがですか?」と聞かれた。
僕は、「ええ、楽しんでいますよ」と答えた。
「ゼンゼン、ウソですよ~! このヒト、スキューバダイビング、『コワイ』『コワイ』ぜんぜんモグラナイ!」
女性たちが、爆笑した。小宮山さんは、少し、驚いている。
カスガ君は、ウケたからなのか、はたまたいつもなのか、とにかく調子に乗って語り出した。
「コワイ、コワイ」と、僕の表情をマネて見せている。
「ボクが、『イコウ』ってイッテモ……、このヒトは、『コワイ!』」
ここで、眉を寄せ上目遣いして口を尖らせる。両手の握りこぶしをアゴに持ってきて、ワキとヒジを絞め肩を上げ、首を左右に振った。
また、みんなが大笑いした。
小宮山さんも笑っている。
僕も、もう、苦笑いするしかなかった。
僕は、恥ずかしさを誤魔化すために、「マッサージ、頼むよ」と女性陣に声をかけた。ポケットから千円札を1枚出して、リーダーと思われる女性に渡した。
リーダーっぽい女性は、「タレマカシー」と、ごく普通に受け取った。僕の予想通りで、ハシャグなんてことはなかった。
僕を、マッサージ用のベッドへ連れて行こうとしたので、「僕じゃなくて、隊長をお願いします」と言った。
「え? わ、わたし~?」と、小宮山さんは驚いていた。
数人の女性たちが、小宮山さんに群がった。
小宮山さんの可否など確かめることなく、女性陣は6人がかりで彼女を移動させた。
そして、そのまま6人がかりでマッサージを始めたのだ。
右腕を担当する人は、ず~っと右腕。左腕を担当する人は、ず~っと左腕。
右脚を担当する人は、ず~っと右脚。左脚を担当する人は、ず~っと左脚。
肩を担当する人は、ず~っと肩。腰を担当する人は、ず~っと腰。
まさか、6人がかりとは! これは僕の想像を超えていた。
「わ~、めっちゃキモチイイ~」
小宮山さんは、目を閉じて、本当にココチ良さそうだった。
ひまり
カスガ君の運転で、私たちはホテルに戻ってきた。
これからロビーで、ヒアリングを行なう。
カスガ君には、もう、上がっていただいた。
それにしても、オプショナルツアーの様子見で行ったのに、まさか、マッサージを受けることになるなんて。
思い出すと、ついニヤニヤしてしまう。想像以上に気持ち良かったのだ。
私はニヤニヤする顔を、両手でパンパンと挟むように叩いて戒めた。
参加者の3名に、「今後の、サービスの向上のため、本音の感想を教えてください」と、私は言った。
カップルの2人は、「楽しかった」の連呼だった。
ボキャブラリーは少ないが、その表情から、楽しかったことにウソはないと感じる。2人とも、満面の笑みで、目がキラキラしていた。
彼女さんが、「更衣室やロッカーは、もう少し、チャントしてて欲しい」と言った。
彼氏さんも、「あそこに貴重品を置くの、ちょっと怖かったね」と付け足した。
私はメモを取り、祖父江さんにも聞いた。
「祖父江さんは、更衣室やロッカーは、どう思いましたか?」
「女性は、覗かれてしまう不安を感じると思いました。でも、貴重品に関しては、僕は不安はなかったですよ。だってバリですから」
「え? バリだから? それって、どういう意味ですか?」と私は尋ねた。
「ロッカーは古くて、鍵の意味なんてないんですけどね。アレ、壊すの簡単だし。でも、あそこには警戒すべき人間なんて、1人もいなかったから」
カップルの彼氏さんが、「確かに! あの人たち、メッチャいい人だった」と、目を大きく見開いて言った。
彼女さんも、「最初は警戒したけど~。でも途中から、警戒しているのが、なんか恥ずかしくなっちゃったよねぇ~」と言った。
祖父江さんが、「バリ島の本当の魅力って、1番は、バリ人なんじゃないかなぁ」と、嬉しそうに語った。
そして、私に、こう言った。
「もしかして、隊長の故郷の沖縄も、同じですか? 沖縄の最大の魅力って、海じゃなくって……、もちろん、海はキレイで最高だと思います。でも、それ以上に、沖縄人なんじゃないかなぁ。沖縄の1番の魅力は、沖縄人。違いますか? 沖縄人って、なんって言うんでしたっけ? うちなんちゅう、だったかな?」
私の瞳から、涙が「ぶわっ」っと、溢れ出た。
こらえる間がなかった。
うれしい言葉だった。
そして、忘れていた。そうだった。
沖縄の自然の素晴らしさ以上に、うちなんちゅうの素晴らしさを。
そうなの。
うちなんちゅうって、最高なの。
言葉にならない言葉が、胸の中で喝采を上げている。
「隊長、どうしたんですか?」と彼氏さん。
「祖父江さんが泣かした?」と彼女さん。
「あ、いや、あ、あ、あ」と、慌てふためく祖父江さん。
「だ、大丈夫です。ちょっと感動したんです。皆さんが、オプショナルツアーを、本当に楽しんでくださって、嬉しかったんです~」
私は、ノートにペンを走らせた。
「うちなんちゅう」と書いて、丸で囲んだ。
* * *
「もしもし」と、私は言った。
「ああ、元気?」と、佐々木さんが尋ねた。
「あ、はい。元気です。コレクトコールで掛けて、すみません」
「僕が言い出したルールだから、ご心配は無用です。で、何があったの?」
バリ島と日本は、時差はほとんどない。
とはいえ、もうすぐ日付が変わってしまう。でも、今夜、何とかするしかないのだ。
「佐々木さん、教えて欲しいのです。私、わからなくって~。私、自分で作った掟を守って、そのおかげで仕事が上手く行って結果も出たし」
「うん、うん。今や会社の売上ナンバーワンだもんね。大したもんだよ。【ゆ会】も、メンバーが増えただけじゃなく、質も上がっているしね」
「でね。そんななのにね。掟のおかげなのにね。私、今、1つの掟を変えたいの。変えてもイイの? 変えても良かったら、掟じゃないと思うのさ~」
「具体的に、どういう掟を変えたいの?」と、佐々木さんが聞いた。こうなるのは良そうできていた。私は、全部、言うしかないのだ。
「私、お客さんとの恋愛は禁止って決めてたの」
「おっと。つまり、お客さんを好きになっちゃったんだ」
「そうなの」
「これは難しいぞ」
「え? 難しいの?」
「逆にね、僕の掟に触れてしまうんだ。僕は、結婚とか恋愛とか、家を建てるとか、そんな人生の重大な決め事にはアドバイスしないって、そう決めているんだ。
っていうのはね。
結果が上手く行かなかった時に『あなたのアドバイスのせいだ』って思ってしまう人が、どうしてもいるワケで、それが人生の重大事なら取り返しがつかない場合があると、僕はそう思うからなんだ」
私は、佐々木さんの次の言葉を待った。
「ひまりさん。例えば、あなたの友人がガンになって、Aという治療を行なうか、Bという治療を行なうかで迷っていて。ひまりさんに「どっちがイイと思う?」って聞いてきたならどうする?」
「怖くて、どっちって言えない」と私は言った。
「そういうことなんだ」と、佐々木さんは言った。「僕なら、『自分で決めるしかないよ』と言う。例えば僕は、自分がガンになったならA治療と決めている場合でも、その僕の持論は語らない」と。
そして佐々木さんは、こう言った。
「その上で、僕の考えを語るね。僕は、恋愛より重要な事ってないと考えている。どんな仕事よりも、どんな使命よりも、親の死に目よりも、恋愛の方が優先されて当然という持論がある。
ただし、それが本当の恋ならば、という条件が付く。
善悪は置いといて、事実、恋愛は殺人の動機にもなる。なっている。もう一度言うと、僕は、本当の恋なら、何も邪魔できないと思っている。これが僕の恋愛観だ」
「本当の恋……」と、私は呟いていた。
「ビジネスの悩みなら、『選択の問題ではない。選んだ方を正解にしろ』という名言で事足りるんだが、この名言は、恋愛には役に立たない。そして、考えたところで、本物の恋なのかなんて分からないんだ」
「ええ~、そ、そんなぁ」
「何度も言うが、今、僕が話しているのは、アドバイスではなく、僕の持論だ。そして僕ならば、例えばコインの裏表に賭けるみたいに、何かに託して、その結果に従う」
「賭け? 託す?」
「例えば僕が、『その恋はあきらめろ』と言ったならどう? 何かモヤモヤするだろう?」
「あ、はい……」
「逆に、『その恋しかない、当たって砕けろ、仕事の掟なんか無視しろ』って言った場合でも、やはり何かが引っかかるんでしょ?」
「あ、は、はい」
「僕たちは、田辺さんの言葉を胸に抱いている同志だ。3ヶ月の命と思い、後悔しない生き方を選んできた同志なんだ。
そんな、ひまりさんが答えを出せずに悩んでいる。ならばきっと、どっちを選んでも正解で、どちらを選んでも後悔するのだろう」
私は、考えこんでいた。
賭けに出る、それがヒントになりつつあったのだ。
「佐々木さん、ありがとう。私、1つの賭けに託してみる」と、私は言った。
「僕は、どんな場合でも、どんな状況でも、ひまりさんの味方ですから」と佐々木さんは言ってくれた。
「ありがとう。佐々木さん、お父さんみたいさ~」
「お父さん? 僕、そんな歳じゃないから、せめて『お兄さん』にしてくれないかなぁ」
「ハハハ、ありがとう。私、少し元気出ました」
「良かった。じゃあ、またね」
「はい、おやすみなさい」そう言って、私は電話を切った。
「賭けに、託してみる……」と、声に出して言ってみた。
恋愛じゃなければ、掟には触れない。
ふと、ベッドに目を向けると、書類が散乱したままだった。机の上も書類だらけで、私は、その中の1枚を手に取った。
明日の企画への参加者リストだ。祖父江さんの名前もある。明日は事実上の最終日だからか、1組のペアを除いて、9名の参加表明があった。
喜んでもらえるだろうか?
そう考えると、ちむどんどんする。やはり、この仕事は自分の天職なのだなあと、私は思う。
その14へ つづく
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