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第151話 ドラマ『愛していると言ってくれ』の名言
◆ねぇどうして 21時になると寝るんだろう
ゆかりちゃんが、古いドラマを観だした。録画したらしい。
「これ、じょーじが好きって言ってやん~」
・・・思い出せない。
トヨエツこと、豊川悦司は大好きだ。それは、ゆかりちゃんにも何度も語った。僕の中の【映画ベスト10】に、常にランクインしている『12人の優しい日本人』のトヨエツが最高なのだ。だから、ゆかりちゃんにも勧めて、この映画は一緒に観た。レンタルDVDを借りてだった。
確か、ゆかりちゃんは、途中で寝やがったはずだ。
僕は、「このドラマ~?」と言った。
「一緒に観たよね~」と、ゆかりちゃんは言う。
僕は、常盤貴子主演のドラマも映画も、一度も観た記憶がない。
* * *
ドラマ『愛していると言ってくれ』は、1995年のドラマらしい。
僕が、仕事に熱中し、仕事に没頭していたころだ。トヨエツの演じる主人公は、ろう者で、耳が聞こえない。Wikipediaで、そんな情報を得たが、それでも僕は、このドラマの何も思い出せない。
一昨日、このドラマが3話連続で放送され、ゆかりちゃんは、それを録画したらしい。ゆかりちゃんはソファーに座って、さあ、このドラマに没頭するぞ~!という体制に入った。
* * *
今の僕は、ほとんどドラマを観ない。ドラマは中毒性が高く、たくさんの時間を失うからだ。
この時僕は、ダイニングテーブルで、このnoteを書いていた。第149話だ。
3話連続のドラマで、まだ1話が始まったばかりなのに、ゆかりちゃんは早くも舟をこぎだした。21時頃になると、ゆかりちゃんはいつもこうだ。
「いったん、再生を止めたら?」と、僕は声をかけたが、ゆかりちゃんは、あっさりと睡魔に降伏し、ソファーに横たわった。
名作ドラマが、ゆかりちゃんの子守歌となり、僕にはBGM代わりにされている。奈星家の、名作ドラマの扱いが、ちょっとひどすぎる。
◆ねぇどうして 僕は涙もろくなったんだろう
1話のラスト。クライマックスシーンだ。
ドラマ関係者って、すごい。
あのまま再生されていたドラマは、僕にとっては、ほぼBGMと化していたのに、ちゃんとクライマックスでは、そういう気配をガンガンと伝えてくる。
ただならぬ気配で、僕はドラマに視線と意識を向けた。以下は、そのシーンの描写だ。
線路越しに、上りと下りのホーム
線路越しに、トヨエツと常盤貴子が手話で話す
うまく伝わらない 電車がホームへ
常盤貴子がダッシュ くぐって、反対のホームへ
電車が去ってしまう
常盤貴子が崩れ落ちるようにしゃがむ ところが、トヨエツが遠くにいる
立っている 1本電車をやり過ごしてくれたのだ 常盤貴子がそれに気づく
僕は号泣。
カッコええ~~~! トヨエツが最高にカッコイイのだ~!
なんで、この程度に号泣? 思わず自分で自分にツッコミを入れる。
結局、ちゃんと見るしかないではないか!
◆ねぇどうして ゆかりちゃんは爆笑なんだろう
2話になった。
冒頭で、1話のラストシーンを繰り返している。
何度でも泣ける。ストーリーがわからなくても泣ける。
クライマックスの気配パート2だ。そのすごさは、21時の眠り姫さえ目覚めさせてしまった。
ここからは、ゆかりちゃんと一緒に観たのだ。
また電車が来る
トヨエツは「約束する」と伝えたいが、伝わらないのであきらめる
常盤貴子がメモを探す でも時間がない 電車が来るのだ
トヨエツが何かをひらめく そして小指を出す
ゆびきりげんまんだ 二人は小指をからめ げんまんする 無言で
1人になった常盤貴子が、小指を愛おしそうに握りしめている
常盤貴子がキュンキュンしているのがわかる。
(そうか~)
(・・・ならば)
僕は、右手をグーの状態から小指だけをピーンと伸ばして、ゆかりちゃんの顔のまえに差し出した。
「にゃははははは~~~!」
ゆかりちゃんは常盤貴子と違って、爆笑した。
◆ねぇどうして 脚本家ってすごいんだろう
このちょっと後に、トヨエツの、心の声がナレーションされた。
耳が聞こえない僕は、その分人よりわかるようになってしまったことがある。
例えば、人の悪意。人の敵意。人の同情という名の優越感。人の嘘。
そんなものばかっかり敏感にわかるようになってしまったのは、弱い人間になった証拠なのかも知れない。
名言だと、僕は思う。
僕は、この名言をきっかけに、とある家族を思い出した。
◆ねぇどうして 僕は仕事がメッチャできたんだろう
1990年か1991年。このドラマがリアルに放送された数年前だ。僕は大学受験業界で営業マンだった。受講生の獲得が仕事だ。
両親ともに聾唖者(ろうあしゃ)の家庭。子どもは3人で、みな健常者。その長女が高校2年生だった。
説明の前夜、僕は「決して同情しない」と、決めていた。安っぽい同情なんて、絶対にしてはならない。おそらく、それが一番のタブーだ。
まだ、25歳になってなかった僕が、そう、自分に言い聞かせたのだ。
逆に、もし高校生が、「両親が障害者だから」などと言って、努力から逃げる言い訳をしようものなら、真剣に叱る。そんな覚悟までした。
しかしそれは、いらぬ心配だった。
素敵な家族だった。
高校生の女の子は、長女ゆえの苦労を、いくつも乗り越えてきたのだろう。努力家で、両親思いで、弟たちにも優しかった。
両親は両親で、そんな長女を100%信頼していた。長女の希望なら、なんの吟味もいらない。こたえる。叶える。そういう姿勢が全身からあふれ出ていた。
両親への説明は、長女の手話で通訳してもらった。重要なところは、僕が筆談にて、丁寧に説明した。
ムードも良く、入会登録は間違いない。それなのに長女と両親が、お互いに何度も同じ手話を繰り返す。
入会する・しないの議論とは思えない。
しばらく待つが、延々と両親は、同じ手話を繰り返し続ける。
僕は、長女にたずねた。
「この手話」(手振り) 「これって、なに?」と。
何度も同じ動きをするから、その場で、その手話の動きを真似できたのだ。
長女は、
「お金のことは気にするな、です」
と、こたえた。
僕は、泣きそうになった。
長女は、費用の安いコースでいいと、両親に説明した。僕のお薦めのコースでもある。ベストのコースなのだ。
それに対し両親は、「どうせなら1番高いコースにしろ」と、かたくなだったのだ。延々と「お金のことは気にするな」と言っていたのだ。
僕は、あらためてそのコースがベストなんだ、遠慮してそのコースではないのだと、両親に筆談した。
ついでに記すと、その長女は、その子の高校からは合格者がめったに出ない、公立大学に現役合格した。
◆ねぇどうして 記憶って曖昧になるんだろう
僕が、「へたな同情などすまい」「同情はタブーだ」と、そう思うに至ったのは、おそらくは本のおかげだ。
障害者の声として、「1番イヤなのは同情」と知ったのだ。そして、「確かに」と、僕は深く納得したのだ。
僕自身の経験もある。親切のようで、実は「僕は親切してます」アピールとか、優しいように見せて、実は小ばかにしてたりとか。
この経験とは、されたことも、そして残念ながら、やってしまっていたこともある。
ともかく、僕が、偽善を慎もうと思い、同情と優しさは似て非なる場合があると、そう考えるようになったのは、たくさんの本を読んだおかげだ。
この教えは、誰かに聞いた、という可能性もあるが、おそらくは本で得た知識だ。
その本を思い出せないのは、かなり悔しい。
そして、僕以外にも、記憶が曖昧になっている人がいる。
ゆかりちゃんだ。
僕は、どう考えても、この『愛していると言ってくれ』というドラマを観たことがない。
こちらは、悔しいというより、なんか納得できない。
ゆかりちゃん、いったい僕と誰とを、ごっちゃにしてるの?
誰と観たの?
ま、それでも僕は、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。惚れた弱みってやつで、ガマンするしかないのだ。
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