第224話 ゆかりちゃんは【叱る】ことが苦手なのだ


まだ娘が、大学生のこと。つまり、2年前だ。

ゆかりちゃんと話し合って、「娘を叱ろう」という結論に至った。叱る理由は、

①ライブに嵌りすぎて、出費が異常になった
②西へ東へ、連日の追っかけで、ゆかりちゃんへの借金返済が滞っている
③さすがにマズイとは思うらしく、ウソをついて遠出するようになった

という、3点だった。

特に、③がマズイ。僕とゆかりちゃんは、そう判断した。①と②だけなら、ゆかりちゃんが小言を言うだけでイイと思っていた。


「じょーじが叱ると、怖すぎるから、私が叱るからね!」

「ホント? 叱れる?」

「大丈夫! じょーじのは、マジで怖すぎるから、やめてね」

「おお‥わ、わかった」


◆決行日

日時を明確にして、ゆかりちゃんが先延ばしできないようにした。

そして当日。

「る~。ここに座って」(ダイニングテーブルを指している)

「え? なに?」

「いいから座って」

「う、うん」


僕は、ソファーに座っていた。ダイニングには、あえて顔を向けなかった。

娘は、氷を食べている。氷を食べながらの会話だ。

ちなみに、僕なら黙る。「なに?」って聞かれたら、「口の中の氷がなくなってから話す」という。つまり、真剣な話なんだと、態度で訴える。

が、ゆかりちゃんは、そのまま、叱るつもりのようだ。

しかも、娘は、片膝を立てている。片方の膝がテーブルより上にある。ゆかりちゃんは、これも、そのままで、叱るつもりのようだ。


◆ゆかりちゃんが全力で叱った

さて、ゆかりちゃんが全力で叱った。

「る~ちゃん。お母さんは、哀しい」

「は?」

(おいおい、それ、叱ってんの? 娘、「は?」って言ってるし、そりゃ「は?」って言うし・・・)


「お母さんは、哀しいの」

「なにが?」「ガリ、ボリ」

「あなた、最近、ライブに行き過ぎよ・・・」

「あ~あ」「ガリッ」

「それに、ウソまでついて。お母さんは、それが哀しいの・・・」

「は? ウソ? ウソって?」「ゴゴッ」

(哀しいって、なに? 娘よ、氷を「ガリゴゴ」食うな、片ひざ立てるな)


「どこそこに行ったって言って、でもそのときはライブだったはず・・・」

「あ~ぁ? いや、そんなことはないよ」(ガリッ)(ンゴゴ)

(こら、氷を追加すな!)(注:食べるように、コップに氷を入れて持ってきていたのだ。娘は氷が大好きだったのだ)

「ウソ。だって、どうのこうので(証拠的なこと)ああでので・・・」

「ああ、いや、それはそうじゃなふて~」

(氷のせいで、ちゃんとした発音になってない)(ダメだこりゃ)(変わろう)


◆じょーじが叱った

「かわる」

る~ちゃんの正面に座った。

「ゆかりちゃんが叱ってんのに、なんだ! 氷なんか食べて!」

僕は、る~ちゃんを睨んだ。(ギロッ!)

「片ひざも、ずっと立てたまんまで!」

娘は、睨み返して、そして、無言だ。

「どこに行ったとか、行ってないとか、細かいことはどうでもいい! 僕は、る~ちゃんに、ウソとか誤魔化しとが【上手く】なんかなってほしくない! そんなことが、下手に通用すると、大人をなめてしまう。『チョロいもんだ』と思ってしまう。それは、る~ちゃんの、今後の人生に、まったくプラスにはならない! マイナスになる!」

「自分でも、改めた方が良いと思っていることは、ちゃんと改めなさい!」

娘は、途中でなみだ目になった。

でも、僕は最後まで、真剣に、手抜きなく話した。

娘の態度が悪かったので、僕の、声のボリュームが、少しだけ大きくなったけど。(しかし、決して怒鳴ったりはしていない)(ちゃんと抑えた)


娘は、ゆかりちゃんに抱きつき、「よしよし」されながら、なみだ目で僕を睨んだ。


◆翌日以降

僕は、(嫌われたよなぁ~)と、実は、ひとり凹んでいた。コッソリ凹んでいたのだ。

このときは、まだ娘と、養子縁組していなく、正確には【娘】ではなかったのだ。同居はしていたが、【同居の婚約者、ゆかりちゃんの娘】だったのだ。

ゆかりちゃんとの入籍は、そのタイミングで養子縁組もすると仮定したなら、子どもの苗字の変更もあるので、大学卒業時期にしよう、と計画していたのだ。

る~ちゃんにしてみれば、父親でもないオッサンに、ド叱られたことになる。


だが、結果は、「じょーじ~!」と、るうちゃんから話しかけてくれたのだ。あっけらかんと。

それも、まえより、確実に距離が近くなっている。る~ちゃんの、心が近いのだ。受け入れてくれたのが、僕に、伝わってくるのだ。

僕は、メチャクチャうれしかった。


◆鉄板ネタ

それからしばらくして、3人での食事中。

僕が、「る~ちゃん、・・・お母さんは、哀しい!」と、ゆかりちゃんの真似をしたら、る~ちゃんは大爆笑した。

ゆかりちゃんは苦笑いだ。

「やめて~! 恥ずかしいから、やめて~!」


以降、これは、わが家の鉄板ネタになった。

鉄板ネタになったのだが、今は、これを言うと、「いい加減にして!」と、ゆかりちゃんに、マジで怒られる。

きっと、この記事も、「書いちゃアカン!って言ったやら~!」と怒られる。


でも、僕は、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。




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奈星 丞持(なせ じょーじ)|文筆家
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