恋愛下手な沖縄娘が、東京で仕事に夢中になり、沖縄に新たな夢と恋人を連れて帰る話(仮)【小説の下書き その14】
下書きです。
あとで書き直します。
9.バリ島、6日目
祖父江
今日は、バリ旅行の最終日だ。明日の朝10時のフライトで、僕たちは帰国しなければならない。
僕は、朝から夕方まで、屋上のプールサイドで過ごした。うたた寝と読書のコンビネーションは、最高の娯楽の1つだと思う。ときどき、アレコレと深く考えたり妄想したりするのも、とても贅沢な娯楽なのだと、僕は気づいてしまった。
今夜はホテルのレストランで、ディナーショーを楽しむ予定になっている。
小宮山さんの企画だった。企画といっても、ホテルが前面に推し出しているディナーショーに、「みんなで参加しませんか?」というシンプルなお誘いだった。
僕は、食後のケチャックダンスを楽しみにしている。すごく評判が良いと、フロントのかたもナルマールさんも、口を揃えて言っていたからだった。
夕食は、レストランのオープンテラス席だった。大きな窓が開け放され、段差なくオープンテラス席へと続いていた。
そこからは徒歩で、ホテルのプライベートビーチへ行くことができる。
食事の前、僕はビーチの方へ歩いて行ってみた。
オープンテラス席の端は、数歩歩くだけで砂浜だった。ところどころに篝火があり、赤く燃えていた。その炎は、幻想的に揺れている。
そこには、木製のデッキチェアが数十人分も用意されていた。
ここが、ケチャックダンスが行われるメインステージなのだと、そのセッティングが語っていた。
僕は、可能なら最前列で観たいと思った。幸い、満員になるような気配は、今は感じない。
夕食を早く済ませようと、僕は心に決めた。
テラス席のテーブルに、僕は戻った。テーブルの明かりは、全て蝋燭だった。空間に世界観を演出するためだと思うが、かなり徹底されていると感じた。ちょっと劇を観てみる、という軽薄な観客を、受けつけない厳かな空気が漂っている。
後ろを振り返らないかぎり、この光景は21世紀ではない。
ケチャックダンスを簡単に紹介し、鑑賞のアドバイスとなるA5サイズの用紙があった。
それを読むと、ケチャックダンスのストーリーが書かれてあった。
僕が座ったテーブルは、6人が座れる丸いテーブルだった。菅澤さんご夫婦と同じテーブルだった。
食事をしながら、雑談も行なった。僕の身の上話を聞かれたし、奥さんの弟さんから聞いたという、小宮山さんのロンドンでの逸話も話してくださって、とても楽しかった。
僕は正直に、「ケチャックダンスを前列で観たいので、早めに移動したいのですが」と申し出た。菅澤さんのたちも同意してくださって、僕らは最前列のデッキチェアを確保できたのだ。
若く、鍛え上げられた肉体のダンサーが、続々とビーチに現れた。
ショーは、前説や挨拶など何もなく、いつの間にか始まっていた。
「ケチャッ! ケチャッ!」
想像の、数倍のボリュームだ。迫力が凄い。
よく理解できないのに、なぜか目が離せない。
「チャッ、チャッ、チャッ」という掛け声が、幾重にも重なる。ダンサーの数もどんどん増えた。50人以上いるのではないか。
篝火が風に揺れる。炎は全て本物なのだ。
本物の炎だ。
シータ姫の艶やかな衣装や踊り、魔王ラワナの威厳ある姿。
僕は、没頭した。その世界に嵌はまってしまった。
トランス状態になったのかもしれない。
ダンサーもトランス状態なのだろうか?
炎の上を歩き、走り、踊る。火の上だ。炎の上だ。本物の炎なのだ。
これは、夢? マジック?
ダンサーの声しか聞こえない。周りに居るはずの観客の気配がない。
ケチャックダンスは、いつの間にか終わっていた。
僕は、放心していた。
菅澤さん夫婦の姿がなかった。僕に声をかけずに移動するとは思えなかったが、左右を見ても見つからなかった。
観客が、僕を含め3人くらいしかいない。
おそらく、レストランから歩いて、ここへ辿り着いたのだろう。僕は、ロビーのソファに座っていた。
酔ってしまうほどのお酒は飲んでいなかった。しかし、明らかに僕は変だ。脳がちゃんと機能していない。ケチャックダンスの記憶が、どんどん曖昧になる。
裸足で、炎の上を歩いたり走ったりしていた気がする。
誰かに聞いて確かめたいのだが、その行動を起こせない。フワフワと、床への接地感がない。
「どうでしたか~?」と、小宮山さんの声が聞こえた。
小宮山さんに、ケチャックダンスの内容を聞いてみたい、と思った。
小宮山さんは、ロビーにいるディナーショーに参加したメンバーに、感想を聞いている様子だった。今、菅澤さんの奥さんにと会話中だ。菅澤さんご夫婦に、挨拶もしなければと、僕は思った。
フッ……と、真っ暗になった。
僕のノドから変な音が出た。
闇が怖い。真っ暗すぎる。
僕の右肩に、誰かの手のひらを感じた。
チェリーブロッサムの甘く切ない香りがする。この香りは、小宮山さんだ。
「停電ですね~。ホテルには自家発電設備がありますので、すぐに明るくなりま~す。動くと危険です、今しばらくは、そのまま動かないで下さ~い」
やはり小宮山さんだった。
チェリーブロッサムの香りを、また感じた。
僕の唇に何かが触れて、そして離れた。
同時に、肩に添えられていた手のひらも離れた。
少しして、レストランは明るくなった。
小宮山さんは、菅澤夫妻の後ろの方に立っていた。
10.バリ島、最終日の朝
祖父江
目が覚めた。枕元にあるはずの携帯電話を手で探した。携帯電話ではなく、腕時計に触れた感触があった。
見ると、5時を少し回っていた。
うがいをしてヒゲを剃った。時間に余裕があるので、シャワーも浴びることにした。
その間、昨夜のことを思い出そうと試みたのだが、夢のような曖昧な記憶しかなかった。思い出せない、というよりも、記憶がところどころ喪失していた。
幸い、今の僕の足は、ちゃんと床に接地している。
* * *
朝のロビーには、まだ、ガムラン音楽は流れていなかった。
しかし、人影があった。
小宮山さんだ。
「おはようございます」
「おはようございます」
少し僕が遅かったが、ほぼ同時での挨拶だった。
自然に、2人でビーチに向かった。最後の散歩になる。僕は、バリ島旅行が終わってしまうと、強烈に感じた。
いつものようにビーチに出ると、僕たちは左へ向かった。右手が海、波打ち際だ。
空は、下からだんだんと青い面積を増やす。
今日も晴天になりそうだ。
「私、祖父江さんが好き」
唐突に小宮山さんが言った。
それは、あまりにも唐突だった。
僕は、立ち止まってしまった。小宮山さんも立ち止まった。
「あの、……」という僕の声と同時に、小宮山さんは、「祖父江さん……。最後まで聞いて欲しいの」と言った。
「歩きながら話しましょ」と言って、小宮山さんは、前に向き直る。そして歩き出した。僕も、歩調を合わせた。
「私、祖父江さんのことが好きになっちゃいました。でも……。私は、お客様とはお付き合いしない、って、そういう掟を、前に作っちゃったんです」
小宮山さんは、歩き、話ながら、ときどき僕に笑顔を向けてくれた。
僕は、必死で考えた。
色々な言葉が浮かぶ。それは、僕の感情の爆発のような言葉ばかりなのだ。
僕は、僕のことしか考えていないのか。
いや、この想いは思いっ切りぶつけても構わないさ。
掟を守るとか、どうだっていい。
お前、自分のことばかりだな。彼女のことは考えないのか。
いつも折り返し地点についていた。
「僕は、告白されて、それと同時にフラれたのでしょうか?」
小宮山さんは、なにも言わない。
「僕は、小宮山さんが好きです。大好きです」
「私、お客様とは、お付き合い、できないんです」と、彼女は言った。
真剣な目で、僕を真っすぐに見つめていた。
無言が波に漂った。
彼女は、クルっと回れ右を行なった。
行ってしまう。僕は、彼女を抱きしめたかった。
僕は、動けなかった。
彼女が、1歩1歩、遠ざかってゆく。
ひまり
「賭けに、負けちゃった……」と、私は、小さくつぶやいた。
恋愛を飛ばして、プロポーズしてくれることに、私は賭けた。
お客様との恋愛や交際は禁じているけど、結婚は禁じていなかったから。
この賭けは、あまりにもハードルが高すぎると思ったので、もう1つ保険も考えてあった。
その保険もダメだった。
たぶん、もうダメだ。
私は賭けに敗れてしまった。
「ミツアミ~?」
女性のバリ人が、すれ違いざまに三つ編みの勧誘を口にした。
私は、愛想笑いを返す余裕さえなく、無視してしまった。
「おとしタヨ!」と言われた。
なぜか私は振り返ってしまい、彼女を見た。
彼女は私を見て、ギョッと驚いた。
「アシ、アト、ネ……」
三つ編みサービスの彼女は、驚きながらもいつものセリフを言った。
「あなたもプロね」
そう言った瞬間、私の両目から涙があふれ出た。
私は、涙は放って、鼻水をハンカチで拭いた。
その15へ つづく