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恋愛下手な沖縄娘が、東京で仕事に夢中になり、沖縄に新たな夢と恋人を連れて帰る話(仮)【小説の下書き その4】
下書きです。
あとで書き直します。
平成16年(2004年)
1.ひまり24歳 『ゆ会』発足
・6月
ひまりは、夜の池袋を走った。
黒のパンツスーツで、ローヒールのパンプスを履いている。走るリズムで、ボブパーマの髪がゆれた。
大きなバッグを肩から下げていて、走りにくかった。でも、みんなが待っている。池袋駅に電車が着いた時刻が、約束の時間を5分過ぎていた。
スーツケースは、駅のコインロッカーに預けた。カナダでのツアーを終えて、日本に帰って来たばかりで、大きなバッグには、居酒屋で待つみんなへのカナダのお土産が入っている。
その居酒屋に、やっと着いた。
上がっている息を整えると、焼き鳥の香ばしい匂いがした。ガラス引き戸の玄関をガラガラと開けると、「らっしゃい!」という威勢の良い声が飛んできた。日本の飲食店のサービスは、なんて素晴らしいのだと、ひまりは思った。
テーブル席の奥に、お座敷があると幹事からメールで説明があった。奥から「隊長!」と、瀬戸睦美が手を振っている。旦那さんの瀬戸の顔も見えた。
そちらへ近づいた時、テーブル席のサラリーマンの背中に、ひまりの大きなバッグがぶつかってしまった。
「うぷっ」と、そのサラリーマンは、飲みかけたビールをこぼしてしまったようだ。ワイシャツとスーツの股の辺りと、テーブルの一部が濡れている。
「ごめんなさい!」と、ひまりは謝った。
「だ、大丈夫です」と、そのサラリーマンはハンカチでワイシャツを拭いながら笑顔を、ひまりに向けた。
「お姉さん、気にしない、気にしない。こいつ内心、キレイなお姉さんにぶつかってもらって、むしろ喜んでいるから」と、同僚らしきサラリーマンがフォローを入れる。
同席の、上司らしき中年男性も、ニコニコと笑顔をひまりに向けていた。
「ほんと、ごめんなさい」
「いや~、いいなあ祖父江。俺がぶつかってもらいたかったわ~」と、その上司らしき中年男性が冗談っぽく、明るい声で言った。
「僕、本当に大丈夫です。大したことないんで」と、30歳前後と思われる被害者の男性は、素朴な笑顔をひまりに向けた。背の高そうな男性だった。
「ほんと、ごめんなさい」と、ひまりはペコリと頭を下げる。そして、「皆さん、優しいお言葉をありがとうございます」と言って、ひまりは笑顔を返した。
「隊長~、コッチですよ~」と、瀬戸の声が聞こえた。もう1度お辞儀して、ひまりはお座敷に向かう。今度は、ちゃんとバッグを抱えて歩いた。
今夜は、ひまりを慕う過去のツアー客が、10数名集まっていた。
『隊長とゆかいな仲間たちの会』と称する、いわば、単なる飲み会なのだ。開催2回目で、ひまりは、今回が初参加。前回は、海外ツアーの真っ最中で、参加することができなかった。
ひまりは、ツアーコンダクターとなって、まもなく1年になる。
宮古島から東京に戻ったひまりは、前から興味を抱いていたツアーコンダクターを目指した。すぐに就職活動を行ない、小さな旅行会社に採用された。
『隊長とゆかいな仲間たちの会』は、主催は、ひまりではない。
今日も、ひまりは、ゲストという位置づけだった。
2ヶ月前のイスタンブールツアーで、参加したほとんどのお客さまが、ものすごく意気投合したのがキッカケだった。
そして、『隊長』こと、小宮山ひまりのファン倶楽部のようなモノが、ごく自然に生まれたのだ。
幹事役を、新婚の瀬戸夫妻が買って出てくれたのが、何よりも大きかったと、ひまりは思っている。
「瀬戸さん、いつもありがとう~! わ~! むっちゃん、元気~?」と、ひまりは睦美とハグをした。
「隊長、イスタンブールではお世話になりました」と、睦美が言う。
「特に、モスクワでは、本当にありがとうございました」と、睦美は少し、涙目になって付け加えた。
「まあまあ隊長、まずは座って」と、最年長の石原が声をかけた。
「みんな、隊長と話したがってるけど、まずは乾杯しましょう」と、瀬戸も、そう声をかけた。
ひまりは、お座敷の真ん中にいざなわれた。
「隊長、ビールでいい?」と誰かが聞いて、中ジョッキの生ビールがササッと用意される。みんな社会で揉まれているからか、行動にムダがない。
全員が、ひまりより年上で、干支が二回り三回り上の人ばかりだった。しかし、ひまりには臆した空気は無かった。
それは「隊長」と呼ばれているのが原因かもしれない。
「イスタンブールツアー以来の、隊長との再会に! カンパ~イ!」と、石原が音頭を取った。
* * *
飲み、食べ、会話もして、ひまりは少し落ち着いてきていた。日本の良さや優しさが、心にも、そして、胃にまで沁みていた。
イスタンブールツアーは、カップルでの参加者がほとんどだった。この飲み会も、カップルでの参加が多い。しかし、1人で来ている人もチラホラ見えた。
「しかし、隊長の冒頭の挨拶。あれは笑えたなぁ」と、冷やかし好きの田代が言い出した。
「そうそう!『私のことを隊長と呼んでください』って、アレには、つい吹き出しちゃいましたよね~」と、渡辺も冷やかしに乗り出した。
堪えきれないらしく、2人とも、顔がニヤニヤしている。
「そう! でも、あれで一気に、空気が和みましたよね」と石原が言った。
「ええ~⁈ なんで笑えるのさ~?」と、ひまりは不満を口にした。
「だって、絶対にツアーコンダクターの初心者だって、すぐ分かったし」
「顔に『ド緊張』って書いてあった~!」
「ワハハ~! 顔に『初心者』とも書いてあったね~」
それぞれが、好き勝手に言い出す。
「あきさみよ〜! みんな、そう思っていたの~! シンケン~?」
ひまりが驚くと、ドーッ!と、お座敷は笑いに包まれた。
「私は、『はじめて』とか『新人』とか言ってないさ~! 先輩に『そういうことは禁句だ!』って、キツ~ク言い聞かされていたんだから、絶対に言ってないはず。自身あるもん!」
「言ってなくっても、分かるものは分かるんだなぁ」
「ちなみに、あのとき隊長って、添乗は何回目だったの?」
「トルコのツアー? たぶん5回目かな?」
「とにかく、まだまだ新人だってバレバレだったよね」
「若いし、あと、最初、落ち着きがなかったわね」
「おっちょこちょいだし~」
また笑いが起こる。
「それなのに、『このツアーでは私が隊長です』って言うんだもんなぁ」
「あれは、呆気にとられたね」
「しかも『隊長の命令は絶対です』と、言い切っちゃうんだもん」
「なんか、笑っちゃいましたよね」
「いや~、大したもんだと思ったよ~」
みんなの顔は、完全にニヤニヤしていた。
「乗り換えのモスクワの空港で、隊長の印象が180度変わったわ」と、渡辺の奥さんが言った。
場が急に、少し真面目な空気に変化した。
「変わった、変わった!」
「隊長、頼りになると思った~」
「あの事件のおかげで、ツアーのみんなの団結が固まったな」
「チケットを失くした、むっちゃんのおかげだ~!」
笑いが起こった。瀬戸夫妻も一緒に笑っている。
「さんざん探しても、どうしてもチケットが見つからなかったねぇ」
「どこに行ったんだろうね」
「隊長、スゴイ剣幕でしたね」
「そうそう、小っちゃい身体で、よく、あんな大声が出たね?」
「あれは凄かった~~~」
「だって、あのイワンっていうグランドコンシェルジュ、めっちゃ意地悪だったんだもん」と、ひまりは言った。
「最初は、英語で苦情を訴えていたのに、『おい! 待てぇ!』って言ってからは……。あれって、沖縄の言葉でしょ?」
「うん。興奮したら標準語もムリね。うちなーぐちになっちゃう」
「しかし、声がデカかった」
「SPが3人も、駆けつけてきてね」
「隊長が捕まっちゃう?って思って、怖かったわ~」
「通行人も立ち止まってさ~」
「隊長、知ってます? 隊長と瀬戸さんたちと、そのイワンが中心で、それを僕ら20人が囲んでいて、さらに野次馬が輪を作って、2重の輪ができてたんですよ~」
「隊長の沖縄弁が、キンキン響いたね~」
「言っている内容は何も分からなかったけど、相手が間違っているということは、ちゃんと伝わるんだよなぁ」
「だって、チケットを失くしても救済処置が可能って、私、知っていたからさぁ。なのにあのイワンは、ただ面倒だったのよ。面倒だから『別便で行け』って、そう繰り返したの。瀬戸さんたちはハネムーンなのにさ~!」と、ひまりも、その瞬間を思い出して熱く語った。
「2メートルもありそうなロシア人が、後ずさりしてましたからね」
「隊長の迫力は本物だった」
「アレって、どう決着がついたの?」
「駆けつけてきたスタッフの中に日本人女性がいて、事情を話したら『チケットが見つからなくても大丈夫です』って、そうなっただけ」と、ひまりは説明した。その表情には、ホンの少しだが、自慢気が混じっていた。
「隊長、最後イワンと、何か話ししてましたよね?」
「あれはね、『あなたは本当に日本人ですか?』って、イワンが日本語で聞いてきたのよ」
ひまりの近くで、それまで黙っていた瀬戸が声を上げた。
「隊長のセリフ、僕、全部憶えています」と。
「なになに、教えて」と、何人かが言った。
「これは、スゴク重要な話なので、シッカリと聞いてくださいね。
隊長は、『ハハ~ン。あなた、日本人女性は大人しいと思っているのね。映画でも観て勉強し直しなさい』って、言ったんです。
ここで隊長はタメを作って、そして、イワンというロシア人を睨みつけながら……、『なめたらいかんぜよ!』って啖呵を切ったんです」
お座敷は大爆笑となった。
「夏目雅子~~~⁉」
「ロシア人は『鬼龍院花子の生涯』、観てないって~」
みんながお腹を抱えて笑った。
やはり笑っていた睦美が、私が笑っちゃダメだと気づいたらしく、ハッとした顔になって、ひまりを庇った。
「あの時は、私がチケットを失くしたばかりに、本当にスミマセンでした」
「今となっては、あれって、イイ思い出だねぇ」
「旅って、トラブルがあった方が面白かったりするよね」
「でもさぁ、すぐにあきらめるツアーコンダクターなら、瀬戸さんだけ別便で、ってなったかもね」
メンバーから、そんな声が上がった。
「隊長が、本気で戦ってくれる姿に、なんか、感動したもんね」
「感動といえば隊長は最後、野次馬にも英語で挨拶、……してましたよね」「無事、乗れることになりました、ありがとう、みたいな、そんなのを英語で挨拶してましたね」
「そうそう、バレリーナのようなお辞儀で締めて……」
「パンツスーツなのに、スカートの裾があるかのような、そんな手の動きをしてましたよね」
また、みんながそれぞれに語り出した。
「お辞儀と同時に、野次馬からも拍手が起こったもんね!」
「あれも、大したもんだと思った~」
「あれは、とても素敵でした。隊長!」と睦美が、熱い眼差しでひまりを見つめて言った。
「会社からは、後で、怒られたりしなかったの?」と石原が聞いた。
「それがさ~、今日、上司に呼ばれたのさ~。叱られるのかと思ったら、『ロシアで何かあったのか?』って聞かれてね。『何でですか?』って聞き返したら、モスクワのグランドスタッフが謝罪の電話をしてきたんだって。ご迷惑をおかけしました、みたいなことを上司は言われたみたい」
「へえ」
「逆だ~。叱られたんじゃないんだぁ」
「そうなのさ~。簡単に事情を説明したらね、『良くやった』って、上司に褒められたのよ」と、ひまりは笑顔を添えて言った。
そこに、お刺身の船盛が2つ運ばれてきた。
小皿やお醤油が回される。
お客さま同士が、仲良く会話をしている。ひまりには、それが何よりも嬉しかった。
「オレ、隊長のツアーに、この前も行ったんだぜ~」と誰かが言った。
「ええ~、どこ行ったの~?」
「イタリア!」
「イイなぁ~」
「はい! 私は、隊長のツアー、3回目! 今日、申し込みしました~!」
「ええ~⁈ スゲぇ~なぁ!」
「どこ行くの~」
と、また会話が盛り上がりつつあった。
その時、幹事の瀬戸が、スクッと立ち上がった。
「ええっと、ちょっとイイですか~?」と、左右に顔を向けて、注目されるのを待った。
「な~に~?」
「お、幹事の隠し芸か~?」
「オーイ、幹事が何か言うぞ~」
「皆さんに、提案があります」
「提案~?」
「なになに~」
「聞くだけなら聞くよ~」
「この会、『隊長とゆかいな仲間たちの会』という、とても長い名前で呼んでいますが、これを、短くしたいなぁと思いまして」
「まあ、確かに長いね」
「短い方がイイね」
「そこで、むっちゃんとたくさん考えたのですが、ここは思いっ切り短く【ゆ会】って、どうでしょうか? 【ゆ会】の『ゆ』は、ひらがなで、『会』は、飲み会の『会』です」
「ほう。少しダジャレだね」
「ダジャレですね」
「ゆ会かぁ」
「『次の【ゆ会】って、いつだっけ』とか『次の【ゆ会】、参加する?』みたいに使うのね。うん。イイんじゃない」
「これまでどおりに、幹事は僕がやりますので」と、瀬戸は付け加えた。
「だよなぁ~、隊長は忙し過ぎるしね~」
「今日だって、隊長が1番遅かったしね」
「そうそう、もっと隊長と話したいんだけどなぁ」
「しかたないさー、日本に帰ってきてもメッチャ忙しいし~。今回も3日間しか日本にいれなんだよ~。3日後にはエジプトに飛ぶんだからね~」と、ひまりは弁解した。
「おお~~~! エジプト、イイね~」
「行ってみた~い!」
「まあ、隊長は最初っから『マスコットでOK』って、そういうことだったから、仕方ないね~」
「マスコットは完璧にできてる! 偉い! 隊長、偉い!」
「ちなみに、隊長が幹事、できると思う?」
「絶対にできっこない!」と数人が言った。
「ムリムリ~」
「ハハハハ~!」
「添乗員は~?」
「添乗員は、どうかなぁ」
「まあ、俺たち”ゆかいな仲間たち”ならば、ノープロブレムだけどね」
みんなが「そうだ、そうだ」と楽しそうに叫んでいた。
「シンケン~? ひど~い! 私、泣いちゃうよ~」と、ひまりは抗議した。
笑いが起こった。
みんな、大いに語って、大いに飲んだ。
2.祖父江唯信 29歳
明るい女性だなぁ、と祖父江は思った。
汚れを、ごく微量さえも感じなかった。
「あの娘、可愛かったよな。祖父江、声かけてきなよ」と、先輩の伊藤が茶化した。
課長の芳賀は、ニコニコしながら、店員に声をかけ、焼き鳥を追加注文した。
そして、「俺が若いときは、悪い先輩がいてさぁ」と語り出した。「気に入らない後輩や大人しそうな後輩に、『これは営業の練習だ』とか何とか言って、ナンパを強要するんだよ。こういう飲みの時…」と、茄子の一本漬けを食べながら、苦い顔をして言った。
「ええ?」と、祖父江は驚いた。そして緊張が走った。まさか、それを僕にもやれと言うのだろうか。祖父江は、これまでの人生で、ただの1度もナンパというものを行なったことがない。ナンパをしたいと思ったこともない。
伊藤が、「そうだよ、良い練習になる。キッカケはあったんだし、祖父江、声をかけてみなよ」と重ねて言ってきた。
「いやいや、向こうは楽しそうに盛り上がっている。部外者が水を差しちゃ悪いよ」と、芳賀が言った。
「それに俺は、そのナンパ命令が大嫌いでね。本部長に『忍者ハットリくん』とバカにされるこの顔だ。声をかけるたびに、相手の態度や表情に、俺はイチイチ心を傷つけられた。まあ、そのときの女達は、おそらく悪気はないんだと思う。無意識のことなのだろう。
でもな。無意識だと思うと、逆に、もっと辛くなったなぁ」
課長は、本音を語ってくれていると、祖父江は思った。
祖父江も、自分の顔に自信がなかった。目はギョロ目で「怖い」と言われたことがあるし、口も大きかった。
心ないことを言われたくなくて、学生時代の祖父江は、女子との会話を避け続けた。
そのせいか、今でも、若い女性とは上手く話せない。お年寄りなら問題はないし、中年男性との会話も問題ない。しかし、明らかに恋愛対象ではない50代の女性であっても、2人きりで会話すると、変な緊張を覚え、言葉が上手く出なくなった。
どうやら、ナンパしてこいという命令は出ることはなさそうだと、祖父江は安心した。
地主さんにアパート経営やマンション経営を勧める、不動産会社の営業マンになって、半年が経過していた。
契約が2件取れたが、それは芳賀課長のおかげだと思っていた。幸運に恵まれて、アパート経営してみようというお年寄りに、たまたま自分が声をかけただけなのだ。
「祖父江は、ナンパは得意か?」と、芳賀が聞いた。
「いえ。1度も行なったことがありませんし、今後も出来そうにありません」と、祖父江は正直に答えた。
「彼女、いないんだよな」と、伊藤が確認した。
「はい、いません」と祖父江は答えた。それだけでは会話が盛り上がらない気がして、祖父江は言葉を続けた。
「女性とは、20歳の頃付き合ったことがあって。それは、向こうが友達を使って告白してきて。でも、2ヶ月かそこらで『あなたと付き合っていても、全然つまらない』と、そう言われてフラれました」
「あらあら、それはキツイなぁ」と、先輩の伊藤が同情してくれた。
「それっきり、30近くになるまで浮いた話は無かったのか?」と、伊藤は重ねて聞いてきた。
「3年くらい前に、女性の方から交際を申し込まれて、で、付き合って……。でも、その女性は結婚詐欺師でした」
「わははは」と伊藤が笑った。
「へえ~」と、芳賀は驚きの声を上げた。
「なに、その話! メッチャ面白そう」と、伊藤は、もっと語れと顔で訴えた。
「僕の貯金を狙って近づいたんだって、別れる前に言われました」
「被害は? いくら持ってかれたの?」
「被害はありません。『お金を貸して』って言われて、僕は断ったので」
「いやいや、結婚詐欺師なら、そこを上手く騙すんだろうに……」
「僕は、詐欺だとは全然思ってなくて、本気で何とかしてあげようと考えました。妹さんが、保険の利かない難病で、海外での臓器移植が必要だとか言うので、僕の貯金でどうにかなるとは思えなくて。
あと、それとは別に、たとえ少額でもお金を貸すと、貸した僕は、何かあった時に恩着せがましい態度を取ってしまうかもしれないし、逆に、彼女が負い目を抱くのも、それで下手に出られるのも、嫌だなぁと思ったりして…。
だから、僕がお金を貸すことなく、それでも問題解決できないかって、真剣に考えたんです」
「はは~ん。色々と手を打つために、詳しい状況を聞いたんだな?」と芳賀が聞いた。
「はい。難病なら国の援助があるかもしれないし、医療学会に相談するとかも、ダメ元でやってみる価値があると思ったし。海外での臓器移植なら、募金を集めるとか、いろいろと真剣に考えました。
でも、会話をすればするほど、何か変で……」
「開き直られた?」と、芳賀は、先を読んで聞いてきた。
「そういう事だと思います。騙せないから別れる、って、そう言われました。それに、僕の貯金額は大した額じゃないとも言われました」
「気の毒だと思うけど、でも、面白い体験をしているなぁ」と、伊藤が言った。
「伊藤さん、彼女いますよね? 課長も奥さんがいらっしゃいますよね。僕、疑問があるんです」
「何?」と伊藤が言う。課長も目で、質問を促した。
「どうすれば、女性を好きになれますか? 僕、『好き』っていう感情が分からなくなったんです。顔やスタイルに惹かれても、僕の中のもう1人の僕が、『お前はあの女性のことを何も知らないじゃないか』って囁くんです。確かに、ただ単に容姿に惹かれているだけなので、それは『好き』とは違う気がしますし、もっと美しい女性が現れたなら、僕は心変わりしてしまうのかもしれない。
かといって、僕は、若い女性とは上手く会話ができないので、容姿以外の情報を得られないんです。思い浮かぶ印象は、きっと容姿から連想しているだけだと思いますし……。
高校生までは、いつの間にか好きになっていたのに、今では『好き』ってことが、何だか、よく分からなくなっちゃって」
「それは、その詐欺師に騙されかけた影響だと思うの?」と、伊藤が聞いた。
「あ、違うと思います。学生時代から女性とは会話ができませんでしたから。ただ、前の彼女というか、その詐欺師のせいで、苦手意識は強くなりました」
その時、お座敷から「ドッ!」と、大きな笑い声が上がった。
3.ひまり 仮眠さえしない
3日後。
ひまりは、成田空港の出発ロビーに立っていた。
集まったお客様には、一通りの説明を終えている。
ここからは、ひまりオリジナルの説明となる。
「では皆さん! 最後の説明です。重要ですのでキチンと聞いてください」
間を取って、視線をお客様を向け、ゆっくり首を回して全体を見る。
「イイですか皆さん! この旅行中、皆さんは私のことを、『隊長』と呼んでください。よろしいですか?」
「はは、隊長ですか? 隊長の『隊』って、自衛隊の『隊』ですよね?」
「そうです。鼓笛隊の『隊』でもあります。私的には、シブがき隊や少年隊の『隊』という表現の方が、好みです。その『隊』で、皆さんは私のことを『隊長』と呼んでください」と、ひまりは爽やかな笑顔で言い切った。
その笑顔は、口頭での説明内容と、まったく合っていなかった。
「…くっ」と、くぐもった声がした。
「誰ですか? 今、誰か、笑いました?」と、ひまりはお客様を見回し、そして言葉を続ける。
「ツアー中、隊長の命令は絶対ですので、ちゃんと守ってくださいね。
では、楽しいエジプトの旅へ、レッツゴーで~~~す!」
お客様が静かだったのは、みな、笑いを堪えているからだ。
笑っちゃ悪いと、お客様はそう思ったのだろう。
エジプト旅行を楽しむ富裕層とは、そのような配慮や優しさは、呼吸するように普通に行なってしまうのかもしれなかった。
* * *
機体が水平飛行になり、安定し、さらにしばらくしてから、やっとシートベルト装着の明かりが消えた。
ひまりもシートベルトを外し、少しリラックスした。ミネラルウォーターを一口飲んで、「ふう」と息を吐き、意図的に肩の力を抜く。
この仕事は楽しいと、ひまりは思った。
休みは少なかった。業界の悪しき慣例でもあるのだが、ひまりの場合は、自分でドンドン仕事を入れていた。休みも、睡眠時間さえも要らないと思っている。それらは、最小限で構わなかった。
機内での、こういったスキマ時間も、先輩からは「仮眠するように」と教わったが、ひまりは仮眠に充てたことがない。
この時間は、貴重な作戦タイムだった。そして、この時間こそが楽しいのだ。
お客様の驚きの表情や、感動の表情などを思い浮かべながら、あれこれ企画を考えるこの時間は、ひまりにとっては「至福の時間」そのモノだった。
このツアーで、どうやってお客様の満足度を上げるか、それを、具体的に考える絶好の時間なのだ。もちろん、事前準備はシッカリと行なってある。
しかし、お客様の雰囲気や個性は、直接お会いし顔を見て話して、初めて感じ取れるのだった。
感じ取った感覚を頼りに、作戦を練り直すのが、ひまりのルーティーンとなっていた。
ひまりは、ノートに「安全第一」と書いた。いつも行なう【掟】の1つだ。
書きながら、絶対に忘れてはイケないと、気持ちを引き締め直す。
「安全第一」を肝に銘じるために、必ずこの4文字をノートに書いた。
ひまりは自分を、不器用だと思っている。
これまで先輩に「イイよ」と教わったことなのに、なかなか習慣とならなかった。いろいろと試した結果、ひまりは【毎】と【徹底】にたどり着いたのだ。
新たに良い習慣を身に付けたければ、【毎日】【毎回】行なう。休みの日でも行なうことにした。
毎日できないことは、【毎週○曜日】とか【毎月○日】とか、【毎】を徹底し、例外を認めなかった。
すると、だいたい数ヶ月で習慣となった。
休日だからとか、疲れているからとか、例外を認めると習慣化が遠のくことも体験の中で悟った。習慣になると、忘れないし、何より苦痛が伴なわなくなる。習慣になるまでは大変でも、それ以降は断然ラクチンと知った。
そんな体験から、ひまりは、【毎】と【徹底】を、『ひまりの掟』と定義して、どんな例外も認めず行なってきた。
忘れた場合は、また、思い出した、その瞬間から再開させた。
ひまりはいつしか、いくつもの良い習慣を身に付けている。今では、幼なじみの恵みに対するコンプレックスが、かなり薄くなっと思う。
相変わらず「キレイでいいなぁ」とは思うが、「努力では全く適わない」とは思っていない。
仕事なら、私だってけっこうイケてるはず、と思ったりするのだった。
ひまりはノートの2行目に、「2つまで」と書いた。
これも掟の1つ。
とびっきりの体験を、1つか2つだけ、お客様に提供したい。
つい、出しゃばりたくなる、アレもコレもと、幕の内弁当のようなツアーにしてしまう。そんな自分の性分を、シッカリと抑えるための掟だった。
私のためのツアーではない。主役は、あくまでもお客様なのだ。
「2つまで」と書くことで、ひまりは、サービス精神にブレーキをかけた。
「2つまで」と書くことで、お客様目線を発動させることができた。
このようなルーティーンを行なってから、ひまりは、ようやく事前に準備した企画を検討し始めるのだ。
ピラミッド観光の、前か後で、専門家のミニセミナーを行なう。その専門家は、エジプト在住の日本人で、「ピラミッド建設の労働者は、みな、心から喜んで働いていた」という、一般論とは真逆の説を、訴えている歴史学者だった。
家族を人質に取られての強制労働や、命令に背くと死刑という厳罰や、そういう恐怖政治では、ピラミッドは完成できないという説を唱えているのだった。
この情報を先輩から聞いて、エジプトにいる、その日本人歴史学者とのアポを、ひまりは必死になって取った。電話をしまくり、図書館で資料を調べ、メールを送り、日本での3日間は、そんな作業で消えてしまったのだ。
まだ、ひまりは悩んでいた。
その学説を聞いてから、ピラミッドを見てもらうのか。それとも逆にして、ピラミッドの見学後に、その学説を聞いてもらうか。どちらが、より興味関心を引き立てるのだろうか。
答えが出そうになかった。
ひまりはノートに、「着→電話」と書き入れた。
ひまりは、次の、小さな企画の検討に脳を切り替えた。
そのアイディアは、小さな体験として、あえて、昼の砂漠を裸足で歩かせてみようか、というものだった。
「ヤケドに注意しましょう」「熱いですよ」という注意喚起よりも、「どのくらい熱いか、体験してみましょう」という提案の方が絶対に面白いと、思いついてしまったのだ。
ただし、本当にヤケドをさせるワケにはいかない。
裸足で歩かせて、熱さを感じたならサンダルを履かせる。しかし、サンダルでは「パッ」と履けない可能性がある。そもそも、片方の足にサンダルを履こうとすると、もう片方の足は、どうしても灼熱の砂の上に残ってしまう。
片足だけ、少し深刻なヤケドをしてしまう、という可能性がある。
ひまりは、薄い座布団のような物があればと考えた。
熱かったら、まず、その座布団の上に両足を避難させる。それからサンダルを履けば、ヤケドは回避できそうだ。
きっと、これなら上手く。
しかも、本物の【灼熱の砂漠】を体験できる。(まず、私が実験しよう)と、ひまりは思った。
小さな、薄い座布団のような物は、なんとか見つかりそうな気がする。
以前、みやげ屋で見た記憶があった。
ひまりの仕事には、他にも、定番の案内や調整があった。
ルールの説明や、安全上重要なアナウンスは、伝え漏れは決して許されない。それらも確認し、今一度頭に入れ直した。
文化の違いや、特に、宗教上のルールに、日本人は無頓着な傾向があった。その注意喚起は、注意を語る何倍も、お客様の関心を集める工夫の方が重要だった。
ひまりは、過去の添乗で、『お客様満足度90%』を切ったことがない。
5段階評価で、5の大満足と、4の満足の、この2つで90%以上を超え続けていた。
一度だって切りたくない。
「4も要らない」と、声に出た。
5の大満足だけで90%以上を得る。それが、ひまりの、今の目標だった。
4.ひまり 別名「ひがちゃん」
・4か月後、10月
ひまりは、スナック『縁』のドアを開けた。
カランカランと、ドアに付けられたカウベルが、心地良い音を奏でた。
「いらっしゃい」と、ママが、いつもの優しい声で迎えてくれた。
「ママ、昨日言ってた佐々木さん。連れてきた」と、ひまりはカウンターの中にいるママに声をかけた。
ママは、ひまりが来る場合、指定席と化しているカウンター席の右端に、おしぼりを2つ、置いた。
ママの仕草は、どこか上品さを感じると、ひまりは思った。昔、女優を目指していたらしく、姿勢が美しいのも、そのせいかもしれなかった。
「佐々木さんはココに座って」と、ひまりは自分の右の席を案内した。
「どうも」と、佐々木は、ママに対して軽く頭を下げる。カウンター席の左端にいる、常連客の小松とも目が合ったらしく、ペコリと会釈をしていた。
L字カウンターの左端は、常連客の小松の指定席だった。平均的な身長で、かなり痩せている中年男で、今にも皮肉や嫌味が語られそうな、そんな表情を浮かべていた。頭の良さそうな顔とも言える。
小松は、ひまりとは違って、この店にほぼ毎日通っている。ここをスナックだけではなく、晩ごはんを食べる「食堂」としても使っているのだと言う。
佐々木とひまりの背中側には、BOX席が3つある。一番奥のBOX席には、近所に住む大城(おおしろ)が、奥さんと娘さんと3人で来ていた。
大城は、完璧な皆勤賞らしい。ママがそう言っていたのを、ひまりは聞いたことがある。大城一家には、大学生の愛ちゃんがお相手をしていた。
真ん中のBOXは、誰も居なくて、入口近くのBOX席には、若い男性サラリーマン2人が、チーママの蘭ちゃんと楽しそうに飲んでいた。
いつもの景色だと、ひまりは思った。
ママが、「ひがちゃんは、いつものでイイよね。佐々木さんは、何を飲みますか?」と聞いた。ひまりは頷き、佐々木は「最初は生がいいかな」と答えた。
ひまりの前には、泡盛の炭酸割りセットが置かれた。
ひまりは自分でグラスに氷を入れ、シークワーサーの原液を入れ、泡盛を入れた。最後に炭酸水を入れて、マドラーで、そ~っと混ぜた。
佐々木には、キンキンに冷えたジョッキの生ビールが手渡された。
「かり~!」
「はじめまして」
「よろしくね」
と、グラスを合わせた。
ひまりは、泡盛のシークワーサー炭酸割を飲んで、「でーじ、まーさん!」と声に出して言った。
「ひがちゃんって、呼ばれているの?」と佐々木は、ひまりに訊ねた。
「そうそう、言うの忘れてた。ここでは私『ひがちゃん』なのさ~」と、ひまりは、『ひがちゃん』と呼ばれているいきさつを語り始めた。
ママのご主人が、沖縄出身で、名字が比嘉。
ご主人は、お客さんやママからも『ひがちゃん』と呼ばれていた。
ご主人は、まだ若いのに肺ガンが見つかって、あっという間にニライカナイへ行ってしまった。
その数ヶ月後、ひまりはこの店に、恐る恐る入った。
通りかかり、ドアが開いたときに、少し聞こえた【うちなーぐち】が、どうしても気になったから、だった。
ママが説明を引き継いだ。
「この娘は、性格と話し方が、うちの人にソックリなの。大城さんや、ほかの常連さんも、『ひがちゃんの生まれ変わりだ』って言ってね。いつの間にか全員が『ひがちゃん』『ひがちゃん』って、呼ぶようになったのよ」
「そうことだからさ、佐々木さん。私、ここでは『ひがちゃん』なんです」
「隊長って呼ばれたり、ひがちゃんだったり、呼び名がたくさんあるんだね。それって、たぶん、愛されている証拠だよなぁ」と、佐々木は、目を細めて言った。
「佐々木さんは、コンサルタントをしてるって聞いたけど?」と、カウンターの小松が聞いてきた。小松は、昨夜もココにいたから、今日、ひまりが佐々木を連れてくることを知っていたのだ。
「常連の小松さん」と、ひまりは、佐々木に教えた。
「はい。営業マンや、営業マネージャーの教育が、僕の行っているコンサルのメインです」と、佐々木は小松に身体を向けて答えた。
「私も【ゆ会】のことで、いろいろと教わっているの」と、ひまりも付け足した。
ママが、「佐々木さん。あちらの小松さんはね、なんとウチの、記念すべき1人目の、初めてのお客さんだったのよ」と、嬉しそうに話した。
小松は、ニコリともせずに、ロックグラスのウイスキーを舐めている。
「あんな細身でも、ケンカは強いのよ~。高校時代、神奈川県のボクシングのチャンピオンだったのよね」と、ママが小松に顔を向けて話す。
小松は、ママの話を無視して、「ひがちゃんの彼氏なのか?」と、ひまりに対してなのか、佐々木さんに対してなのか、どちらともとれるような聞き方をした。
ひまりは、「まさかやー、年が離れているさー」と大声で言った。
「いくつ?」と小松が聞いて、「36です」と佐々木が答えた。
小松は、「オレの3つ下か。ならオレは、タメ口で構わないな」と、ほとんど独り言のように呟いて、またウイスキーを舐めた。
ママが、「佐々木さん、モテるでしょう?」と、イタズラ娘というか、小悪魔的な目をして質問をした。
佐々木は、「ママと、先に会っていたならなぁ。すごくタイプだから、残念です。僕、去年結婚しちゃったんですよ」と返した。
「あら? 口が上手いのねぇ。やっぱりモテるわね」というママのセリフに、ひまりが割り込んだ。
「佐々木さん、結婚したの? 去年?」と。
「ああ。田辺さんの影響さ。女遊びなんかできないようにね。思い切って、すぐに結婚した」
ママが、「その田辺さんって、私、ひがちゃんから、チラッと聞いたことがあるような」と、興味を示した。
ひまりが、宮古島でのことを、ざあっと説明した。
「それでね、私、田辺さんが言った『もし、3ヶ月しか生きられないなら』っていう言葉が、スゴク突き刺さったの。胸に、深く、グググって感じに」
小松がメモを取り出した。フリーライターの職業病の1つだった。
「3ヶ月か…」と、小さく呟いていた。
ママが、「だからか~。ひがちゃんが仕事中毒なのは。会社が悪いワケじゃなさそうね」と、少し、ひまりに顔を近づけて言った。
「仕事がおもしろいの! 後悔しないために、ひたすら今に集中してる」と、ひまりは目をキラキラさせて話した。
佐々木が「僕も、大きい転機になったんです」と言った。
「3ヶ月の命なら彼女は1人でイイと思って、東京に帰って、即、プロポーズしたんですよ」
「え? どういうこと?」とママが聞く。
「僕は、いつも彼女が、2~3人いました。それでイイと思っていましたし、バツ1になってからは、もう結婚しなくていいと、思っていました」
ママが「悪い男なんだ~」と言った。
小松の目が、僅かにしかめられた。
「田辺さんとのあの日から、どう生きれば後悔しないのかと、考えました。僕が本当に望んでいるのは何なのかと、真剣に考えたんです。
僕は、思っていた以上に欲の深い人間でして、どうやら好きな女性をどれだけ侍らせても、好きな車や時計をどれだけ集めても、とても満足など出来そうにないんです。
スゴク考えた結果、僕が1番嬉しいのは、大切な人から『ありがとう』と言ってらえることだと、やっと気がついて……。気がついたと言うか、それは間違いなく欲しいし、嬉しいし、それを『目指す』って、決めたんです。
『それだけを目指す』、って感じかな。仕事もコンサルなので、ちょうど良くて、キレイ事と笑われるかもしれませんが、クライアント第一主義を貫いているんです。これが今、本当に気持ちイイんですよぉ」
佐々木の言葉を聞いて、「2人とも、凄いキッカケを得たのね。それも同時に」と、ママが言った。
「なんか、ひまりさん…ではなく、ひがちゃんとは、『戦友』みたいな感じなんですよ。
で、ファンクラブの【ゆ会】の人数がドンドン人数が増えて。今日は、『このままお客さんに任せっぱなしでイイのかな?』って、相談を受けたんです」
「ファンクラブ?」と、小松が聞いた。
「アレのこさ。隊長とゆかいな仲間たちのこと。今は短く【ゆ会】って変えたんだけどね」と、ひまりが答えた。
「それなら聞いて、知ってたけど、あれファンクラブなんだ」
「そうなんです」と佐々木が言った。「しかも、ひ、ひがちゃんが作ったのではなく、お客さんが勝手に作ったんです。定期的に集まってワイワイお喋りする会を。で、ツアーに行くたびに会員が増えるんです。幹事さんというか、まとめ役の瀬戸さんという方がいて、その方もお客さんなんです」
「瀬戸さんや、奥さんのむっちゃんの負担が、かなり大きくなっている気がするの。どうしたらイイかなぁ」
「ひがちゃん、凄いのね」と、ママが少し驚いて言った。
「ホント、ひがちゃんは凄いんです。映画『フォレストガンプ』にソックリですよ。ただ、ひたすらに走っているだけなのに、状況がどんどん変化して。そういえばエイショーくんが『ひたすら』って言ってたね」と、佐々木が言った。
ひまりは、褒められ過ぎて、くすぐったくなった。
「佐々木さん、それよりも瀬戸さんのこと、何かアイディアがあるって言ってたよね?」と、顔を赤くして話題を戻した。
「ああ、電話やFAXでの連絡を、メールに変えるとスゴク楽になる。一斉送信って方法があるんだよ」
「あきさみよ~。そんなことができるんだ~」
「あなたたち、スナックで飲むときまでも、仕事をしてるみたいじゃない。やはり仕事中毒だと、私は思うわ~」とママが言った。
「良いことだよ」と、小松が言った。
ママはすかさず「仕事中毒が? 私はゴメンだわ~」と笑い飛ばした。
小松が、「ところで、ひがちゃんのコンサル料って、いくらなの?」と聞いた。
「無料です。ひがちゃんからはお金はいただきません」と佐々木が答えると、小松は飲みかけたウイスキーにむせてしまった。
ママが、おしぼりを小松に渡した。その仕草が、やけに優しく見えて、ひまりは、ママは小松さんが好きなのかな、と思った。
その5へ つづく
※この記事は、エッセイ『妻に捧げる3650話』の第1531話です
※僕は、妻のゆかりちゃんが大好きです
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