第23話 鼻ぽん
みなさんは『鼻ぽん』というのをご存じだろうか?
東北出身で関東在住が長かった僕は、この存在も名前も全く知らなかったんです。
東海地方に来て、はじめて知りました。
知らない人のために簡単に説明しますと、鼻に詰めるのにちょうど良いガーゼです。
商品名です。
短い白い、チョークのような見た目をしています。ただ綿ですから、柔らかいです。
鼻血が出たときとか、そんなときにあるとメッチャ便利です。
関東にもあったのかもしれません。
でも僕は知りませんでした。また「鼻ぽん」という単語を聞いたこともありませんでした。
鼻血が出て、ティッシュを詰めて止めていました。すると、ゆかりちゃんが
「どうしたの? 鼻ぽんなんかして?」
って言ったんです。
すぐに『鼻ぽん』をググってみましたよ。
こんなにも便利なものがあったのかと、かなり感動しました。
僕は花粉症で、まったく粘り気のない鼻水が滴ったり、ときに鼻血が出たり。ティッシュペーパーを詰めるのでは不便で、まさにこんなのないのかなあって思ったことがあるのです。
西日本? はたまた東海地方? 中部地区?
とにかく偉い!
(これまた面倒なのですが、東海地方で「エライ」というと「疲れる」という意味になるんです)
これを考え商品化した人は偉い! 鼻ぽんは、めっちゃ便利!
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ゆかりちゃんが、マンションの役員から逃げたがる人に怒っている。
「忙しい、忙しいって。我が家も2人とも働いてるし」
「わたしだってフルタイムだし」
「忙しいの、あんただけじゃない」
「PTAとかでも、とにかく逃げたがる人いるのよ」
「無責任なだけやん!」
僕は、まるで昔の自分が怒られているような気持になった。
30代のころの僕は、仕事のみに夢中で、マンションの管理組合の理事になるなんてヒマ人のやることと思っていたのだ。
「まぁ、逃げたい気持ちもわかるし~」
僕の不用意なこの一言のせいで、軽くゆかりちゃんとバトルになりかけました。
みなさん、こんなときって、僕がゆかりちゃんにコテンパンにやっつけられてる、と思ったかもしれませんが、違います。
逆です。
我が家では、くちゲンカは僕の圧勝なのです。
僕が怒ると、声が大きく、理屈が面倒くさく、その理屈が長く、そして、戦いを好まないゆかりちゃんは、とにかく白旗を上げます。
心のない白旗に、僕が余計に怒りを覚えるなんてことも良くあるパターンです。
声が大きくなったあと、いつも自己嫌悪します。
今日も、声が大きくなりかけました。
僕は反省しました。
「僕の大きな声は、ゆかりちゃんをコントロールしようとしているだけだ」
「ゆかりちゃんは、その『大声』を収拾したいだけで、折れたり謝ったりというフリをする」
「僕は、ゆかりちゃんをコントロールしようとしているだけじゃないか。そんなのはダメだ」
「自分の感情を、ただぶつけているだけだ」
「何度も何度も、二度と大きな声は出さないと反省してきたじゃないか」
僕は、自分を落ち着かせました。
ゆかりちゃんを、大声や、理屈で責めたりしてはいけないのだと、改めて自分に言い聞かせました。
ゆかりちゃんが言うとおり、逃げてばかりの人が、けっして良いわけではありませんし・・・。
・・・さっき、少しだけ僕の声が大きくなったので、ゆかりちゃんが怯えているかもしれません。
チラっと、ゆかりちゃんを見たら。
ゆかりちゃんは、なぜか詰めていた鼻ぽんを抜いて、そしてその鼻ぽんをマジマジと見つめているのです。
・・・。
鼻ぽんをしても良い。
その顔で、理事会から逃げる人を責めても良い。
でも。
でもね。・・・抜いた鼻ぽんを、・・・見つめるなよ~。
気が抜けました~~~。
「なんで見るの?」と訊いたら、
「わたし、鼻かんだティッシュも見る派やし。気にならん?」とのこと。
僕は、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。