【恋愛小説】下書き【ボツ】その1
7月23日締め切りの、note創作大賞に挑戦します。
ジャンルは恋愛小説です。
長編小説です。
規定の文字数を超えないか心配しています。(その時は、ちゃんと短くしますが…)
そこで、僕は、下書きを投稿します。
まだ、応募ルールのハッシュタグは付けません。
ちゃんと推敲して、書き直したものを、再度投稿します。
その時は、ハッシュタグを付けます。
昨年、note運営事務局に質問しました。
「下書きを投稿して、感想コメントなどを貰って、書き直して投稿するって、ルール違反になりますか?」と。
答えは「ルール違反になりません。大丈夫です」でした。
なので、下書きを投稿して、感想コメントをいただきたいと思います。
コメントは全て読みます。
でも、書き直しに全て反映するとはお約束できません。
コメントを読んだ上で、僕なりに悩み考え、推敲します。
前置きが長いですね。
では、小説の下書きです。
◆仮タイトル:恋愛に自信のない沖縄娘が、東京や世界で約10年間仕事に没頭したら、「私イイ女かも」と思えるようになった話
◆雑なあらずじ
◆平成15年(2003年)
1.ひまり23歳 桜の香りに包まれて
太陽の日差しを感じ目覚めた。
ここはどこだ? ひまりは一瞬ギョッとした。表情が苦笑いに変わる。引越ししたばかりで昨日の朝も同じようにギョッとしたからだ。
目覚める前の数分か、あるいは20~30分か。眠りながらも夢の中で、ちゃんと日差しを感じていた気がする。その感覚が、ひまりには不思議だった。見た夢がもう思い出せない。この感覚も不思議だと思った。
ベッドの上で上半身を起こし伸びをした。「さてっと」と言ってベッドから出る。
カーテンを開ける。太陽は、少しか膝を曲げてかがまないと見えない位置まで高くなっていた。リモコンでテレビのスイッチを入れると、もう9時を回っていた。
うがいをして顔を洗い、タイマーで洗い終わったばかりの洗濯物をベランダに干す。下着だけは室内干しにする。
パジャマを脱いで洗濯籠に入れ、ジャージを履いてTシャツを着た。ベランダに出た時の感覚で、今日は長袖のTシャツを選んでいた。ひとり暮らしを始めて2年も同じ行動をしているから、ひまりは、ほぼ無意識に動き回っている。リズムよくテキパキとした身のこなしだ。ときに鼻歌を歌い、意識はテレビの天気予報をちゃんと捉えているのだ。
ファンデーションの代わりにBBクリームを塗り、買ったばかりのロクシタンのオードトワレをワンプッシュした。
「ん~ん、いい香り」と、思わず声が出た。桜の香りがひまりのテンションを上げる。
ナイキのランニングシューズを履き玄関を出る。外廊下に出て右に曲がり階段を降りた。
前のアパートと違い、このアパートの階段は凄くイイとひまりは思う。階段の音に重厚さを感じるのだ。前のアパートのような「カンカン」という安っぽい音がしない。この2階建てアパートが醸し出す頑丈さは、ひまりにチョットした優越感を与えてくれる。
2階廊下にも屋根があり、階段の上にも屋根があり、1階の集合ポストの上にまで屋根がある。
早く、友達を招待したいと思う。このアパートに決めて本当に良かったと、階段を歩くたびにひまりは思った。
下に降りると、大家さんが母屋の庭に出ていた。作務衣が似合うオジサンだ。定年退職したばかりと、不動産屋の担当者が言っていたから60歳だと思われた。真剣な表情で盆栽に水をやっている。
「おはようございます」
「ああ、…小宮山さんでしたね。おはようございます」
「ちょっと、ジョギングしてきま~す」と言って、ひまりは走り出した。
ひまりは、自分は太りやすい体質だと思っている。美人じゃないのだから、せめて太らないようにと、なるべく毎日、走るか、たくさん歩くかしている。
住宅街の道を、極力、曲がることなく1つの方向へ走る。左頬に太陽の光が当たるから、北東か東に向かって走っていると分かる。帰りは太陽を右頬に感じながら走れば良いわけだ。
体感で10分走ったなと思った所でUターンをした。まだ、このひばりが丘の地理に詳しくなく、道に迷わないための工夫だった。
アパートが近くなってきた。
ひまりは、走ることをやめてローソンに入った。ピーナッツ味のランチパック1つと缶コーヒーを1本買った。
歩いてローソンの目の前にある小さな公園に入った。桜が満開だ。
昨日と同じベンチに座った。今日は日曜日だからか、昨日よりもいくぶん子ども連れが多い。
ランチパックを開けようとしたタイミングで、SMAPの『世界に一つだけの花』のメロディーが流れた。親友の仲村恵からの電話だ。
「誕生日おめでとう」と、恵はいきなり言った。
「ありがとう。メーグーは、こういうことマメだね。感心するさ~」
「23歳って、お姉さんって感じがするよね」
「そうね~。私は何も変わってない。
っていうか、ぜんぜん成長していないって感じ~」
ひまりは、ランチパックは一旦あきらめた。
「今、公園で、満開の桜を見てるのさ~」
「ああ、東京の桜は4月だよね~」
「メーグー、こっちの桜は白いんだよ」
「え? 白いの?」
「よくみると薄いピンクなんだけど~、沖縄の桜と比べたら『白』って言いたくなる」
「そぉ~なんだ~」
恵とは幼なじみで、小中高と、ず~っと同じ学校だった。
恵は、パッチリ二重瞼で眼が大きい。髪は黒髪で、天使の輪がクッキリと現れる美しいストレートヘア。女優になってもおかしくない美人で、しかも、成績もトップクラスだった。
メーグーは、私とは対照的だと、ひまりは思う。
「あっ! 大事な報告がある」とひまりは言った。
「え? なに?」
「私、6月に沖縄に帰省するの。もう、沖縄の海が恋しくてガマンできなくってさ~」
「ええ⁉ 帰ってくるの! ホント~! 嬉し~い!」
「メーグー、帰省だよ。一時的な、キ、セ、イ」
「まー、それでもイイさ~。ひまり、丸2年も帰ってないんだからね。お盆もお正月も清明祭(シーミー)、ただの1度も帰ってないんだから! で、なんで6月なの?」
「格安ツアーがあったの! でもね、宮古島なの」
「は? 宮古島?」
「でね、嘉手納には寄れないのさー」
「はー⁉ どういうこと~! 沖縄に帰ってくるって、でも、私に会わずに東京に戻るってわけ~! そんなの帰省って言わないさー!」
ひまりは、恵の想像以上の剣幕に驚いた。あわてて言葉を重ねる。
「メーグーには会いたいさ~。で、問い合わせたんだけどね、私だけ那覇空港で『ここで私は別行動します』って、できないんだっていうのさ~」
「あんた、実家にも寄らないワケ⁉」
恵が「あんた」と呼ぶときは、かなり怒っているサインだ。
「私、沖縄の海が恋しくて恋しくて、もう我慢ならなくって、そしたらたまたまチラシで格安ツアーがあったのさ」
「そりゃあ、6月は梅雨だから安いでしょうがぁ~」
「それがね、6月下旬だから、たぶん梅雨明けしてるさ~。あと私、今まで離島って1度も行ったことがなかったから、海が見れて、格安で、初めての離島で、一石三鳥なんだよね! わかる~?」
「まったく~、ぜんぜん分からんさ~。引越ししたばっかりなんでしょ?」
「そうなの、素敵なアパートで、いつでも泊まりに来てイイからね~」
「引越しして、で、宮古島に旅行だなんて、よく、お金があったわね」
恵は、だんだんお姉さん口調になってきている。ひまりの方が数ヶ月誕生日が早いのだが、シッカリ者の恵みは、ごく自然にお姉さん口調になるのだった。妹や弟がいるせいもあるだろう。
ひまりは一人っ子なので、沖縄にいる時は無意識に恵に甘えているという自覚があった。
「2年間バイトで貯めた貯金がスッカラカンなの~。だから今回は嘉手納には寄れないのさ~。メーグー、あんまり怒らないで~」と、意図的に甘えた声で言ってみた。
「ふ~。東京に『ちょっと勉強してくる』が、もう丸2年だよ。ひまり、私と会社を起業するって約束、まさか、忘れてないよね?」
「それは大丈夫、忘れてない。ただいま猛勉強中やさ~」
「ああっ、こんな時間⁉ 私、リクとデートなの。もう出なきゃ。ひまりは彼氏、まだできないの?」と、恵は最後に余計なことを付け加えた。
少しムッとして「毎回言っているでしょ、『できない』ではなく、今は作らないの!」とひまりは返す。毎度毎度、言ってて自分が虚しくなるが、どうしても強がってしまうのだった。
「ハイハイ、もう時間がないから。またね」
プツンと電話が切られた。
思わず携帯電話を見つめて、「ハイは1回でイイさ!」と、ひまりはボヤいた。
携帯電話を2つに畳んでジャージのポケットに入れる。缶コーヒーを軽く振ってからプルトップを引いた。ごく少量を口に含み、そして飲み干した。舐めるような飲み方だった。
ひまりは、自分の天然パーマを情けなく思い、見つめた。クルクル丸まる前髪を引っ張ってみる。染めていないのに少し茶色っぽい髪を見て、ため息が出た。背が155センチと低いのも、目が大きくないことも、ひまりは気に入らない。美しい恵を、いつも羨ましく思っていた。
ひまりは、これまでに2度、男性と付き合ったことがある。
1度目は高校1年生の時、となりのクラスの男子に告白されたのだった。そして、その男は、たった1ヶ月で別れを切り出した。
「ほかに好きな女性ができた」と、堂々と心変わりを告げられたのだ。
このことは親友の恵にも、そのままは言わなかった。言えなかったと言った方が正確かもしれない。あまりにも自分が惨めに思えて、自分もそこまで好きだったワケじゃないし、みたいなことを言ったのだった。
しかし、その失恋は、食べることが大好きなひまりが、2日も晩ごはんを残したほどで、本当に辛かった。みじめで、悔しくて、情けなかった。
その男は、恵ではないが、やはりと言うかストレートの黒髪美人と一緒に歩いていた。
自分が東京で、まだ何も結果を出していないことも、ただ日々が過ぎていることも…。
恵は、夢に向かって着実に成果を上げている。将来、観光ビジネスを起業すると決めているから、猛勉強の末、市役所の観光課に採用されていたのだ。
ランチパックをひと口食べた。
「まーさん!」
ランチパックは、やはりピーナッツ味だと、ひまりは思う。
桜の花びらが少し散り、舞った。
向日葵(ひまわり)が1番好きな花だった。ハイビスカスも好きだった。
でも、東京に来て3度目のソメイヨシノを見て、桜が1番好きな花に変わってしまっている。
こんなことは恵には言えないな、と思う。
東京にカブレちゃってと思われてしまいそうだから。
ひまりは、自分が、そこまでソメイヨシノが好きに変わっていること気づき、少し驚いた。
2.佐々木35歳 南国に来た以上は
佐々木は、うたた寝を邪魔されて腹立たしかった。
後ろの座席の、若い女性の声のせいだ。
羽田を発った那覇行きの機内。
二日酔いで頭が痛い。寝不足でもある。ウトウトしかけると、若い娘の声で目覚めてしまう。それを何度か繰り返していた。
20歳前後と思われるの若い娘が、となりの席の老女と会話をしている。
その声が、とにかく大きく甲高い。よく響く声なのだ。
「あきさみよ〜! オバアは読谷村の人なの~⁈ 私は嘉手納さ~!」
当人は大声という自覚がないようだ。
機内は君の家ではなく公共の場だと、説教の1つでもしたいところだが、今、佐々木にその気力はなかった。胸のあたりが気持ち悪い。ムカムカするのは、うるさい娘に対しての怒りなのか、この旅行を当日キャンセルした杏奈に対してか、はたまた二日酔いの胸焼けか。
元気な娘は、おそらくは訊ねられてもいないであろう自分の身の上話を、大声で熱心に語り出していた。
「ホテルじゃないのよ~、民宿なのさ~。
あえての民宿って、そこがイイのさ~。
農業体験や漁業体験があるんだよ~。
東京に行ってもう丸2年さ~。うん、1度も帰ってないの~。
はじめての帰省なんだよ~。
実家じゃなく、宮古島に行くのだから”帰省”って言わないかー!
アハハハ~!」
この娘、オレと同じツアーに参加しているのかもと、佐々木は思った。
杏奈が一緒なら、今頃ウキウキしているのかもしれないとも思った。
(母親が倒れたって、本当かなあ?
たぶん、ウソだな…。
この前の誕生日プレゼントをケチったのが失敗だったかなぁ)
スナックで働く杏奈を口説いて、夜を共にしたのが3か月前。
杏奈は35歳の自分と同い年だと言うが、おそらく40歳前後だろう、と思う。
佐々木は年上の女性が好きなので、構わない。
佐々木は、神様の警告か? と思った。
地獄の2年間を過ごした。
浮かれていると、また、あの地獄へ落とされるかもしれない。
急成長の販売会社で、同期の中で1番の出世を果たした。他人の2倍以上働いた自負がある。そして、結果は5倍出した。
調子に乗って、部下2人を率いて独立起業をしたものの、業界では名の通った前職の看板を失くすと仕事はとれない。部下を2人連れてきたのが間違い。人件費で売り上げが無くなってしまう。約束の給料が払えない。
そこから佐々木の、人生の歯車が狂い出す。
部下に去られ、妻とも別れた。子どもがいなかったのは不幸中の幸いだったと佐々木は思う。
浮気の証拠を興信所に調べ上げられ、慰謝料をたっぷりと持っていかれた。
かろうじて、なんとか法務局へ行き、開業届を出し、個人事業主として営業コンサルタントを始めた。
しかし、全く稼げなかった。
収入は以前の10分の1に激減した。月に10万円少々じゃ食っていけない。アルバイトをするしかなかった。
昼間は本業があるから、深夜の交通誘導の警備。つい最近までは、そんなアルバイトをしないと生活ができなかった。
知り合いに見られたなら恥ずかしい。情けなく惨めな思いをするだろう。そう考えビクビクして生きた。18歳の若者には「オッサン、なんでバイトなの」
食えないコンサルって、そっちがバイトじゃん
イイ大人が夢見てんだ
こういうのを「落ちるところまで落ちた」と言うのだろう、と思った。誰もいない南の島で、イチから人生をリセットしてやり直したいと思った。
やっと、昨年バイトが要らなくなったのだ。
スナックの女に熱を上げて、宮古島に連れてくるなんて、油断だな。
常に女がいないと嫌だ。モテて、それは日常だった。
不思議と、離婚後も女に困ることはなかった。長続きすることはない。しかし、別れてもすぐに別の女ができた。
今の佐々木に金はないのだが、金払いの良い男という臭いは残っているのかもしれない。
(きっとカオリも、別れた妻と同じだ。
オレを好いているのではなく、オレの稼ぐ『金』を好いているだけ…。
今のオレには金なんてないんだけどな。……それがバレたな)
そこまで思ったとき、また、後ろの若い娘の大声がした。
「アキサミヨー!」
(やれやれ)と佐々木は思った。
那覇で飛行機を乗り換え、宮古空港に着いた。
佐々木は、那覇、宮古島間ではシッカリと熟睡できた。泥のように深く眠ったから娘の大声に気づかなかったのか、あの若い娘が糸満のオバアと別れて静かだったのか、それは分からないが、ともかく身体は元気を取り戻していた。
ハイビスカスの赤が迎えてくれた。
空気が、東京とは違う。6月下旬の宮古島はすでに梅雨明けしていて、カラッと晴れ渡っていた。
太陽の日差しが、ほぼ真上から注ぐ。
佐々木はサングラスをかけた。
サングラス越しでも、空の青は眩しく、その青は、気持ち良いほどに青だった。濃い青だが、紺寄りということではない。青が、青のままで濃いのだ。
スケッチブックを、頭上に掲げている青年がいた。
『民宿島袋』とマジック文字で書かれている。かなり下手くそな字だ。
その青年は背が高い。190センチあるのではないか。
高身長で細身の青年が、長い腕を伸ばしてスケッチブックを目立たせる。
そして、キョロキョロとせわしなく周りを見ている。
これなら1発で見つけられる。
その横には、170センチくらいで痩せた老人がいた。顔がシワシワで、目とシワの区別がつかない。1番深く濃いシワが目なのだろう。
老人はニコニコと笑顔なのだ。口の形もスマイルを作っていた。
若い娘が飛びながら歩く。
麦わら帽子はボブパーマのヘアスタイルに似合っていた。髪が楽しそうに跳ねる。
身長は低めだ。160センチはないな、と佐々木は思う。155センチくらいか。
しかし、スタイルは良い。胸の形もイイし、脚が長い。
上は、Tシャツに薄いブルーのシャツ。ボタンは全て外し裾を結んでいる。下は、デニムのホットパンツで、太もももふくらはぎも、モデルのように美しかった。
腰の位置が高くてカッコ良く、白いサンダルも南国にピッタリだ。
スキップをしているのだが、それは異様なスキップだった。リズムが狂っている。
ただ、動きは弾けている。元気いっぱいなのが伝わってくる。
「私~、小宮山で~~~す! 下の名前はひまりで~す!」
「小宮山ひまりさん、いらっしゃいませ~」と、島袋民宿の高身長男子が応えた。
その声を聞いて、佐々木は(やはり)と思った。
若い、そのひまりという娘は、那覇までの機内で、大声で会話していた例の娘なのだ。
ひまりは、島袋民宿の青年に、ほぼ一目惚れしたと、佐々木は見抜いた。
キレイな奥二重の目が、大きく開かれる瞬間を見てしまったのだ。
異様なスキップも、目が大きくなる同じタイミングで、10センチも高く飛んでいた。
この娘は、思ったことが言動に出るタイプだな、と佐々木は思う。
(この娘の言動に、イライラしてしまうかもなぁ)と、佐々木は少し不安になった。
「ササキさ~ん、いませんか~!」と、島袋民宿青年が大声で叫んだ。
佐々木は、特にリアクションをするでもなく、淡々と彼に近づいて行く。
「ササキさ~ん、ササキさ~ん、ササキさ~ん!」と、青年のボリュームが拡声器並みになる。
佐々木はあわてて名乗り出た。
「佐々木です」
「ササキサン、いらっしゃいませ~。長旅、お疲れ様で~す」
さっきから青年は、とても愛想良くしゃべるが、となりの老人はず~っと無口だ。
ニコニコしているが、しかし、何も喋らない。
「ササキさ~ん、もう1人の方は?」
「あれ? 羽田から旅行会社に電話したよ? もう1人はキャンセルだってね」
老人がニコニコ肯いている。それで青年も事を理解したみたいだ。
(ったく)と、佐々木は心の中で舌打ちした。
(どうやらこの民宿には、【連絡】という概念はないんだな)
これは先が思いやられるぞ~、と佐々木は警戒心を上げた。
「あと、田辺さ~ん!」
「はい。田辺です」
「わっ! びっくりしたー! 田辺さん、いつの間に?
全然気づきませんでしたよ~」
「こんにちは。少し前から、ここにいましたよ」
「こんにちは!」と、島袋民宿青年が、驚いた顔のままで挨拶を返した。
田辺という初老は、確かに、青年のすぐ近くに立っていた。
青年は田辺に気づかなかったワケだが、無理もないと佐々木は思う。田辺という初老は、気配が薄い。動きが極端に少ないからかもしれない。景色と同化するタイプだ。
身長は170センチはないはずだ。島袋民宿のオジイより低い。そして、かなり痩せている。四角いシルバーフレームの品の良い眼鏡をしている。表情は、落ち着いていて穏やかだ。
伊賀か甲賀の忍者の末裔かもしれないぞ、と佐々木は妄想した。
老人には珍しく、田辺はリュックを背負っていて、その中には手裏剣やスイトンの術に使う節を抜いた竹筒が入っているような、そんな妄想をしてニヤニヤした。
「オジイ、皆さんそろったよ」と青年が言う。
「んん」とオジイは唸った。
「みなさ~ん! 僕について来てくださ~い!
海が良く見えるルートを通って、まずは民宿に向かいま~す!
レッツゴーで~す!」
「レッツゴーで~す!」と、ひまりが応じた。
「ハハハ、小宮山さんは可愛いだけじゃなく、元気なんですねー」
「そんな、可愛いだなんて、お世辞を言っちゃダメさ~!
元気ってのは、本当に元気だからイイけどね~!
あと、名字じゃなくて『ひまり』って呼んで欲しいさ~。
私、自分の名前、好きなの。ちゃんでもさんでも、どっちでもイイよ~」
佐々木にとっては、ひまりという若い娘が眩しかった。人見知りなどしない。明るく、素直だ。屈託もなく、飾りもない。
その素直さは、佐々木をヒネクレ者として目立たせる。素直になれない自分が、自分でも嫌になる。そもそも、仮眠を妨害された腹立たしさが残っていた。
「ちっ」
佐々木は、小さく舌打ちをしていた。
田辺は、途中で立ち止まり深呼吸を行なった。
まあ、旅に出かけ田舎に行ったなら、やりたくなる気持ちは分かる。
しかし、佐々木は(イチイチ大げさだなぁ)と思った。
あの初老は、舞台役者か、もしくは学生時代演劇部だったのではないか。佐々木は妄想を上書きした。
青年が案内した民宿の車は、ワーゲンバスだった。白とスカイブルーのツートンカラーで、南国に、これまたピッタリだった。
ひまりが、そのワーゲンバスを見て、
「な~に~い! めっちゃカワイイ~んだけど~~~!」と叫んだ。
運転席には青年ではなく、皺くちゃ顔の老人が座る。
青年は、助手席から身体を180度ひねり、笑顔で語り出した。
「みなさん、今回は僕たちの宿、『民宿島袋』を選んでくださって、
ありがとうございま~す。
僕は、エイショーと言います。よろしくお願いしま~す」
「よろしくね~、エイショーくん」と、ひまりが言った。
「ひまりさん、ありがとうございます~。
ええ~っと、まずは、運転しているのが僕のオジイです。
宮古島では”オジイ”って、愛を込めて呼んでいる言葉ですので、
みなさんも『オジイ』と呼んでくださ~い」
「はーい!」と、また、ひまりが言った。
このリアクションは、エイショーだけではなく、佐々木もありがたかった。
場が変な空気にならない。
逆だ。良いムードになるのだ。
部屋には花や絵があった方が良いし、窓を開けたなら爽やかな風が通って欲しい。それと同じように、初対面の数人が乗る車には、明るく元気な若い娘が必須だなと、佐々木は思った。
「さて、皆さん!
民宿までのこの車の中で、自己紹介を済ましちゃいましょう~!」とエイショーが提案した。
「イエ~イ! イイぞ~、エイショーく~ん!」
「ひと回り目は、名前と年齢だけにしてくださいね~。
それ以外の話題は、ふた回り目の自己紹介用にとって置いてくださ~い。
まず、僕は、島袋エイショーです。高校を卒業したばかりで18歳です。
オジイは75歳で、
民宿には、オジイにメッチャ愛されているオバアがいます。
オバアも、たぶんオジイと同じくらいの歳です。
じゃあ次は、ひまりさん、どうぞ~」
「どうぞって、私から~? 聞いてないさー。
ったく~。ええっと、私、ひまりです。小宮山ひまりです。
歳は、レディーに聞いちゃダメなんですよ~~~!
エイショーくんより、チョピっとだけお姉さんで~す。
よろしくお願いしま~す」
「では、次は私が……。
私は、田辺憲一朗です。生粋の江戸っ子で、歳は55歳です。
あ、江戸っ子って言っちゃった、ごめんなさい」
「え~! あきさみよ〜!
ゴメンね、田辺さん。私、もっと年上って思ってたさ~」
「ひまりさん、私は年齢を気にする”レディー”ではないので、
なんの問題もありませんよ~。
それに、この痩せた身体とシワの多い顔ですから。
よく年上に見られます。
慣れっこですから、お気遣いは無用です」
「わは~! 田辺さん紳士~~~い! やさし~い!」
「ええっと、最後は私ですね。佐々木です。
下の名前は別にいいでしょう。35歳です」
佐々木は、つい、不愛想な言い方になった。
宮古空港で不機嫌な態度をとったせいで、明るく振舞うことに抵抗を感じた。
(自意識過剰だ。誰もオレのことなど気にしちゃいないのにな)と、そう思うと苦笑いがこみ上げてくる。
今、隣に杏奈がいないのは、考えてみれば島袋民宿は一切悪くない。
自業自得なのかもしれないが、そんな反省をするよりも、せっかく南国に来たのだから楽しんだ方がイイ。
二日酔いが冷め、佐々木は思考も前向きになりつつあった。
自己紹介が、ふた周り目に入るのかなと思ったタイミングで、ひまりが叫んだ。
「海だ~~~!!!」
みんなが海を見た。
これが宮古島ブルーか、と佐々木は思った。空のパステルブルーと、ほぼ同じブルーだった。空は抜けるような青だ。濃く、しかしどこまでも青だった。
海は、その空を映しているのだろうか。
地球や宇宙をも連想させる景色だ。
佐々木は、海に心を掴まれた。それは予想外のことだった。
「ああ~~~、最高~~~!
沖縄に帰ってきたんだ…。
みなさ~~~ん! ……海で~~~す!」
ひまりは涙目になっていた。
田辺は号泣していた。涙を堪えるとか、拭うとか、そういう事を忘れているみたいだ。
自然に雑談となり、エイショーとひまりがしゃべりまくった。ほかの3人は、それを聞いた。
オジイは相変わらず何も喋らないが、うっすらと笑顔だ。もしかするとオジィは、真顔が笑顔なのかもしれない。
田辺は、眼をパッチリ開き、若者2人の話を真剣に聞いている。笑顔はさほど多くないが、しかし、穏やかに楽しんでいるように見える。相づちも適度に打っていた。
佐々木は、もう不機嫌でいることをやめようと思った。
前向きになる必要はないが、後ろ向きになる必要だってない。宮古島を堪能してやろうと心を定めた。
ワーゲンバスは舗装された道を曲がり、畑の中へと入ってゆく。
そして、ワーゲンバスは停車した。
つづく
文章は、雑なまま投稿しています。
最後まで書き切ることを優先し、推敲は後です。
ここまでで書いて、文字数が多すぎます。
14万文字を超えちゃいます。
なので、もっとスカスカの文章にする必要があります。
次回からはスカスカで投稿します。
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