第242話 カッコいいジジイ その①【バク宙できるジジイ】
僕は、高校時代、器械体操部だった。
だから、普通に、バク転もバク宙もできた。
◆運動オンチという思い込み
僕は、自分のことを、『運動オンチ』と思い込んでいた。
これは、一言でいうと、「姉の洗脳」だった。これだけで、長文の記事になるので、別の機会に語る。
早生まれで、かつ、第二次成長期も遅かった僕は、高校1年生までは「チビ」だった。
高校1年生の最初は、たぶん身長は155、156センチだったと思う。「前へならえ!」では、いつも先頭で、腰に手を当てていた。
僕の、高校1年生の写真を見たゆかりちゃんは、「のび太くんやん~!!」といって笑った。・・・笑いやがった。
ちなみに、高校1年の1年間で、身長が14センチも伸びた。高3のときは、171センチで、標準の身長になった。小中学生の、スポーツにおける、早生まれは、めっちゃ不利だと思う。
◆中学時代は野球部
中学の3年間は野球部だった。
こう書くと、運動好きと勘違いされそうだが、実はそうではない。今でも僕は、基本『インドア派』だ。
僕の中学は、市の最北に位置していて、簡単に言えばド田舎だ。ド田舎の岩手県の、その東の端っこの市で、さらにその市の『最北』の、超ド田舎の中学校だった。
学年が20人だ。
クラスではない。学年だ。僕の学年は、丙午(ひのえうま)だから、メッチャ少ないのだが、でも、先輩も後輩も、約30人だった。その中学校には、クラスはなく、クラス=学年だった。
中学では、男子は野球部、女子はバレー部と決まっていて、選択肢がなかった。というか、他の中学には、文化部なるものがあるとは、僕は、思ってもみなかった。
僕は、野球部員だが、レギュラーではなく、記録員をやらされた。スコアラーって呼んでたなぁ。
◆文化部って最高だなぁ
高校に入学して、文化部があると理解し、僕は驚いた。そして「そりゃあそうだ」とも思った。感動を覚えた。
人には、それぞれ、得意・不得意がある。好き嫌いもある。
それが認められない3年間を過ごしたせいで、それが認められている普通の世界に、僕は感動したのだ。
僕は、絵を描くのが得意だった。
当然、美術部に入る。もう、嫌いな長距離走などは、しなくていいんだ。
自由って、素晴らしいなぁ、って思ったのだ。
◆運動部の勧誘
2年生が、部活の勧誘で動く。「見るだけだから来い!」と、メッチャしつこく誘う。
チビでガリガリの僕だけなら、勧誘の声はかからない。でも、普通の体格のクラスメイトと歩いていたり、ガタイの良い友だちと歩いていると、『セット扱い』されて、なかば強制的に、部活の見学に連れてかれた。
見学している1年生を、3年生が、品定めする。
立派な体格の1年生には、満面の笑みで話す。楽し気に話し、「なに部に行く気?」とか「中学では何部だった?」と、それはそれは熱心に、口説きはじめるのだ。
そして、そのとなりの僕には、冷たいイチベツをくれるだけだ。なんなら、連れてきた2年生に、(なんだコイツは!)という、咎める視線を送ったりしている。
来たくもないのに連れてこられ、そして、不要物扱いをされる。柔道部とラグビー部は、とくに酷かった。
そんな運動部の先輩の、僕に対する扱いに、「仕方ない」と理解はできたものの、でも、少しだけ傷ついたりした。
◆ズン君
1人で美術部に行くのがイヤだった僕は、連れを探した。
同じ中学の豪くんは、まさかの「柔道部に入る」とか言い出してて、僕は、めっちゃ驚いた。
豪くんは、【100%文化部オーラ】を、まとっている。今でいう、オタクなのだ。バッグには、隠しカメラのレンズをセットする『穴』が空いているし。体育、苦手だったし。小太りだし、背も小さいし。マンガを描くのが趣味だし。格闘技好きでもなかった。僕と田代とのプロレス談議にも、豪くんが乗ってくることなどなかったのだ。
同じ中学出身の豪くんにフラれると、あとはみんな、他の中学出身だ。
ズン君は、僕の、2つ後ろの席だった。
僕と同じで、ガリガリだ。背も、僕より2~3センチ高いだけのチビだ。そして、身にまとっているオーラが、【100%文化部】なのだ。
僕は、ズン君に声をかけた。「なに部に入るつもり?」と。
ズン君は、「美術部」とこたえた。ビンゴだ!
僕は、ズン君と一緒に、放課後、美術部へと向かった。
◆体操部
美術部へ向かう途中、体育館を通るのだが、そこで、体操部の練習を目撃した。
「ズン君。ちょっと見たいんだ。いい?」
「あ、お、いいよ」
練習している、男子の体操部員は、2人だった。
交互にバク転をする。
バク転、バク転、バク転、と何度もバク転して、最後にバク宙。これを交互に行なった。
バク転は、後半になるにつれて速くなるのだった。つまり、なんとかバク転をしているのではなく、バク宙にもっていく【助走】のような意味にもなっているのだ。
これは、中国雑技団ではない。
ただの、体操部のようだ。
(・・・練習したら、僕も、できるようになるのだろうか?)
◆僕は、器用だった
僕は、自分のことを「運動神経がない」と思い込んでいた。
でも、今思えば、僕は器用だった。パワーが圧倒的に劣るので、そういう面では確実に劣っていたが、テクニック系なら、そこそこ、標準レベルか、いや、むしろ標準より少し上だった。今は、過去を分析して、そう思う。
マット運動は好きだった。
脚力がないから、跳び箱は嫌い。でも、逆立ちや、側転、飛び込み前転などは、かなり上手かったはずだ。
上手いか下手かもそうだが、僕は、そういうのはスキだった。
僕は、ズン君に、「もっと近くで見たいんだ」と言って、練習中の先輩に、思いっきり近づいた。ズン君が、美術部へ行っても良いと思った。でも、ズン君は、気を使ってか、僕についてきた。
◆狂喜乱舞
近づいた僕とズン君に、2人の先輩は、怪訝な表情を見せた。なので僕は、あわてて、「近くで見てイイですか?」と訊ねた。
「え? 見たいの? 俺たちを?」
「はい」
すると、先輩2人は、狂喜乱舞しハシャギまくったのだ。
「イエーイ」とか「やったあ~!」とか、とにかく、異常なほど盛り上がっているのだ。
「あ、あ、あの、まだ入るとは、その、」
「おお、そうかそうか、大丈夫。ま、自由に見てって」
間違いなく、歓迎されている。
この、僕とズン君の、【文化部オーラ100%コンビ】を目の前にしてでだ。なんか、こそばゆいやら、照れくさいやら。
とにかく、うれしかった。
柔道部やラグビー部の、無礼な扱いがあったおかげで、ここ、体操部での歓迎がメッチャ嬉しかった。歓迎の理由は謎だが、その謎への不安を大きく上回る、嬉しさがあった。
◆歓迎の理由
練習がひと段落ついたらしく、先輩が寄ってきた。
「体操に、興味あるの?」
「いや、見てて、凄いなぁ~って思って・・・」
「そうか~」
「あの~、たとえば、僕でもバク転って、できるようになるんですか?」
「ああ、そんなの簡単だよ」
「ええ~~~!!!???」
「簡単、簡単~!」
「僕、運動神経ないんですけど~」
「ぜんぜん問題ないよ~」
「ホントですか~」
「ホントホント!」
話してるのは、伸克先輩と僕がほとんどだった。キャプテンのサトシさんは、たまに話すけど、極端に口数が少ない。ズン君は、ほぼ無言だった。
「あの~。さっき、すごく喜んでましたけど~。あれって、なんでですか?」
「ああ~。・・・ウチ、2年生いないんだよ~」
「はあ~」
「だから、1年生が入らないと、廃部だろ」
「はあ」
「あきらめてたもんだからさ~、嬉しくってねぇ~」
なるほど。部の存続がかかっていたのか。極端な話、誰でもイイちゃ誰でもイイわけだ。だから、【文化部オーラ100%コンビ】でも、嬉しいんだ。
そう理解できた。
これは逆に、僕の警戒が解けた。騙そうとか、そんな変なワナはなさそうだ。
そして、理由は何であれ、『望まれていること』『歓迎されていること』が、とにかく、メッチャ嬉しかったのだ。
「僕、バク転できるようになるんだったら、体操部に入ります」
「ホントか⁉」
「はい」
「やったぁ~!」
また、サトシさんと伸克さんは、狂喜乱舞した。
ズン君も、僕につられて入部することになった。その場の空気ってヤツで、ズン君は断れなかったようだ。
◆その後を、超ザックリ説明
ズン君は、入部して1週間で辞めて、そもそもの美術部へ入部した。ズン君には、悪いことをしちゃった。
僕は、無事に、バク転もバク宙もできるようになった。高校1年生の夏休みに、何かの行事で、中学の同級生たちと小学校へ行った。
体操部に入った、と知った、なにかと僕に突っかかってくる小久保は、「体操部なら、バク転とかできんのかヨ~」と、挑発してきた。小久保の顔には、(どうせ運動オンチのお前は、まだ、できね~んだろ~)と書いてあった。
「できるよ」というと、予想通り、「なら、ここでやって見せろよ」という。
僕は、ロンダートからの、バク転、バク宙というタンブリングを、やって見せた。
見学者から、「高~い!!」という声が上がった。
素人のバク宙じゃないのだ。
僕の周りには、中学生の後輩が群がった。小久保は、失敗か、へなちょこバク転を期待し、そのあてが外れて、僕には近づかなくなった。
***
男子体操部は、なんとか廃部を免れたが、なんせ部員は、僕だけだった。
翌年、1年生は1人も入ってこなかったが、先輩たちのことを思うと、僕が辞めて体操部を潰すこともできなかった。
1年間、ひとりでの練習は、めっちゃ辛かった。
***
僕が3年生なると、1年生が、1人入部した。
やはり僕も、1年生の見学者が現れたとき、小躍りして喜んだ。
最初から「体操部に入る」と決めていた体操小僧で、その後、県大会で大活躍する、スーパールーキーの幸謙(こうけん)くんだ。
幸謙くんは、本気で、「将来は、ジャパンアクションクラブに行くんです」って言ってたなぁ。
幸謙くんのおかげで、僕は、体操部を廃部にすることはなかった。ちなみに幸謙くんは、大人になって、岩手県の体操協会の理事になった。
***
この、幸謙くんが現れたときの、「助かった~」という気持ち・・・。
「やったぁ~! 助かったぁ~!」、というシチュエーションは、小躍りするものなのだと、僕は、そう思う。
そして、2人以上なら、狂喜乱舞になる。そういうモノなんだと思う。
ちょっと、想像してみてほしい。
無人島で、なんとか1年間、自給自足で凌いだとする。そして、いよいよ、もうダメかもと思い始めた。あきらめの気持ちが頭をよぎるようになった。
そんなときに、通りかかった船が、自分の存在に気づいてくれたのだ!
これは、きっと、あなたでも【小躍り】するはずだ。
ゆかりちゃんだって【小躍り】する。踊れないゆかりちゃんでも【小躍り】するに決まっている。
そして、2人以上なら【狂喜乱舞】するハズだ。
これは、人間の本性の1つかもしれない。
この法則を発見したのは、じょーじだ。誰か、何かに認定し、そして、褒めてほしい。
◆男女4人夏物語
高校を卒業して2年目の夏。高校の同級生4人でドライブをした。
目的地は海。
男2人、女2人だ。
女子の1人は、クラスのマドンナだ。
あとでわかったのだが、もう一人の男子の星野くんも、マドンナが好きだったのだ。
海で遊んでいたら、星野くんが、「じょーじ、バク転しろよ」と言った。
「ほい」と、僕は、なんのためらいもなくバク転した。
でも、僕だけに聞こえたのだ。
「ビリビリビリ~~~!!!」という、裂ける音を。
僕は、腹部が流血しているものと思った。
幸い、1敵も、流血はなかったし、腹部も、べつに痛いわけでもない。
ただ、あの「ビリビリビリ~~~!!!」という音は、耳に残った。
ストレッチも何にもせずに、しかも、丸々2年ぶりに、いきなりバク転をしたからだろう。
そして、これ以降、31年。僕は、1度もバク転をしたことがない。
◆バク宙するジジイ
おじいさんで、バク宙できたらカッコイイと思う。
ただ、それだけの理由で、僕はトレーニングを開始したのだ。
だから、僕は今、足には『パワーアンクル』をつけている。足に重りを巻いて生活しているのだ。
今の重さには、もう慣れたので、重さを増そうと思っている。
たぶん、もう、バク宙が、できると思う。
脚力が足らないってことは、ない。
ただ、勇気がない。怖いのだ。
エバーマットの上で、失敗してもケガをしない、安全なところで練習すれば、チョチョイとできるようになる。
今、自分が思い描いている、自分のバク宙のイメージ(身体の動きのイメージ)。
そして、現実の動き。
そのギャップ。
安全なところで練習し、その、ギャップを埋めればいいのだ。
別に、埋めなくても、イメージの修正でも良いのだ。
イメージが正確になれば、少々、思っていたよりは高さがなくても、ケガをすることはない。最初からそれをわかっていれば、問題はない。
◆〆
来年になったら、体操クラブに連絡し、練習をさせてもらう。もちろん、ちゃんと月謝を払って練習する。
春までには、立派なバク宙を、ゆかりちゃんにお見せできるだろう。
「じょーじ! ステキ! 惚れなおしちゃった!」って、言ってもらいたいものだ。
そして、ゆかりちゃんの感想の、予想だ。
「じょーじ、わたし、まだ、1度も惚れてないからね~。だから、『惚れなおす』って、おかしくない~?」
こんなことを、ニヤニヤのドヤ顔で言うんじゃないかなぁ。
僕は、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。