【小説】ホテルNOBLESSE #2
僕の頭の中に浮かんだのは、(それだけ?)だった。
ベテランのパートさんは20年以上も働いている。それに対して30秒程度の説明だけなのだろうか。また、パートさんは、業務委託する別会社「プラム」に移っていただく、あるいは、当社の別な現場を紹介するって、具体的にはどういう意味なのだろうか。
「この職場が良いのなら、プラムに移れ」
「嫌なら別な現場ね」
という、なんか【強制】とか【脅し】というニュアンスを感じるが…。
山下さんが手を上げながら質問をした。
「こういう重大なことって、法律的にも、労働者に説明して納得や同意を得る必要がありますよね?」
これに対し副社長は、雑な返事しかしなかった。
「ん? ああ、あなたか。よく電話してくる。法的には問題ないですよ。弁護士を立てて争いましょうか。こっちは絶対に負けませんよ」
2人が、売り言葉に買い言葉をぶつけ合う。
互いに相手の言葉は聞いちゃいない。
僕は、はじめましての名も知らない副社長に腹が立った。
自社の長年働いてくれたパートさんに対して、「司法で戦いましょう」と経営幹部が言ったのだ。パートさんへの愛がないどころか感謝さえない。
「ちょっと待ってください。そんな言い方はあまりにも不誠実です」
僕は、無意識に一歩前に出て、大きな声を出していた。
「何が不誠実なんですか」と副社長。
「1分2分で済む話ではないと思います。説明会をすべきです」
「個別で、1人1人と話すから、それでいいでしょ」
「それでは、気の弱い人は何も言えなくなります。Aさんに言ったこととBさんに言ったことが違うかもしれないし。まずは全体に説明すべきです。その委託するプラムさんも一緒に集まる必要があります」
「プラムさんは関係ないでしょう。当社の問題ですから」
「パートさんは2月21日からは、プラムさんのパートさんとなるのですよね? だったら、どういう条件なのか事前に聞きたいのは当然です」
「同条件ですから」
「ブラッシュさんからそう言われて、あとでプラムさんから違う説明されたら困ります。ちゃんと事前にプラムさんの口から聞きたいです」と山下さんが言った。
「契約というのはちゃんと書面で交わすのですから」
「そんなこと言ったって」
僕は、話に割り込んだ。
「すみません。今ここには、派遣の、コミットさんのスタッフも3名います。僕を入れれば4名ですが。コミットさんのスタッフはどうなるのですか?」
「コミットさんは、2月21日からは、プラムさんと派遣契約を結んでいただきます」と副社長は言った。
「諸条件は変わりないのでしょうか?」と僕は重ねて聞いた。
「それは、ウチは関係なくなります。コミットさんとプラムさんとの話ですから。派遣契約というのは、というか、ウチはプラムさんにこの客室清掃事業を全て委託するのです。委託されたプラムさんが、コミットさんと派遣契約をし直すことになるのです。つまり……」
「いやいや、その長い話を縮めたら、『2月21日からはウチは関係なく知らん』って言っているだけに聞こえます」
どこからか、
「すみません、仕事が遅くなっちゃうんですけど~」と声が上がった。
「そうです、そうです。こんな状況ですから、説明会は絶対に必要ですよ」と、山下さんが言った。
「やります、やります。やるつもりでした。今日はそのためのアナウンスだったのです」と、それまで黙っていた常務が言った。
そのセリフには、取って付けた感がプンプン臭った。
常務は重ねて言う。
「まずはウチとパートさんで、個別で説明をしますから」
「個別ではなく、希望者全員に説明会をお願いします。そして、プラムさんも同席でお願いします」と、僕は念を押した。
「なんで? ウチとパートさんでいいでしょう」と常務は言う。
「もう、仕事しないとまずいですよ! 仕事仕事!」と佐藤さんが言って歩き出した。ガマンの限界だったようだ。
数人のパートさんが動き、すぐに全員が動き出した。
僕も、いつもの仕事にとりかかった。
リネン庫にあるデスクの上のPCのモニターを確認し、指示書を見直し、フロアーをどう回るかシミュレーションした。
その僕の所へ、常務が近づいてきた。数歩後ろに副社長もいる。
「これ、渡すつもりだったのだけど……」と、常務は、A4用紙の束を机に置いた。1センチ近くの厚さがあった。
(あ。ちゃんと色々と説明するつもりだったのか)と、僕はバツの悪さを感じたのだった。
でも、よく見たら冊子ではなかった。
ペラの印刷物を、人数分持ってきたらしい。
僕が、冊子の表紙と思ったのは、実は本文であり全文だったのだ。
(大きな変化なのに、4行のメモで済ますつもりだったのか)と想像し、僕は、目を丸くした。
事の重大さを分かっちゃいないのだ。
#3に続く