第312話 「じぶんの花を」相田みつをさんの作品から その5
【その4】で書かなかったが、ゆかりちゃんと出会ったのは、僕が不動産会社に勤めていた時期だ。
ゆかりちゃんは、「将来、わたしは、不動産会社の社長夫人?」って、そう少し思ったらしい。僕が、「いつか起業する」と言っていたからだ。
そして、ゆかりちゃんは、不動産屋 → 工務店 → タクシードライバーと、僕の七転八倒を、全て見聞きした。
岐阜県と横浜という、遠距離交際中に…。
こうして文章化するとわかるが、僕は、見事なまでに
【のた打ち回っていた】
のだが、このころのゆかりちゃんは、間違いなく、僕に惚れていた。
これは、もしかすると、『本能寺の変』と同じくらいの【謎】として、西暦2500年くらいの歴史学者を悩ませるかも・・・。
『ゆかりの変』、ってか。
◆職業に貴賎なし
『職業に貴賎なし』。僕は、この概念を教育業界時代に知り、真理と理解した。
そして、教育者ならば、『進路を考える生徒へ、きちんと教えるべきこと』と定義していた。
タクシードライバーまで落ちてみてわかった。僕は真理を「知っている」だけで、まったくもって「体得」していない。腑に落ちていないし、それどころか、本心では『貴賎ある』と考えているのだった。
僕は、『職業』を、そして『肩書』を、もの凄く気にしていて、タクシードライバーをしていることが、知り合いにバレるのがイヤで、とても怖かった。
「ここまで落ちたのか」と蔑まれ、または同情され、そして、目も合わせられない自分。そんな光景をリアルに想像した。
ほとんどの人は、おそらく、『(無意識で)職業に貴賎あり』という、世界観を持っているだろう。
そう思い、そんな世間へ向けて僕は、「職業に貴賎なしだ」と、大声で叫びたくて、それをガマンして、そして、『そんなことを気にしてない』という演技を、徹底する日々だった。(じょーじって、めんどくせ~)
自分が1番気にしている。
完全に矛盾している。
自分の職業に誇りを持てない僕が、「職業に貴賎なし」と叫びたがっているなんて。
「自分に言えば?」って、そうなるじゃないか。
世間じゃなく、自分に言え!
岸見流アドラー哲学の『幸せになる勇気』では、「職業に貴賎なし」を説いていて、なんとも情けないが、僕はそれを聞いて、すごく救われた気になった。
自己承認が足らないから、他者承認を求めるのだ。
これは真実だ。
僕は、自分が自分を認められないから、それを補償したくて、他者からの評価や賞賛が欲しかった。
過去の栄光を語る愚か者にはなりたくないから、過去の一切を、周りに語らなかった。そんな自分を、「過去の栄光を語らないから、偉いね」と、誰かに褒めてほしかった。
僕は、自己顕示欲がすさまじかった。
◆品川祐さんの一言
品川庄司の品川さんが言っていた。つい最近、聞いた。
「自分の楽しさを肯定する」「下とも同等、だから、上とも同等」「下の人を見下しちゃうと、上の人にへりくだることになる」「人の幸せ、だいたい一緒」
一言一句同じではない。でも、こういう意味のことを、品川さんは、サラッと言っていた。
こういう風に、僕は受け取った。
上の人を『仰ぎ見る視線』というのは、転じればそれは、下の人を『見下す視線』だから、だから僕は、どっちもしない。みんな同等だよ。
ちなみに、これ、岸見流アドラー哲学が、まったく同じことを言っている。
当時の僕は、・・・いや、今の僕も、輝かしい肩書の人を『仰ぎ見ている』。
つまり僕には、『他者を見下す』クセがある。もっと言うと、他者を見下して、優越感を得たいのだ。
誰かを見下したいのだ。(人でなしじゃないか!)
・・・そうだ。
きっと、そうだ。
悔しいが、認めるしかない。
そして、その1番の被害者が、ゆかりちゃんだったのだ。(ごめん)(2度としない)
◆僕は、肩書を飾ろうと目論む
タクシードライバーをしながら、僕は、不動産投資に興味を持つ。不動産投資への興味は、当然だが不動産会社勤務のときに芽生えた。
空室のリスクを考えると、アパートを1棟丸ごと買いたい。でも、そんな高額な融資が通るハズもない。でも、せめて1戸でイイ。分譲マンションの1戸でイイ。家賃収入を得る「大家さん」になりたい。
これは、単なる『タクシードライバー』から、『不動産投資家&タクシードライバー』という、肩書を変えたかったからに他ならない。
単なるタクシードライバーはカッコ悪いが、アンド不動産投資家なら、少しはカッコ良くなる。
それを目論んだ。
当時の僕は、これを否定するだろう。「そんなことはない」と。でも、今の僕にはわかる。
僕の肩書を、カッコ良くしたかった。それが1番の理由だった。(この、心がカッコ悪い)
◆「属性」という言葉
不動産会社勤務で、『属性』という言葉を知った。
「今回のお客さんは、属性が低いから、融資が厳しいかも」とか、「このお客さん、公務員! 属性、最高! 融資は問題なしだ!」などと使った。
これは、本来は金融業界の用語なのだろうか?
勤務先の業種、会社の規模、勤続年数、役職、職種、などで、その個人の【信用】がランク付けされる。それを「属性」と言っていた。
属性が高ければ、融資は通りやすく、属性が低ければ、融資は通りにくくなる。
タクシードライバーは、業種も職種も評価が低く、しかも僕は、転職したばかりで勤続年数も短い。僕の属性は底辺だ。そして、頭金もない。
おそらくは、勤続3年とかが必要になるのだろう。そして、100万円か200万円かの、頭金を作らないかぎり、投資物件のローン審査は通らないだろう。
僕は、自分の『属性』が、底辺だと自覚していた。
◆僕は、飾る目論見を止めない
不動産投資が不可能ならばと、僕は、フランチャイズでの起業を目論んだ。
便利屋、鍵屋、らーめん屋、焼肉屋、居酒屋、そうじ屋、コンビニ、と、ありとあらゆるフランチャイズを検討した。
始めなかったのは、開業資金がなかったからだ。
僕は、貯金することが壊滅的に下手だった。貯金すべき金額は、スナックでの飲み代&歌代で消えた。(どう? 僕、歌、上手いだろう~、にお金を使う)(貯金は、最低限の最低限)
こんなタイミングで、僕は、愛知県に引越し、ゆかりちゃんとの同居を始める。
◆唐突〆
昨日の朝だ。
僕は、出勤の準備を終えて、珈琲を入れようとしていた。時刻は6時36分。
ゆかりちゃんは、土曜日だから、まだ寝ている。
僕は、くしゃみをした。
「むにゃむにゃ」と、ゆかりちゃんが反応した。ドア越しに、ゆかりちゃんの声が聞こえる。
僕は、(ああ、僕のくしゃみで起こしちゃったかぁ)と。(ごめ~ん)、って思った。
「わたし、今日、臭うから~。ここで~」
「ん? どゆこと~?」
「ん? はっ! 寝言だ~! 寝てた~。夢見てた~」
「どんな夢~?」
「むにゃむにゃ」
(ま、いいか)
僕は、僕を許容し、僕を受け入れ、僕を認め、
面白い夢を見て、大きな声で、滑舌明瞭に、寝言を言う、
どうやら臭いらしい、
そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。
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![奈星 丞持(なせ じょーじ)|文筆家](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/76807197/profile_1b131e63b956beac74502f9366356404.jpg?width=600&crop=1:1,smart)