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第194話 ゆかりちゃんに耳あり、ゆかりちゃんに目あり
何日かまえの朝の散歩は、小雨が降っていた。これまでは、雨ならば散歩は中止したのに、この日は「傘をさして歩こう」と思ったのだった。
これ以前は、片耳だけイヤホンをし音声だけで充分な、本の要約動画か、キンコン西野さんのボイシーを聞きながら歩いていたのだが、
ジュリア・キャメロン著 サンマーク出版『いくつになっても、「ずっとやりたかったこと」をやりなさい。』
こちらを読んで(正確には、まだ8%しか読んでいない)からは、スマホを持たずに歩いている。
ソロ・ウォーキングだ。
五感を使って、散歩するのだ。すると、確かにいろいろなことに気づく。雨の早朝なのに、コオロギが鳴いているとか、「ああ、昔から、水の匂い、好きなんだよなぁ」とか。別な日の朝のことだが、グレーだった雲が、だんだんとピンク色に変わり、この季節の朝焼けは、オレンジというよりはピンク色なんだと気づいたりした。
それがソロ・ウォーキングで、こういう気づきが大切だとキャメロンさんは説いているのだ。(たぶん。なんせ8%だから)
◆居酒屋にて
ひと月と少し前のことだ。
僕とゆかりちゃんは、ふたりで居酒屋へ行った。狭い店のカウンター席に並んで座った。ほかにテーブル席がいくつかあって、若い男が2人で飲んでいた。20代のサラリーマンだ。
若者のひとりの声がデカかった。もう一人は、完全に聞き役だ。相づちしかしていない。
僕は、少しそう思っただけだ。しかし、この若者の会話に、ゆかりちゃんが食いついた。
「うちの子たちな、気がする」
「会話が、単語が、ほら、佐藤さんって言ったし!」
「ホニャらら(業界用語)、って言ったし。少なくとも同業者であることは、間違いない」
「○○支店って言ったし~」
ゆかりちゃんは、耳がダンボ状態だ。
ゆかりちゃんがトイレに行って、その帰り。
「あら~! 田中君~!! 元気やった~?」
「あっ、ゆかりさん! お久しぶりです。え? 飲んでたんですか?」
「そうなのよ~。会話からして『もしかして?』なんて思ってたんだけどね~。田中君だったのか~。そちらは?」
「あ、佐藤です」
「佐藤君も、うちだったんです。同期で、2年間」
「あ、そーなんや~。で、田中君は、今は?」
「○○支店です」
「あ、そうなの~」
「佐藤君は、うちを辞めて、今はIT企業でバリバリに働いてて」
「そ~なの~」
「あ、はい」
「ゆかりさんは、今は?」 (※注 転勤が頻繁にある業界なのだ)
「わたしは○○支店」
「ああ、小規模店ですよね」
「そうそう」
「え~っと、僕の知っている人っています?」
「いないねぇ~」
「女子って、何人?」
「5人やよ~」
「えっと、若い人は?」
「みんなオバちゃん。1番若いのが37」
3人大爆笑。
◆座右の銘
ゆかりちゃんの座右の銘は「1日1笑」だ。
居酒屋のキャッチコピーではない。ゆかりちゃんの座右の銘だ。今、すこしイジったけど、実は、ステキな座右の銘だと思っている。
ゆかりちゃんは、明るく楽しいことが大好きだ。「1日に、たった1つでもイイから、笑いをとる! とりたい!」 そういうことなのだ。
「1番若いのが37」
これで、大爆笑がとれてしまっている。僕はそれを見た。目の当たりにした。
これは凄い。
ま、20代の男子にとっては、1番若い女子が37歳の支店には、そりゃあ、できれば転勤はしたくない。
笑うしかない。そういうことなのだ。
◆壁に耳あり障子に目あり
「壁に耳あり障子に目あり」は、ことわざだ。
ゆかりちゃんは、たまたま通りかかっただけで、それ以外、縁のない家の【自転車置き場の屋根がヒモでくくられている】のを見逃さない。わずかな信号待ちの時間で、発見している。
同じマンション内の、だれだれさんが「いる」とか「今日はいない」とか、車はナニナニに乗っているとか、何人暮らしだとか、それはもう、関心するほどに、マンション内全家庭のおおよそを把握している。
すごい【目】を持っているのだ。
そして、この居酒屋では、すごい【耳】まで持っていると証明してみせた。
まるで、壁に耳があったとしか思えない。
まるで、障子に目があったとしか思えない。
いにしえの方々が、そんなことを経験したから、「壁に耳あり障子に目あり」ということわざが生まれたのだろう。
壁も、障子も、ゆかりちゃんだったのだ。
おそらくは、多くの男性は、見られることも聞かれてしまうことも無頓着だ。逆に、多くの女性は、見られることも聞かれてしまうことも、かなり気にする。気になる。
さらに女性は、見ることや聞くことは、基本、好きなのだろう。敏感になってしまう。見えてしまうし、聞こえてしまう。そいうものなんだろう。
そしてそして、くノ一(くのいち)が、戦国時代に諜報活動で活躍したのかもしれない。
そしてそしてそして、ゆかりちゃんは、その血を引いているのかもしれない。
◆〆
ゆかりちゃんは、日々、しょっちゅう、ソロ・ウォーキングをしているようなものだ。
五感を使って、見えるものを見て、聞こえるものを聞いているのだから。
ソロ・ウォーキングの残念なところは、ひとりで歩くという点だ。ゆかりちゃんと散歩をした場合は、ソロ・ウォーキングにならない。
ソロ・ウォーキングはソロ・ウォーキング。散歩は散歩と、どちらも楽しむことにしよう。
僕は、たまには、ゆかりちゃんと散歩がしたいのだ。
僕は、ゆかりちゃんが大好きなのだ。
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![奈星 丞持(なせ じょーじ)|文筆家](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/76807197/profile_1b131e63b956beac74502f9366356404.jpg?width=600&crop=1:1,smart)