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第306話 この不思議な当りまえを、きちんと言語化できるのだろうか?


会社の先輩の、中原さんが亡くなった。

突然だった。

年齢は、69歳とか。

僕との関係は、挨拶をする程度だ。仕事での会話のやりとり以外、ほとんど話したことはない。

仲は悪くない。

中原さんは真面目に仕事に取り組んでいるし、他の方のように愚痴もこぼさない。無駄話をほとんど誰ともせずに、仕事が終わればサッサと帰るというタイプ。

僕は、そういうタイプの方には、好感を抱く。

わが社(わが営業所かも。他をしらないから)は、愚痴や陰グチが多い。小言も多い。男が多いのに、噂話が絶えない。

そんな職場にも、ホンの少しだけ、陰グチを言わない人がいる。

中原さんは、その少数派の1人だった。


◆警察からの電話

僕が電話をとった。夜8時ごろだっただろうか。

警官は、所属や名前を名乗って、

「中原太郎さんって、そちらで勤務されていますか?」

と質問してきた。

「ええ」

とこたえて、僕は想像を巡らした。

駐車禁止か? いや、今日は休みだ。なら、何か落とし物をして、それが届けられたのか?


警官は、こう続けた。

「驚かれるかもしれませんが、先に、ハッキリ申し上げますと、中原さんが、お亡くなりになったのです」


◆ホントは、いろいろ聞きたい

中原さんは、有給休暇をとって、3連休の最終日だった。

警官は、

「いつまで出勤されたいましたか?」

「体調がすぐれないとか、聞いたことは、ありませんでしたか?」

「4日前は、何時に帰ったのでしょうか?」

など、次々と質問した。


僕は・・・、僕も、質問したかった。

死因は? 発見場所は? 発見者は? などだ。

でも、その質問は、はばかられ、僕はできなかった。

変死なら、死因はこれから調べるのだろうから、警官も答えようがない可能性が高い。そして、変死でないのなら、勤務先に電話はしないと思われた。

そしてなによりも、そんな質問をするのが、『不謹慎』に該当するかもしれない、と思ったのだ。

先輩の死に直面して、ミステリー好きの好奇心的な質問をするのか?と、僕の中のリトルじょーじが囁いた。

僕の、業務上の『仕事』は、帰宅してしまっている所長に連絡することだ。


◆誰も泣かない

僕と警官との電話を、その場にいた3人が聞いていた。

所長に電話して、状況説明し指示を仰いだ。本社も、もう誰もいない時間だし、全ては明日で良いとのことだった。


僕を含め4人で、中原さんの死を聞いたゆえの『雑談』となった。

雑談は、10分ぐらいだったか。

僕は、ふと思った。(誰も泣かない)と。(僕も、泣きそうになっていない)と。

涙を流す者もいないし、ウルっとする者もいない。僕も、驚きやショックはあったが、涙が出る気配はない。

僕は、不思議に思った。

人が1人亡くなったのだ。涙が出る出ないの、その違いはいったい何なのだろうか。

論理的に、言語化できる気がしない。

人に聞いても、「そんなものだよ~」とか「まあ、普通だよ」「あたりまえのことだよ」などと流されそうだ。

普通なのはわかる。でも、その普通が、僕には不思議に感じるのだ。なんで、中原さんの死では、僕は涙しないのだろう?


◆「例えるとね」

昔、誰かに聞いた。

「例えるとね。わが子が転んだら、その【辛さや悲しさ】は、他人の子が死んだときに感じる【辛さや悲しさ】と、同じくらいなんだって」

そのときは、(そういうもんかなぁ)と(そうかなぁ)と、両方思った記憶がある。そして僕は、聞き流したはずだ。


中原さんの死は、娘が転んだときに感じるショックや悲しさなのか?

娘が転んだくらいでは、確かに、僕は涙を浮かべたりこぼしたりしないだろう。

もしかしたなら、ちょうどイイ、例えなのかもしれない。

だが、【なぜ?】そうなのだろうか?


◆他者のことでも泣いたりする

僕は、涙もろいから、他者のことでも良く泣く。ウルウルする。

それは、他者が死をともなってなくても起こる。

超がんばって、目標達成したとか。逆に、あと僅かで、目標達成できなかったとか。

【死】ほどの、重い出来事ではないハズなのに、どうしてだろう?

昔、お父ちゃんや親友の田代が亡くなったときは、現実感がなく、涙はすぐには出なかった。

でも明らかに、今回は、それとは違う。


共感?

自分が悲しくての涙と、その人の悲しさがわかるからの涙、とかか?

なんか、分析も可能な気もするが、そう簡単に答えにはたどり着きそうはない。

頭の片隅に置いて、いつか言語化したいものだ。


◆後日談

この翌日、中原さんの息子さんから電話があって、だいたいのことがわかった。

息子さんは、一人暮らしの中原さん宅に、ちょくちょく顔を出していた。そして、風呂場で亡くなっている中原さんを発見した。

息子さんは警察に電話し、現場検証が行なわれ、警官は、必要な聞き込みの1つとして、勤務先に電話してきた。

そういうことらしい。

死因は、心不全ではないかと言っていた。


◆唐突〆

まったく関係のない〆になる。名付けて『唐突〆』だ。


ちょっとまえに、ゆかりちゃんの言った「せっちんぐ」を、僕は、ぶりっ子発言と思って、そう記事にも書いた。

「かわいい」と言わずに、「かわゆい」とか、「か~わ~い~い~~」と言ったりするヤツと、同種と思ったのだ。

まいっちんぐマチコ先生の、「まいっちんぐ」も、僕は連想した。


事実は違った。

「せっちんグー、の『せっちんぐ』だよ」

と、ゆかりちゃんは教えてくれた。

はは~ん。なるほど。そのイントネーションで、僕はわかった。

エド・はるみの「グーググーグ、グーググーグ、グーググーグ、コォーーー!」の、あのネタ的な「せっちんグー」だったんだ。


(いやいや、セッティングだから)

(たぶん、エド・はるみは「せっちんグー」なんて、言ってないから)

(言ったとしたなら「セッティン、グー!」だから)


・・・思っても、僕は言わない。


(ちょっと、エド・はるみは、古くね?)


・・・やはり、思っても言わない。

そして、(僕の、『まいっちんぐマチコ先生』も、かなり古いなぁ)と思った。


話しを整理すると、ゆかりちゃんの言った「せっちんぐ」は、ぶりっ子言葉ではなく、エド・はるみのギャグのパクリだった、となる。

僕は、そんなギャグをしてくれるゆかりちゃんが、もう~、大好きでたまらないのだ。




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奈星 丞持(なせ じょーじ)|文筆家
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