涙割り酒場
僕はお酒が大好きなんです。毎晩の1人で晩の酌は欠かさないくらい好きなんです。かといって、酒豪かと言われるとそうでもなく、自分の好きな量を好きな分だけ飲んでぐっすり眠るのが日課なんです。
家で飲むことの方が多くて、誰かと飲みに行くのも好きなのですが、お家でしみじみ飲むのが好きなんです。でも、ふと1人でふらっと赤提灯のポツンと1軒ある飲み屋さんに飛び込んでみたりもするんです。
この前の休日も、家の掃除やから買い出しやらを済ませてたら、今日も晩酌をしようと思い付けっ放しのテレビにふと目をやると、触っただけで、麦の種類が全部わかる小学生の特集をやっていたので、気持ち悪くなって、家の用事もそこそこに、1人飲み屋に飛び込みました。
19時ごろだったと思うんですが、店に入るのとカウンターで1人のハーフっぽい40代の女性が何のつまみも食べずに、飲んでいました。
僕は人見知りですし、はじめての飲み屋ということもあり、黙って飲んでいました。その女性も何も話さずただお酒を飲み、マスターも話しかけることもせず、淡々と仕事をしていました。
しばらくして、何の気なしに、ふと彼女の方を見ると、なんとグラスに額をあてて、肩を揺らしてすすり泣いていたんです。それも涙の量は顔をびしゃびしゃに濡らすほど泣いていて、おしぼりを何枚も使った様子がありました。グラスに額を押し当てているので、涙がお酒にドバドバ、水道をひねったごとく、入っていきました。
驚いてマスターの顔を見ても、マスターは何も気にしていませんでした。店には僕を含め3人しかいなかったので、彼女はなぜ、なぜ泣いているのか、なぜグラスに額を押し当てているのか、じっと見ていると、彼女が僕の方を見て、「何がご用意?」と泣き顔で聞いてきたんです。
僕は「いえ、、、ただ、なぜ泣いているのかと思って、、、悲しいことでもありましたか?」「僕で良ければ」と言った途端、彼女は「女が泣いている時が必ずしも悲しい時と思わないでね」と言い、30分ほど沈黙が続きました。
そして、彼女は会計を済ませて店を出る寸前に、僕だけに向かって「流す涙で割る酒が女のご褒美よ」と言い帰って行きました。