【ミニ小説】 迷い込んだ空間で
一,
「迷子になったな…」
ひとり呟いてみたがなにも変わらない
あたりまえだ
周囲には誰もいないのだから。
閑散とした空間で ひとり考えを巡らせる
なぜ出口が消えたのか
入口といった方が正しいのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。
先程入ってきたはずのそれは、
わたしの気付かない間に
消えてなくなっていた。
いや、そうではない
透明な壁で塞がれていたのだ。
二,
「迷子…ではないか」
またひとり呟いてみる。
そうだ、迷子になったわけではない。
誰かとはぐれたわけではないし
ましてや子どもでもない。
目的もなく、ただ旅をしていただけじゃないか。
入口が消えただけで
出口が無いと決まったわけではない
何を焦るというのだ。
三,
「 風… 」
原因はわかっていた。
気流が無い。
というより、不自然なのだ。
淀んだ空気
息苦しい温度
それは、今まで体験したことのない
違和感であった。
閉鎖された空間にいることを
嫌でも感じてしまう。
早くここから抜け出さなければ。
小さく吐いたその息は、
目の前でスッと、消え落ちていったようだった。
四,
『じっとしていても何も始まらない。』
苛立つほどジメつく空気の中
“探険”を開始する
・ ・ ・ 。
カッコつけているわけではない!
自分を鼓舞するための名目である。
無造作に動き回るにも勇気がいるのだ。
と
誰も聞きやしない、そんな言い訳を考えて
出口から気が逸れたからだろうか、
何もないと思い込んでいたこの空間が
物で溢れかえっていることに気付いた。
『目の前だけを見ていてはいけない』
いつもの悪い癖である。
混沌とした空間をじっと見下ろす
分厚い板、薄い布、動物の皮、小さな木々。
それだけではない
見たことのない物体が、
数えきれないほど置かれているようだった。
出口への手掛かりはないだろうか。
少しの期待と好奇心。
まるで何かに吸い込まれるかのように
下に広がる空間へと降りていく。
五,
『ピッ』
微かではあったが音が響いた。
「!?」
些細な音に驚いてしまった自分に、
苛立ちを覚える。
まるで物色していることに
後ろめたさがあったみたいではないか。
『もうこんな音に驚くもんか。』
—— そんな決心はさておき、
先程の音は一体何だったのか。
小鳥の鳴声に似ていたが、
それなら驚くはずはない…。
音の正体を突き止めようとしたのだが、
何処から聞こえたのか
何の音だったのか、
結局わからなかった。
唯一わかったことは、
それらしきものは見当たらないということ。
何かの予兆だろうか?
それとも、闇雲にうろつく私への警告だろうか?
聞いたことの無い、正体不明の 『何か』 は
わたしの足を重くした。
六,
同じ景色を眺め周って
全身に疲れが溜まっていた。
出口を探し始めてから
どれくらいたったのだろうか…。
幸い空腹は満たされていた。
つい先程、食料スポットを見つけたのだ。
——— 甘い匂いに誘われ、発見した細い隙間。
わたしの体でギリギリ入り込むことのできる
その隙間の先には、
四方を壁で囲われた、薄暗い空間。
地面には、床の存在を確認できないほど
大量のお菓子の袋が置かれている。
『少しくらい食べてもバレないだろう』
という言い訳が、
これほどピッタリ合う状況は初めてだった。
食べかけの袋が目に止まる。
この中の物を食べるなら安全だろう。
『ご自由にどうぞ』
という、恐ろしい言葉も書かれていないのだ…。
———と、満腹になるまで食べ続けたわたしは
少しの間、ここで休憩をすることにした。
七,
『……うるさいなぁ…』
「 !!」
完全に油断していた。
いつの間にか寝てしまっていたのだ。
何者かの話し声で目覚めたわたしは
慌てて周囲を確認する。
依然として薄暗い部屋の中。
入ってきた隙間からは何も見えない
が、気配は確実に迫ってきていた。
全身を振動させるような低い声。
その発生源が、
ゆっくりと近づいて来る。
ここから抜け出すべきか。
それとも隠れていれば見つからないだろうか。
そういえばなんだか寒くないか、、、?
さっきまではジメついていたのだが、、、。
『 ガタガタガタッ 』
突然、地面が激しく揺れ
部屋全体が眩しい光で覆われた。
———何が起こったんだ!?
お菓子の足場に埋もれそうになりながら、
なんとか体勢を持ち直す。
天井にライトなんて、無かったはず……
そう見上げた瞬間、
信じられない光景が広がっていた———。
八,
全力で逃げた。
眠気、寒気、恐怖すらも吹き飛ばすほどに。
腹の中に溜めたお菓子のカタマリは、
完全に錘と化していた。
“ さっきのあれはなんだ!? ”
“ あの生き物は一体……? ”
見たことのない
聞いたこともない
巨大なからだ、知らないことば
私に話しかけていたのか?
そんなはずはない…
やつの眼中に私はいなかった。
———大きなあの振動は、天井が開いた音だった。
真上から覗き込んできた謎の巨大生物は
腕を伸ばし、お菓子を漁り、
貪るように食べ始めたのだ。
『お菓子に夢中になっている隙に…』
今思えば、味方の可能性もあったのだろうが
未知との遭遇に、そんな余裕は全く無かった。
いつの間に開いた天井から抜け出し、
出口が消えたあの場所まで戻ろうと試みた。
九,
———あともう少し…。
ヘトヘトになりながらも、とにかく逃げた。
光りを放つあの透明の壁は、
もう、すぐそこに迫ってきている。
着いたところで、出口があるわけでは———
そんなことはわかっていた。
だが、それでも戻りたいと思った。
出口が消えたあの場所に。
できれば、迷い込む前のあの時に…
後方を確認する。
奴の姿はもう見えない。
声も遠くから聞こえるまでになっていた。
奴は追って来ていない。
もう大丈夫そうだ…
熱と疲労を抱えた体には、
心地よい風が吹いていた。
十,
長い間、透明な壁を眺めるかのように
ただ立ち尽くしていた。
きっといつかは出られる。
出口にきっと辿り着く。
万が一、もしも、もう出られないのならば…
それなら、放浪生活はここで止めだ。
ずっとここで暮らしてやろう。
あいつとも、仲良くなってやろうじゃないか。
それに…食べ物にだって困らないのだ。
最高じゃないか。
気づいたら強気を装って嘯いていた。
『空腹を満たしただけで、
何の手がかりも掴むことができなかった。
これでは、振り出しに戻っただけじゃないか。
ここで生きていける保証なんて無いのに。』
そんな心の声に、
耳を傾けてしまわないように…。
“ いつかきっと、出口は現れる。”
あの時覚えた空気の違和感は、
もうすでに無くなっていた。
『また明日、探険に出よう。』
と、眠りにつこうとしたその時
突然吹いてきた強烈な風に、
わたしの背中は酷く打ちつけられたのだった———
十二,
「あれ?いつの間にか閉まっているじゃない。
換気をしようとしていたのに。」
観葉植物に水をやりながら、女は疑問を呈する。
「そうだったのか、いや、エアコンを効かせよう
とおもってね。」
「窓、開けておいた方がいいかい?」
男は引き出しを戻し、お菓子を貪りながらリビングへと向かう。
「そうね。———あ、やっぱりいいわ。」
「ん?どうかした?」
「開けておくと虫が入って来てしまうみたい。」
女が向けた人差し指のずっと上の方に
“奴” はいた。
「それ、
▶︎ [捕まえて] [逃して]くれるかしら?」
おわり。