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「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」
閉め切られた襖の向こうから聞こえて来るのは、あからさまに手の抜かれた坊主の読経だ。
本谷有希子の作品を初めて読んでみた。この人は自らの劇団を主宰する劇作家でもあるそうだ。
書き出しはこんな感じ。しかし読んでいて引っかかる文章表現が多く、イメージを明確にするのによい意味で手間がかかる文体だと感じた。
もう誰も思い出せないほど昔からこの家で活動する扇風機の生温かい送風を受け、彼女の短い黒髪、制服のスカートの裾だけがもがく生き物と化し、バタバタとはためいては逃亡の意志を見せている。
まるで体が分解してしまうことを拒むように両肘に回された十本の指。それらが薄い産毛の生え揃う腕の肉へしっかりと食い込み、彼女の主張らしきものを垣間見せていた。
舞台や映像の場面をクリアにするための文章かな。歪んだ性格の姉妹を中心にした怖い話だから、不気味な雰囲気を出すためにも情景の細部にこだわるのは当然かもしれない。他の作品を読んでいないので決めつけることはできないけれど。「栞のテーマ」さんが、安全なところから危ないものを見る・・・という意味のことを書いていらしたけれど、私の場合「安全なところ」と言い切れない部分があるために少々つらかった。だから他の作品は当分読めそうもない。
まあしかし、怖いもの見たさで楽しめる作品ではあるし、笑えるところもあるからね。特に姉は滑稽だ。こういう人っていそうな気がする。また心底怖いのは妹だね。