【小説】銀座のネオンの夜 ①
■虹色のネオン
冬の冷たい風が体を突いた。痛かった。
有楽町駅から歩いて銀座の街に出かけるところだった。駅の喧騒や電車の通る音。人の波や騒がしさは冬の寒さを和らげてくれた。
寒いと人恋しくなる。
ロングコートを買ったほうが良い。そう考えたのは何回か出勤した後だった。
12月だった。
これから銀座のスナックに働きに行く。その第一日目。
ところでなぜそうなったのか?について説明したい。
。。。
それは先輩の佐紀さんのおすすめが発端だった。
「香織は話がうまいし面白いから。楽しそうにニコニコ聞かせているし。仕事をかえてもいいくらいだね。モテるし。あなたって本当にモテるよね」
知りませんでした。そうだったんですか。
10月の人事異動でクリエイティブから社長直轄の社長室総務系部門に移ることになり、定時出勤、五時半帰りになったのだ。
。。。
「向いてる、むいてる~、お、あ!むいてる~おおー」。
この方は社内の事情通で何でも知っている人だった。そういう人がいうならそうなんだろう。
秘密は絶対に守る人なので、「モテるのはいいとして誰が私を?」ときいても無駄である。
ただしヒントはくれる。
〇〇さんが私と話したがっている等々。
「話せばいいのに」といったらしく
「こっちはどうやって話しかければいいのか困ってるんだってば!」って怒鳴りだしたからみんなで笑っちゃった。などという言い方で教えてくれた。
ダッフルコートで行く。街の夜の雰囲気とは違い、そういう人も見かけない街だが、なにより脚が寒いのでロングコート。
高架で東西にさえぎるものが何もなく、いつも都会の風が吹き荒れている。夏は良いが真冬ともなると、電車が来るまでのたった数分を耐えるのでさえつらくなる。
勤務して3週間が過ぎた時だった。
「すぐ辞めたら困るので黙っていたけど、いくらなんでも仕事を舐めすぎでしょう?その長いスカート。ひざは出しなさいよ」
ここまで怒るものか?とおどろくほどの勢いで目を吊り上げてママが怒り出した。
やはりそういうものか。
「せめて膝はしっかりみせないと?店に色気が出ないでしょう?」
ところで自分はみせていないではないか?
見せる様な歳でもないのかな?
というか和服だし。
20代は見せる役?あの長老ホステスの方々のお客様。経費でしか払わない課長や部長様は、こちらの足を眺めながら、ベテランたちに話しかけるのか?
そういうものなのか?
まあいい。なんでもいい。わかりました。はい。
そういうことで外では厳重防寒のロングコートになった。
■佐紀と啓太
今日は駅に早く着きすぎた。ホームの西側の端っこで、わたしは両手でわが身を抱き、入店時間まで休憩をとることにした。歯の根が合わない。凍りついている。
いつもは開店前に一足早く入り、新人がすべき仕事として掃除をする。一番に鍵を開け、ドアを押す。ドアには鈴の音のチャイムがついており、その音にネズミは驚いて、大勢でチュチュチュと鳴き声を上げて大移動する。
銀座で驚いたのは、まずそのネズミだった。壁の面積の二分の一がネズミで黒くおおわれているほど多い。
まずはそのネズミの群れが落とす糞の掃除から始まった――。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。
駅のベンチに座った背後から声をかけられたのは、これからのことを考えているときだった。
「元気?」
勢いよく振り返ったわたしは、そこに立っていた人物を見て、驚いた。
七歳年上の会社の先輩。例の本気か冗談かわからない感じで薦めてきた佐紀さんだった。
秋まで同じ部署だった人。
こういう時は警戒したほうが良い。とあることで完ぺきな隠ぺいが明るみになったことがある。
会うはずのない二人で東名高速のサービスエリアにいたところを社内の人に見られ、翌週大暴露ということもあった。密会していたのではなく言いふらす必要がなかったので黙っていただけである。
よくよく考えてみるとこの接客の仕事が向いているというので言われたとおりにしているだけである。
隠す必要はないのかもしれない。
佐紀さんは私相手ならお金を出しても話したい人はいるだろう、多いだろう、というのであった。
合コンの時もそうだったではないか という。
あれは好き嫌いを後回しにして、そうと気づかせずに、おもてなしをているわけ。佐紀さんもそうであったはず。豹変していた。
この副業は誰にも話していないこと。悟られないよう誤魔化したいところだが、隠すまでもなく、急ぎ誰かと会う予定だったらしく、佐紀さんは
「かいものかーい?」と笑いながら手を振りながら消えていった。
。。。
銀座は店ごとにだいぶ色が違う。ついた客層で店の雰囲気が全く違う。
派手な業界の人が来る店、複数の不動産を持つオーナー社長が愛人をママにして君臨している店、近くの新聞社や広告代理店がついた店、あるいは霞が関の役人を接待する店もある。芸能人が多い店もあることだろう。
新橋などで夕食を取り、軽くひっかけてからくる方が多かった。
来店時ですでに完全に酔っぱらっている人は、、、緊張している方か慣れていないタイプでしょう。
週二日勤めることになったこの『鴎』は商談、あるいは管理職が若い部下を連れてくる場合がほとんどだった。
若い方の相手は同じ年頃のホステスに回される。上に見込まれたから若い人は連れてこられる。
社内派閥もあるのだろう。
「難しい話についてこれるかな? 目玉焼きは英語でなんて言うか知っている?」
「アイグリル」
「それでいいの?」
「冗談です。サニーサイドアップ」
「えええ?なんでしってんの?」
「馬鹿と思っていたな?」
堅物風のまじめな雰囲気、硬い仕事の割によく笑う気さくな人だ。日本銀行勤務か。
出た大学は東大なのかいつか聞いてみたい。
私は運命の分岐点にいる可能性があるようだ。
この日本銀行に勤務している歳の近そうな後藤さんという方は私に囁いてきた。
「外資系投資銀行のアメリカ人の友人を君に紹介したい。スタンフォードの情報工学マスターでとても頭がいいよ。マイケル・エドバーグ。マイケルでいい。もしかしたら源氏名安奈さんもかなりお金を稼げるよ。安奈さんは英語を話せるし今度連れてくるかな」
「私は話せるんですか?」
「今の発音で分かった。彼は頭が良すぎてそれが怖いけど根は良い人。日銀の研修留学先のルームメイトだったんだ」
“根は良い人”と言われる人はたいてい根っからの善人ではない。
意外と気を使えるのもいいし、静かに眺めてサービスしようとするタイプかな?
と小さく独り言を言った。
「安奈さんは行動力はないけどやりだすと開き直りとことんやる繊細な人。あの馬鹿なノー天気な受け答えがわざとだったなら、とても気遣いができる」
悪口でも誉め言葉でも多くの場合は自分の影を投げている。つまり自己紹介である場合が多い。
この数字を扱う仕事らしい後藤啓太さんはそういうひとなのか?
「おれもそうなんだよなぁ」
やはり図星だった。
行動力はないけどやりだすとやる?だれでもそうではないか?誰にでもいえることの類。
「私はそうかな?違う気がするけども、もしそうなら新鮮な発見、でもそういう方なら先輩にいますよ? かなり頭の良い方でー、そちらに合わせて名前をお伝えすると佐紀さん」
二三回軽く頷き、そして低い声でゆっくりとつぶやいた。
いろいろと話したいことは多い。
やがてわかる。
「おい、帰るぞ」
と上司に言われて礼儀正しくそのまま店を出て行った。
もうすぐ閉店の時間だ。
先週から閉店時の歌は私の担当になった。
昔の歌なのに今も歌い続けられる歌がある。
テレサテンなどは飲み屋向きの歌であるからだろう。
この店では『そっとお休み』
今日もありがとうございました、楽しいひと時を過ごしていただけたでしょうか?今日は皆様の歌で大変盛り上がりました、こちらこそ楽しい時間でしたお礼申し上げます。またのお越しを、、、
🎵独りぼっちの―部屋で いまはいないーあなたに
そっとー そっとー おやーすみーなーさいー🎵
後藤さん。適当なことを言ってもう来ない可能性もあるな?
次回へ続く
弘中綾香さん
これは六本木風味