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新卒で就いた仕事が全てじゃないよ、という話

たまたま、今後の進路に悩んでいる子に立て続けに会い、時代は全く違うけど、私の就職活動や社会人生活を話すことになった。

高校生の頃に音楽ライターになりたいと思った私は、大学でもマスコミ学とか社会学とか音楽芸術系の講義を積極的に受講し、4年時の就活では、出版社や音楽メディアを片っ端から受けた。

しかし、ただでさえマスコミは狭き門。しかも私の就活時期はいわゆる「就職氷河期」。エントリーシートで落とされることもザラだった。
応募したところ全て落ち、ストレスで風邪をこじらせ肺炎になり、春の就活で全滅なのに、更に採用数が減る秋採用に受かるわけないとマスコミは諦め、仕事に出来そうな接客・サービス業に切り替え、早々に内定が出た企業に決め、夏には就活をやめた。

入社した企業は、今なら完全なブラック企業だったが、新卒だから、まぁ業界的にそんなもんなんだろうと丸5年働いた。体調崩したり、声潰したりしたけど、もっと大変そうな社員は沢山いたから自分はまだまだ甘いなと思っていた(今で言う、やりがい搾取)。
でも、売場責任者も店舗の副店長もやって、まぁやり切ったと思うところで結婚することになったので、そこはサクッと辞められた。

結婚してからは、新卒の接客業のスキルを活かしながら、妊娠してもギリギリまでやれるオペレーターという仕事を選んで働いていたけれど、相手のDVで離婚することになったのでその仕事を続ける意味が無くなったので辞めた。

その後は、かつて目指していた青年海外協力隊に応募すべく、接客業でアルバイトしながら国際協力のNGOでインターン。ちなみに接客業のアルバイトは、新卒時の副店長までやったというキャリアで、面接前に採用が決まっていたらしい。

協力隊への応募が2回連続で不採用になった時、インターン同期から「マイさんは接客業という社会人キャリアがあるんだから、それを活かして国内で国際協力に関わるというのもありなんじゃない?」というアドバイスを受けて、国内でフェアトレードとか途上国で起業している会社を探して、その中でも正社員求人していた企業に応募し、無事採用された。その企業で1年くらい働いた時期に、東日本大震災があった。

震災前から、接客業という仕事をずっと続けるのか迷いはあった。安くはない商品を買ってもらうためには、ある程度富裕層の人たちに、接客トークやサービスで気持ち良くなってもらって購入につなげなくてはならない。国際協力を仕事にしたいと思ったくらいなのだから、本当は私の労働時間は、社会的なサポートが必要な人に使いたいのに、接客業をしている限り、社会的にも経済的にも困ってない人にサービスし続けなくてはならない。それって、私がやらなくてもいいのでは?と。
途上国に工場を持っている企業だったから、商品が売れることは途上国の雇用を支えることなので必要ではあるのだけど、私は商品を売るのではなく、会社や工場のことを伝えることをやりたいのだと思い始めていた。

震災後、首都圏は計画停電となり店舗の営業時間と人件費は縮小され、世間の経済の流れも消費より寄付、となり、私はシフトに入れなくなった。接客業という仕事の脆さの影響をダイレクトに受けたのだ。(コロナ禍の飲食業と同じ感じだろう)

ただすでに、接客業は卒業しようと思っていたところだったので、私は空いた時間を震災ボランティアに充てた。実家暮らしとはいえ働かないわけにはいかなかったので、ちょうど見つけた最寄駅のコンビニの早朝バイトの仕事に就き、バイトが終わったらボランティアに出かけるという生活だった。(コンビニも接客業だが、接客業であれば即戦力になれることは分かっていたので応急処置のつもりで)

ボランティアをガッツリしている中で、そのボランティアコーディネートをしていた、まちづくりのNPO代表と仲良くなり、「山根ちゃん、ウチで働かない?」と誘いを受け、休職中の接客業と比べると給料は下がるが、NPOという仕事にチャレンジしてみたい気持ちが大きく、転職。そこでの仕事のひとつが、ライティング、つまり記事を書くこと、だったのだ。

震災ボランティアからのNPO参画だったのでしばらく気付かなかったのだが、あれ?もしかしてこれってライターってことなんじゃない?新卒から11年目にして、私の夢って叶ったんじゃない?ってある日気付いたのだ。

私は明らかに転職回数が多いし、その間にライフステージの変化もあったから、ちょっと人より激しめの社会人生活かも知れないけど、今こうして高校時代に目指していた職に就けている。そして、どの企業や団体で働いていたことも、人生経験も、全て今に活きていると断言できる。

福島に移住した経緯やライターとしての今の活動はまた別に書こうと思うけれど、言いたかったのは、新卒の就職が全てでは無いこと。全ての経験は、つながって、活きていくこと。

山根さんってあんまり自分の過去のこと話さないよねって最近言われたこともあり、かなり大雑把ですが、書いてみました。
どんな人にもストーリーがあるし、でも生きてればなんとかなる。
そんな風に思っています。

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MAIKO(ローカルライター)
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