『阿久津先生は幽霊が見えない』第2話
「この辺りで1番近い心霊スポット、Y駅横の地下横断歩道に行きましょう!!!」
顔を顰める幸子
その表情を見て阿久津の顔が明るくなる
「ほう。そのお顔!やはりご存じですか!!」
「いや…そこ心霊スポットっていうか、例の通り魔があったところですよね…」
「その通り。1ヶ月前のサラリーマン刺殺事件ですね!!…あれってまだ犯人捕まっていないんですよ。それどころか…」
情緒たっぷりに語る阿久津
「悪霊に殺されたという噂が挙がっているそうですよ…?」
「ことの起こりは2週間前事件から10日ほど経った時に某サイトにアップされた動画です」
デスクからタブレットを取り、画面を幸子に向ける
動画には見たこともない男が映っていた
動画は男の自撮りのようだ
『はーい今日はなんと…!最近通り魔事件が起こったY駅の地下通路にやってきましたー!!』
雨が降っており音声が少々聞き取りづらい
男はわざとらしい動きと言葉で地下横断歩道の前で動画を撮影している
『生憎の天気なんですけど、一体どんな幽霊が見えるのでしょうか…!!』
恐る恐る地下横断歩道へと入っていく男
驚いたり、幽霊に呼びかけたりしながらトンネルの中心付近まで進んだ時
てんてんてんてんと無機質なリズムの電子音がトンネルに響いた
男が大声で驚く
そして、ポケットからスマホを取り出す
男が画面を見ると不審そうな顔をして画面をカメラへと向けた
『非通知』と書かれている。
『…出てみますね?』
男がスマホを耳に当てて電話に出る
しかし、男がどんなに呼びかけても返事はないようで、数秒して電話は切れた
動画はその後も続いたが、それ以上何も起こることなく終わっていた
〈恐怖!霊からの電話!!?〉とタイトルがつけられていた動画は少ない閲覧数とほぼ同数の低評価がつけられていた
「いやこんなん仕込みでしょ。動画には特に霊は映っていませんでしたよ」
「映像に映る霊も見えるんですね!!?最高ですね!!!」
「…いちいちテンション上がらなくていいですから。このインチキ動画がなんなんですか?」
「失礼。コメント欄を見てください」
幸子が?を浮かべながら、タブレットの画面をスクロールする
大量のアンチコメに紛れていくつか
『私もここ行ったんですけど、電話かかってきました。非通知でした』
『これはガチ。ここの近所住みなんだけど俺も電話かかってきた。怖くて出れんかったが』
『この方が行かれた数日前私もここ通行中に電話かかってきました。出たけど何も聞こえなくて数秒で切れました』
といった同調するコメントがあった
「これは…」
「ええ、本来こういった動画には面白半分でこのようなコメントが書き込まれることはよくあるのですがーー」
「これに関しては数が多すぎる」
「でも、あそこ結構よく人が通りますよ?私は通学ルートじゃないので通らないですけど。その全員にかかってきた訳じゃないでしょう」
「ええ、そうですね。なので、各種SNSで実際に電話がかかってきたと発言していた方たちにコンタクトを取りました。すると電話を受けた人にはいくつか共通項があったんです」
「!」
「おそらくこの霊現象には条件があります」
「条件…?」
「ええ、この霊現象に行き合う条件は、“雨の日”の“夜”に“1人で”ここを訪れること。どれも霊現象の遭遇条件としてはベタですね」
「ちなみに、私も3日前の雨の日に行ってみましたがビンゴでしたよ」
「既に行ってんすか!!?」
「実地調査は当然でしょう」
「阿久津先生、1つ忠告です。その電話の正体が霊だとして、そいつはやめておいたほうがいいです。私の経験談ですが霊には基本的に近付かない方がいいヤツがいくつかいます」
阿久津が目を輝かせる
諦めたようにため息をついて言葉を続ける幸子
「コイツはそのうち二つ当てはまってます」
「まずは“何かを介してコンタクトを取ってくるやつ”ベタなところだとインターフォン、ドアノック、後は今回の電話もそうですね。これをやってくるやつは悪意があるししつこい」
「なるほど、【介入型】の霊ですね」
「介入型…?」
阿久津は入り口の横にあるホワイトボードへと向かう
「まぁ名称は私が考えたものですが。私の研究では霊というのは物体から抜け出した精神的なエネルギーという解釈です。そして、精神エネルギーである霊の多くは生きた人間に干渉できません。人間も霊体と同じように自身の精神エネルギーで守られていますから。だから儀式的に形式的に“相手に干渉することを許可された状態”を作る必要があるという訳です」
電話に出る=会話をすることを許可される、インターホンに出る=家の入ることを許可されるとホワイトボードに書き込みながら、阿久津は続ける
「古くはペルシャやバビロニアの降霊術に端を発する理論です。日本だとイタコやユタが有名ですね。もっと一般的な知識だとコックリさんなんかもそうです。まぁこの場合は霊からの交渉なので立場は逆なんですけど。そして介入型の霊の多くは一度介入交渉を成功させてしまえば、相手に対してどんな事でもできる。そして受け入れてしまった分、非常に払いにくいというのが特徴です。甘粕さんの言う悪意があるししつこいというのはそういう事でしょう」
幸子目を丸くして阿久津を見る
「なんです?」
「思いのほかしっかりしていてびっくりしてます…」
阿久津が声を出して笑う
「甘粕さん。私をただのオカルト心霊大好き野郎だと思ってませんか?」
「…違うんですか?」
「いやそうなんですけどね?」
「そうなんじゃないですか」
「それだけじゃないんですよ。私は霊を知りたいのです」
「私には霊が見えません。それは仕方がないことです。生まれ持った能力を変えることはできませんから」
「だから私は世間の認識を変える事にしたんです」
「…え?」
「誰よりも霊を知って、理解して、分析して、解釈して!私は霊を学問にしたいのですよ!!」
阿久津の主張を多少引きながら聞いている幸子
「失礼、熱くなりました」
(この人ただのヤバい人じゃないんだな…まともなのにヤバい人だ…!1番のさばらせちゃいけないタイプだ!ちくしょう関わりたくねぇ!)
「今、関わりたくねぇって思ってます?手遅れですよ」
「関わられたくねぇ当人が言うことじゃないんだよなぁ!」
「そして2つ目の近付かない方がいいやつっていうのは?」
「…コイツそのものですよ」
「というと」
「“雨の日の夜に1人で干渉してくるヤツ”です」
「ほう。確かにこの方の条件そのものですね。理由は?」
「さぁ?ただその時間に出てくるやつは大体ヤバいヤツです」
阿久津口元に手を当ててブツブツと喋り始める
「ふむ…興味深い…雨の日…夜……つまり霊的な力が強まる時間ということか…?1人というのは…ふーむ大変興味深い…」
「私は人間と一緒なんじゃないかって思うんですけど」
幸子の言葉に阿久津がブツブツを止めて幸子を見る
「人間と同じ?」
「単純に雨の中夜1人で話しかけてくる人って概ねヤバいヤツじゃないですか。なんだろ、襲いやすい条件が整っているっていうか。悪意があるっていうか」
「なるほど!!つまり、初めから攻撃を仕掛けやすい条件で干渉してきているということですね!!幸子さん、素敵な解釈です!」
幸子、はっとする
(知らん間に率先して協力しちゃってた…!!)
「幸子さん、あなた心霊学が正式に学問化した際には名誉教授に…」
「マジで勘弁してください」
幸子が深々と頭を下げる
「さて、本来であれば、他の条件や幸子さんの経験談を洗いざらい聞き出したいところなのですが」
「マジでマジで勘弁してください」
「どうやらお時間の様ですね」
阿久津が壁にかかっている時計を見る
合わせて幸子も見る
時刻は19時を過ぎている
もうこんな時間!と驚く
「…でも今日、昼からめちゃくちゃいい天気でしたよ?」
「甘粕さん。天気予報はしっかりみた方がいいですよ」
阿久津が歩いて閉じたカーテンのところまで歩く
そして勢いよくカーテンを開く
窓の外はとっぷりと日が暮れており、そしてザーザーと激しく雨が降っている
「本日は夕方から大雨の予報です」
教員棟の前
「甘粕さん、傘お持ちじゃないんですか?」
阿久津、黒い傘を差しながら言う
「あー…はい、雨予報知らなかったんで…」
「入って行きますか?」
阿久津が爽やかな笑顔で自身の傘を差し出す
思わずきゅんとしかけた幸子だったが、昼の女子大生の顔と言葉を思い出す
そして研究棟の悪霊の顔を思い浮かべる
『近隣の大学すべてにファンクラブがあるのよ!』
『携帯番号?いい値で買うわよ』
(こんな人と相合傘をして歩いているのを見られたら…)
「勘弁してください…!」
「冗談です。こちらどうぞ」
阿久津、カバンから折り畳み傘を取り出す
ギギギと恨みがましく阿久津を見る幸子
涼しい顔で笑う阿久津
(コイツ嫌いかも…!)
「本当に行くんですか?マジでやめといた方がいいと思うんですけど」
「危険無くして学問の進展はありませんよ」
「危険犯すの私なんじゃ…」
「私もトンネルの前で待機しておきますから。まぁ霊感無いからなんの手助けもできませんけど」
「こんちくしょう!」
そして今に至る(1話冒頭)
『後ろだよ』
「うわああああああああ!!!!!!!」
甲高い悲鳴をあげる幸子
そして綺麗な動作で上段の回し蹴りを繰り出す
「えっ?」
電話と幸子の背後から声が聞こえたかと思うと、後ろに立っていた者のこめかみに鋭い蹴りの踵が突き刺さった
蹴られた対象が数メートル吹っ飛ぶ
「オラどうだぁ!霊の癖に生きてる人間に危害加えていいと思うなよ!?」
ファイティングポーズをとるが、視界に映るものを見て気が抜けた表情に切り替わる
そこにはスーツ姿の気の弱そうな男性が頬を押さえて目を潤ませていた
「あれぇ??」
幸子と駆けつけた阿久津が立ち、その前にスーツ男が正座している
「えーと、つまりあんたは…」
「はい、三沢と申します。先日ここで殺されました」
(そっちかー…!!)
(第2話 了)