没プロット②『下北沢ディスオーダー』2話

#2
雨の降る田舎道。
少女が虚空に向かって手を伸ばす。
その手のひらが光ると同時に、人1人通れるくらいのサイズの扉が現れる。
何かを考えた様子で扉のノブに手をかける。扉をゆっくりと開くと眩い光が差す。
少女の表情がパッと明るくなる。

そこに花田が駆けつける。
雨と汗でぐしょぐしょに濡れている。
縹「お前!それ…」
茜「うん。なんか出てきた。」
自身の手のひらを回しながら見る。
茜「これで島の悲願は叶うね。」
茜「ああ、でもこれ半分はお兄の方に行っているっぽいよ。」
縹「え?」

茜「じゃあ、私行くから。」
縹「行く?どこへ?」
茜がニヤリと笑う。
茜「家出。」


回想開け。
下北沢区民集会所の一室。
並べられた席についた町民達の代表者と立っている縹とナギ。
先程の戦いに参加していなかったものも複数参加している。
ナギ「今回も街に変なのがやって来ました会議!!!!!」
縹「議題もっとなんとかなんないですかね!!?」
町民達が雑に拍手を送る。

縹「大体なんなんですか急に!言われるがままについてきましたけど!」
ナギ「はい!じゃあ自己紹介よろしくぅ!!」
縹を無視するナギ。
背中をポンと押されて一歩前に出る縹。
長机を見渡す縹。
白道、常盤、グレイ、海賊、エルフ、精霊3人、ドローン、金髪のヤンキー、銀髪眼鏡の老紳士、山伏のような風貌の男、ヒーロースーツ、ベタな宇宙人、帯刀した女子高生、置かれているスマートフォン(持ち主不在)、着物姿の白髪の女、鉢植えから顔を出している身体が植物とどうかしている子供、丸メガネの胡散臭い男など…
先ほどの戦いに参加していた面々に加えて、参加していなかったメンバーも多数いる。というよりそっちの方が多いくらいである。
ナギが縹に耳打ちをする。
ナギ「彼らはこの街のいろんな団体の代表者だよ。半分ちょっとしかいないけど。」

ナギ「ねぇ、集まり悪くない?神託なんだけど。どういうこと白道くん。」
白道「民に見放されたんじゃないっすかね。」
エルフ「私の白鳩便はみんなに行き渡っているはずなんですけど…」
ドローン『どうせみんなサボりか寝てるかっすよ!』
海賊「お前のそれは参加扱いなのか…?」

町民たちがわいわいし出したところで、代表者の中にいた1人が手を挙げる。
戦いには参加していなかったヤンキーだ。
短髪金髪の10代後半くらいと思しき青年だ。片耳の複数のピアスと顔に大量の傷痕が残っている。目つきも怖い。
縹(この人も代表なのか?見た目いかつ…)
金髪「変なのってそいつ?さっきのゴブリン達じゃなくて?普通のガキに見えるけど」

ナギ「その通りだよゴートンくん。彼はただの少年じゃない…」
ゴートンと呼ばれた金髪が息を呑む。
ナギが勿体ぶって間をつくる。

待ちかねたのか縹の隣座って腕を組んでいた白道が口を開く。
白道「…そのガキ、異世界の扉を閉じたんだ」

町民達がざわつく。
セリフを取られてしょんぼりするナギ。
縹「あの…」
縹、小声でナギに呼びかける。どうしたの?と言う表情のナギ。
縹「自分で言うのもなんだけど、これってそんなに特別な事なんですか…?」
ナギ、キョトンとしたあと、クスリと笑う。
ナギ「異世界とその扉に干渉することはね。町民達はもちろん、神でもできないよ」
逆に驚く縹。
ナギ(君の方が驚くんだ…)

ゴートン「ああ?そりゃ不可能だってナギさん言ってなかったか?」
白道「その通り、ここ300年くらい魔術会、異世界同盟、悪魔組合、陰陽連、あとついでにそこの唯一神…他にもあらゆる組織があらゆる観点から扉を研究をしたが、誰も何一つ解明することができなかった。仕方なく、俺たちは扉を干渉不可能なものだと位置づけたワケだが…」
白道、ちらりと縹を見る。
白道「あろうことか、触れただけで、その扉を閉じる奴が現れやがった。」
威圧される縹。
白道「ガキ、お前何者だ?」

部屋が緊張で包まれる。
突然、ナギがぺしぺしと白道の後頭部を叩く。
ナギ「こらこら白道くん!ダメじゃないか!縹くん怖がってるよ!」
明らかに苛立っている白道。
ナギ「彼の名前は神枝縹くん!九州の島出身で単身この街に妹を探しにきた極々普通の一般人。そしてどういう訳か異界の扉に干渉できる。そこまでは昼の住人にはなんとなく話したよね?」
面々が頷く中、常盤がきょとんとしている。
常盤「そういう事情だったのかい?少年、大変だったなァ」
縹(そういえばあの人には聞き込みしてなかったっけ…)
ペコリと頭を下げる縹。
ナギ「でも君、まだ何か隠してることがあるよね?全部話してくれるかい?」
縹、住民達の緊張と疑心を緩めてくれたナギに感謝をしつつ口を開く。
縹「…わかりました。町民の皆さん、今日この街に来ました。神枝縹です。」

縹「儒門島…それが俺の故郷です。」
ナギ「…聞いたことない名前だね。いやまぁ日本の地理にそんなに詳しいわけじゃないけど」
縹(日本の神なのに)
縹「いえ、多分誰も聞いたことないです。九州と四国の中間くらいにある島なんですけど、地図には載っていないので…日本政府にも認知されていない島なんです」

ゴートン「そんなんこの時代にありえんのか?」
白道「“この街”の住人が何言ってんだ。大事なのは何を隠してるかだろ」
返す刀で返されて罰が悪そうに舌打ちするゴートン。

縹「“降神思想”」
縹「うちの島は1000年以上、神を世界に降臨させることを祈願としてきた島なんです。」

ナギ「へぇ…」
目を細めて微笑むナギ。
他の町民達も聴き入っており、少しずつ驚いたり、怪訝そうな表情を浮かべたりと様々なリアクションをしている。

縹「願うだけなら大した問題はないんですけどね。昔から色々…非人道的なことまでやってきたみたいです。」
縹「そしてついにその願いは叶ってしまった。」
縹「俺と妹は神呼びの装置の家系の初めての成功例。」
縹「ただし、持っていた力は神を呼ぶ力なんかじゃなくて、異界の扉を“閉じる力”と“開く力“でした。」
縹「力が発現したのは1ヶ月くらい前、妹は呼び寄せた扉で島を去りました。あいつは元々、島を嫌ってましたから。俺は追おうとしたんですけど、なぜか妹以外はその扉に入ることができなくて…」

しんとする町民達。
縹「で、僕らの立場を憐んでくれてた島の占い婆さんが「妹とは下北沢という街で無事元気な姿で再会できるだろう」っていう予言を聞いて島を脱走して下北沢まで来た次第です。」

町民達(ぜ…全然一般人じゃねぇ)
縹「あ、占い婆さんってのは神降しの過程で生まれた予言者で。大体の予言は当たるんです!」
町民達(この際そこはもう割とどうでもいいかな…)

ナギ「ははっ、君全然普通の人じゃないねぇ」
町民達(言っちゃうんだ…)

縹、心外そうな顔。
縹「俺、それ以外は何もできませんよ?」
ナギ「でもそれは他の誰にもできないことだよ。神にもね。」
悪戯っぽい笑顔を浮かべてナギが言う。

ナギ「さて、身の上話も終わったところでこれからの話をしようか」
縹「これから?」
ナギ「そう。これから。つまり縹くん、君がこれからどうしたいか。だよ。」
ナギ「妹を探す。その目的は分かった。でもそれは本当にこの街と関わっていくつもりかい?」
縹、さらに疑問符を浮かべる。
ナギ「この街に関わるということは、今日みたいな危険が日常になるということだよ。妹と再会する前に君自身が命を落とす可能性だってある。だったら君は表の世界で生きていた方が良くない?」
ナギ「君には今日の恩があるからね。妹探し、僕らが請け負ってもいい。」
ナギ「君は普通に暮らしながら、ただ待っているだけでもいい。なんたってここは“自由の街”だからね。」

ナギの言葉を受けて、縹が少し考える。
縹「俺がどうしたいか…。」
縹「そんなこと考えていいんですね…」
今度は住民たちが疑問符を浮かべる。
縹「島にいるときは仕来りと実験と神事と祈祷で自由に行動するのも考えるのも禁じられていたので新鮮です。」
縹「俺、皆さんと一緒に頑張りたいです。全部他の人に任せるなんて島にいた時と変わらなくなってしまう。」

ナギ「はいオッケー、じゃあ皆さん新しい街の住人に拍手!」
町民たちから拍手が上がる。まばらなものからしっかりしたものまで様々だ。
路上ミュージシャン達が合わせて『ようこそー!』と声を上げる。
テーブルに置いてあったドローンが飛び上がり『歓迎するっすー』と電子音を響かせながらどこかから取り出したクラッカーを鳴らす。
常盤が「妹見つかるといいなー!」とガヤを飛ばす。
ゴートンも怖い顔のまま拍手をしている。
なんだか嬉しくなって笑みを浮かべる縹。
頭を下げながら、『よろしくお願いします!』と叫んだ。
町民一同(…なんか馬鹿でかい闇に触れてしまった気がするけど聞かなかったことにしよ…!)

縹「あ…!」
縹「よく考えたら、今日みたいな危険ももうないんじゃないですか?」
縹「だって、俺が開いた側から扉を閉じちゃえば戦う必要なんてないですよ!」
町人たちがざわつく。

ナギ「そういうのはナシにしよう。」
ナギがカラッとした笑顔で言う。
縹「!!?」
しかしよく見ると縹以外は驚いていない。
ゴートン「まぁそうだろうな。」
グレイ「ええ、街の規則に反します。」
当然のように同意と言った様子の町民達。
縹「なんでです!??今日もめちゃくちゃ危なかったんですよね!?」
ナギ「街のお約束その3!“来るものは拒まず!ただし街と町民を脅かす相手には容赦しない”!!」
ナギが縹に言う。
ナギ「ほら言ったでしょ。ここは“自由の街”だから。住みたくてやって来る人もいるわけだし。他の世界からやってくる人たちの意思は尊重しないとね。」
呆れたように何か言い返そうとする縹。
白道「やめとけ。」
白道が言葉を制する。そして少しだけ笑う。
白道「そういう連中だ。」
ごくりと息を飲む縹。

常盤「力試しが出来なくなるのは困るしな。」
白道「そう言うことじゃねぇだろ戦闘狂め。」
ナギ「はいはい町民同士の無駄な喧嘩は禁止ね。」

ナギがぱんぱんと手を叩く。
ナギ「さてさて、意思確認もできたことだし。華総(はなぶさ)さん。準備できてるかな。」
華総と呼ばれた丸メガネの胡散臭い男がニヤリと笑う。
華総「ええ…準備できとりますよ。皆さん、屋上にいらっしゃってください。」
華総の言葉とその風貌に真意が読めず怯える縹。


屋上。
夕焼けに染まりかけた空の下、大量の豪華な料理と飲み物が準備されていた。
ナギ「【ゴブリンの扉】撃退戦お疲れ様でした&縹くんようこそ会〜〜!!!」
うおおお!!と町民たちが料理に傾れ込む。

華総「町会の間にうちの従業員たちに手配させました。表の食材から裏の食材まであらゆる品を手配しましたんで。」
ナギ「さすが華総商会!手が早くて広い!」
華総「ツケですからねぇ。神様?」
ナギ「彼は華総マオ。この街最大の商業団体の総帥だよ。」
しっかり無視するナギ。
縹(無視した…。)
華総がナギに向き直る。
華総「ウチは斡旋業もおこなってますんでねぇ。この町で生きていくにはお仕事も必要でしょう。比較的安全な物から、命懸けのものまで取り揃えてますんで、ご興味ありましたら声かけてくだせぇ。」
縹「ありがとうございます。」

??「住居はうちが承りましょう。」
背後からの突然の声に振り向くと、老紳士といった風貌の男性が立っていた。
銀髪を後ろに流し、金色の丸渕メガネ高い鼻と尖った顎は人間でない何かを彷彿とさせる。

ゆっくりと手を差し出す。握手だと気がついた縹は恐る恐る手を握る。
金森「どうも、縹君、金森宗次郎と申します。この街で不動産を営んでおります。」

縹「どうも」
金森の凛とした振る舞いに緊張する縹。
金森「通常の物件から、ワケアリの方のための物件までいろいろご用意していますよ。失礼ですが予算はどのくらいございますか?」
縹が固まる。
縹「あ、お金…そりゃそうですよね」
縹の手元に再び32円。
沈黙する3人。

ナギ「まぁまぁ、お金や仕事や家なんて後から考えたらいいじゃな〜い!!」
おどけるナギ。
縹(ダメ神…)
ナギが縹の手を取ると宴会場の中央まで縹を導いた。
ナギ「今はこの時を楽しもうじゃないか!!」
仕方なさそうに笑う縹。

突如、風鳴りのような歌声のような高く綺麗な音が響いた。
直後強い風とともに街が陰る。
常盤「おお、珍しい。」
グレイ「異界の気配につられた様ですね。」
町民たちが空を見上げる。
縹も習って空を見上げる。
そこには入道雲と見紛うような巨大な鯨が空を悠々と泳いでいた。背鰭には白い毛が雲のようにたなびきながら、周囲には小さな魚がまとわりつき、まるで上空が巨大な海になったかのような光景だった。
縹「うおおおおおお!!!!」
驚きと恐怖で叫び声を上げる縹。
白道「心配すんな。縹。あれに害意はねぇよ。」
白道「はるか昔にどこかの異世界から紛れ込んだらしくて常に世界中の空を遊泳してる。俺たちは“バハムート”って呼んでるよ。」
縹「バハムート…はは…すげぇ」
あまりの規模に笑みをこぼす縹。

巨大な鯨を見上げる縹。
ナギ「縹くん縹くん。」
ナギの声に縹が振り向く。
ナギが縹の頭に手を置く。
ナギ「神枝縹。私は、この街は、君を歓迎しよう。」
ナギ「唯一神、躬津奈木の加護か君に在らんことを。」
今までとは打って変わって厳かな雰囲気に言葉を失う縹。
ナギ「ま、道楽を司るろくでなしの神だけどね。」

鯨の毛の隙間から光が差し、再び宴会場に陽が差す。
縹「…よろしくお願いします。」
縹満面の笑顔で言う。


場転。
荒れる海に囲まれた島。儒門島。
その奥にある木造の祭壇で蝋燭の光を浴びながら数人の老人が話している。
「どうやら狙い通り縹は街に溶け込んだようじゃ。」
「長老殿の計画通りですな。」
不気味な笑い声を上げる老人たち。
「忌まわしき神在の地め…」
「対の鍵の片割れはなんとしてもわしらが取り戻す。」
「それが叶わぬなら…」
1人が言葉を発した後に立ち上がり、祭壇の上にある巨大な像を見上げる。
あらゆる生物を混ぜ合わせたような悍ましい姿の像。
「踊ってもらうぞ縹よ。全ては我らが宿願の為に。」

                     
                                           【#2 了】

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