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拝啓、推し様。

ありそうなタイトルで始めたのは、私の中で大きくなりすぎた推しの存在が、昨今流行の推し活と同じだと思いたいから。世の推し活に紛れて自分のひねくれた思いを薄めたいから。

推しという概念が存在しない芸術業界で、私はあなたに出会ってしまった。

あなたの前髪があと1センチ短かったら私はあなたに気が付かなかったのかもしれないのに。

気が付いた時は、本当にただ気付いただけで、あなたのインスタを見つけて沼に入りそうだったのを強制的に自分の意識を引き上げて。

その後病み期に入ってあなたのことをすっかり忘れていた。

U30があるし年末コンサートに行ってみようと思い、初めて行った年末のコンサートで髪をしばったあなたに再会してしまった。

見つめてしまった。

見つめていたからあなたの演奏する音楽が最高に素晴らしいことを知り、団体の中のあなたの音が最高に清らかであることをしった。

そう、私の見つめ癖はその時から。

再会後の興奮で、あなたのインスタとツイッターを全部上から下までたどった。

あなたが悩みながらも舞台の上が楽しくて続けてきて今があることを知った。

つい自分を投影してしまった。

その後あなたのソロリサイタルにも行った。

あなたに会うコンサートは大体いつも3ヶ月ほど間が空く。

また忘れた頃にあなたが出ているコンサートの情報を知って、急遽チケットを取った。

あなたを見つめていたから、新たな発見がたくさんあった公演だった。あなたのおかげで知らなかったことをたくさん知った。

感動とともに公演を終えたあなたに話しかけたら思いの外こころよく対応してくれた。意外だった。とても意外だった。

その後門外漢にも等しいコンサートへも、あなたの演奏を聴きたくて、あなたに何か教えてもらそうな気がして足を運んだ。

あなたは確かに、知らない音楽を、知らない作曲家を、たくさん教えてくれた。

舞台から降りたあなたを見たのはまた3ヶ月後。いや、4ヶ月後。

公式に話しかけて良い場面。公式に話しかけて良いってどういう気持ちで言ったら良いのだろう。話しかけようにも、別に友達になる気もないその場しのぎの台詞などなく、感動したことを伝えるうまい言葉も見つからなかった。

ただ、見つめていた。

実はそれがあなたの日本公演の最後だったのだから、公式に話しかけて良い場に出てきたのかもしれない。

あなたは留学する予定だった。音楽家は留学して研鑽するのだ。今あなたはどこにいるのだろう。オケの仕事を降りている今、どこであなたの音を聴けるのだろう。ラジオの仕事を降りている今、どこであなたの声を聴けるのだろう。

恋に恋している私など相手にしなくとも良い。ただ、あなたのいない演奏会は灰色に見えるのだ。灰色なのだ。あなたの髪色のように。灰色のあなたがいないのに灰色なのだ。

拝啓、推し様。今、どこにいるの。ファンより。