国家戦略MICEは少子高齢化が急速に進む日本の未来の切り札 ~ “コミュニケーションの付加価値の最大化” とは!? ~
MICEとは、企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体や学会等が行う国際会議(Convention/Congress)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字のことであり、多くの集客交流が見込まれる ビジネス会議・イベント・ツーリズム等の総称である。
人と人との対面コミュニケーションを前提としてきたMICEは、コロナ禍による負の影響を最大級に受けている業界の一つと言える。コロナ禍が顕在化した当初、いわゆる「3密」の典型例とも言えるMICE業界は、予定されていたあらゆる会議・イベントが次々と中止や延期になるという、過去にない信じられない状況が怒濤のように押し寄せた。しかし、コミュニケーション需要自体は非常に根強い。コロナ状況に対するMICE業界の適応も素早く、オンライン方式やハイブリッド方式(オンライン方式と対面方式の併用)という開催方式がクローズアップされるようにもなった。
ここで、今一度、MICEの提供価値について考えてみたい。MICEは、誰に対して、どのような価値提供が可能なのか。それをどのような方法で実現するのか。MICEの本質について、そしてこれからの時代に求められるMICEについて、自分なりに3つのフェーズに分類しつつ、考察してみる。
【MICE・トライアルフェーズ(1990年代~)】
観光振興策としての「C」(コンベンション/国際会議)誘致からのスタート
MICEという言葉は、シンガポール政府観光局が1992年頃から、ミーティング、インセンティブ、コンベンション/コングレス、エキシビション/イベントという4つのビジネス・セグメントを一括りにして捉えるために使い始めたのが語源とされる。シンガポールでは1960年代から、国の発展には3つの要素(大型コンベンション施設、大型宿泊施設、大型ハブ空港)が必要とし、長期的な戦略としてMICEという造語に集約させたと考えられている。MICEという言葉は主に東南アジアで共通する造語として浸透してきた経緯があり、例えば米国ではミーティング、欧州ではコンベンション/コングレス、豪州ではイベントが、このMICEの領域を表現する言葉として使われてきた。
大きなものでは国内外から数千~数万人が集まるMICEは種々の大きな効果(※後述)が期待されることから、日本では前回の東京五輪が開催された1964年頃から、各都市において都市インフラの一つとして大規模MICE(主に「C」と「E」)の会場となる会議場や展示場が整備されてきた。
そして1990年代に入り、国際会議の日本開催を誘致することでの国際観光の振興に手を打ち始める。1994年、「国際会議等の誘致の促進及び開催の円滑化による国際観光の振興に関する法律」(通称 コンベンション法)が成立。同法に基づき、全国45都市を「国際会議観光都市」に認定するとともに、JNTO(日本政府観光局)では「国際コンベンション誘致センター」を設置し、国際会議の開催地としての日本の魅力を海外で宣伝するなどの誘致活動に力を入れ始めた。
https://jccb.or.jp/about-us/org-history/
【MICE・国策フェーズ(2010年~)】 イノベーション創出の手段としての、国家戦略MICE
2006年に議員立法として観光立国推進基本法が成立し、2年後の2008年には国土交通省の管轄下に観光庁が設立されている。本法律において、観光は、21世紀における日本の重要な政策の柱として初めて明確に位置づけられた。
https://www.mlit.go.jp/kankocho/kankorikkoku/kihonhou.html
そして、観光庁は、2009年策定のMICE推進アクションプランに基づいて2010年を “Japan MICE Year” と定め、MICE推進のための取り組みを、インバウンドの旅行者の数を将来的に3000万人とする「訪日外国人3000万人プログラム」の一環として強力に推し進めていくこととした。この2010年が、日本の「MICE元年」と言われている。
https://www.mlit.go.jp/kankocho/news07_000013.html
その後、2013年に閣議決定された「日本再興戦略 -JAPAN is BACK- 」、2018年の「観光ビジョン実現プログラム2018」を経て、MICEは観光立国実現に向けた主要な柱の一つとして位置づけられ、その位置づけの下で様々な取組みが進められてきた。
ここまでの流れから見えてくることは、日本におけるMICEとは、「MICE」というシンガポール発の造語を使用しているものの、ほぼ「C」(コンベンション/国際会議)を主対象としてきたと言え、国土交通省観光庁の管轄下においてインバウンド増加への貢献を目的としてきたことをうかがい知ることができる。したがって、残念ながら、日本ではこれまで国際会議の開催件数を主体とした数値把握しかできておらず、MICE全体の市場規模が判明しない、というのが現在まで続く実情であり課題であると言える。
※MICEの「M」「I」「C」の主管は国土交通省観光庁、「E」の主管は経済産業省であることも念頭に置いておくと、観光庁を起点とするMICE国家戦略を理解する際の留意点も推察しやすい。
ここで、MICEの意義・効果について触れておく。
MICEは、企業・産業活動や研究・学会活動等と関連している場合が多いため、一般的な観光とは性格を異にする部分が多い。そのため、観光庁は、観光振興という文脈でのみ捉えるのではなく、「人が集まる」という直接的な効果とともに、人の集積や交流から派生する付加価値や大局的な意義についての認識を高める必要があるとし、3つの効果を挙げている。
[1]ビジネス・イノベーションの機会の創造
[2]地域への経済効果
[3]国・都市の競争力向上
https://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kokusai/mice.html
この中で、地方創生の文脈からよく語られるのは、[2]の経済効果である。一般に、定住人口1人当たりの年間消費額は127万円とされており、これは外国人旅行者の消費額8人分、国内旅行者(宿泊)であれば23人分に相当する。
https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2019/1017_06.html
また、MICE来訪外国人は滞在日数が長く支出額も大きいという特徴があり、消費額は一般旅行者の約2倍と言われる。この情報と掛け合わせると、地域経済の観点からは、定住人口の減少1人分を埋め合わせるには、MICEで訪れる外国人旅行者を4人増やせばよい、という計算になる。このロジックで考えると、MICEを核とするインバウンド重視の地方創生戦略に傾倒してしまうのも(※それによる弊害の事実を脇に置けば)うなずける。
一方、自身が最も注目するのは、[1]のイノベーション効果である。私見であるが、MICEの本質を、「人と人とのコミュニケーションによる新たな価値創造とイノベーション創出」と捉えている。
イノベーションとは、「社会に大きな価値をもたらす革新」であり、単なる技術革新のことを指すものではなく、新しい知・アイデアを生み出すことが肝要である。イノベーションの父、ヨーゼフ・シュンペーターの言に、「新しい知とは常に、『既存の知』と別の『既存の知』の『新しい組み合わせ』で生まれる」、というものがある。
また、昨今注目される『両利きの経営』(By チャールズ・オライリー、マイケル・タッシュマン)では、「既存の知識、スキルを深めること(知の深化)」 と「新たな知識、スキルを探索すること(知の探索)」 の両方が必要だとする。この2つがバランス良く行われることでイノベーションは起こるが、人・組織はどうしても本質的に 「いま認知できている目の前の知同士だけを組み合わせる」 傾向がある(=「近視」)ため、「自分の現在の認知の範囲外にある知を探索し、それをいま自分の持っている知と新しく組み合わせる」 ことが必要、と監訳者の入山章栄氏は言う。
https://diamond.jp/articles/-/224866?page=2
これらの話は、ネアンデルタール人と現生人類ホモ・サピエンスのエピソード(絶滅してしまったネアンデルタール人は、住んでいる場所から1時間以内で調達できるもので道具を作っていたが、一方の現生人類は、部族間で交易を行っていた)や「タスマニア現象」(地続きだったオーストラリア大陸から約1万年前に分離したタスマニア島では、分離前よりも分離後の方が文明は退化してしまった)とも相通じる。
ここに、MICEの本質的価値がある、と見る。つまり、MICEとは「人が集い、目的をもってコミュニケーションが行われ、情報のやりとりによって、未来に良い変化を起すもの」であることから、「知の探索」機会としてMICEによってコミュニケーションの付加価値を如何に高めるか、がイノベーションを生み出す源泉となる、と言えよう。このように捉えると、交流人口の確保と新たな価値創造の手段たるMICEの日本のターゲットは、これまでの「C」偏重だけではなく、先行き不透明なVUCA時代においてイノベーション志向性が高くなっている企業の領域(「M」「I」)にも大きなポテンシャルがあるのではないかと思う。
https://www.cuorec3.co.jp/taidan/vol10.html
【MICE・ニューノーマルフェーズ(2020年~)】
“Withコロナ”/“Afterコロナ” のMICE:“コミュニケーションの付加価値の最大化”
冒頭で触れた通り、MICE業界はコロナ禍で大打撃を受ける一方、その状況にたくましく適応し、「3密」を回避したコミュニケーションの場の創出を模索し続けている。
https://www.tourism.jp/tourism-database/column/2021/02/online-mice-problems/
コロナ禍において、従来通りの対面型の開催ができなくなり、代替手段として実施したオンライン型開催の経験を積んだことで、ある種の成功体験を得たことは確かである。オンライン開催は、距離・時間・費用という従来であれば当たり前だった3つの障壁を容易に飛び越え、これまでは時間や費用面がネックとなって会議に参加できなかった人達でも気軽に参加できるようになった、という一面がある。もちろん、移動を伴わなければ安全衛生面の心配も無用である。この効率性・利便性・経済性にMICE参加者が気付いた以上、“Afterコロナ” のMICEが、全体的に、対面型100%の “Beforeコロナ” に戻ることはないように思う。
その一方で、MICEの中核価値と言っても過言ではない体験性・偶発性との観点からは、オンラインでの限界についても実感することとなった。よって、対面型は今後も根強く残っていくだろうことも、確かなように思う。すると、今後のMICEの主流はハイブリッド方式となっていくのかもしれない。
MICEにおいて大変重要な、誘致の力学についても今後は大きく変わるだろうことが推察される。数々のMICEの誘致因子の中で、従来の重要因子としては、大きく、ハード面(施設=大人数を収容可能な施設、アクセシビリティ=目的地に至るまでの交通利便性)とソフト面(コンテンツ=開催目的・テーマや実力ある教授の研究成果・人脈など)を挙げることができる。これらの因子に優位なのは、国際空港との接続性の良い、大規模施設を抱えられる一部の大都市であったり、著名な教授が在籍する特定の大学であったりと、非常に偏在性が高かったという実情があった。
それに対し、“Withコロナ”/“Afterコロナ” においては、「規模」「量」といったハード的な価値観から、「コンテンツ」「質」といったソフト的な価値観への転換が必須になると考える。例えば、ハイブリッド方式の場合、中小規模であっても通信環境の優れた施設(=ハード面)での、オンラインと対面の両方へのオペレーション力やリアル参加者とオンライン参加者の一体感の醸成など(=ソフト面)は、非常に重要な要素になると思われる。また、海外で見られるような超巨大なオールインワン型ではなく、広域連携エリア内における「広域分散型・エリアMICE」という考え方が、各地点を緻密・安定的につなぐといった日本らしい強みを発揮できる、これから日本が目指すべきスタイルとして一層注目を集めるのでは、と思う。
https://www.kensetsunews.com/web-kan/392593
もう一つ、自身としては最も大事と考える観点がある。それは、インバウンド増加への貢献(=“量”的価値観)を目的としてきたこれまでのMICE政策・戦略の位置づけを再定義し、地域の “ありたい姿” を実現するための手段としてMICEを位置付け(=“質”的価値観)、持続可能な地域づくり・地方創生SDGsの戦略と一体化させる、ということである。冒頭でも触れた、MICEとは誰に対してどのような価値提供が可能なのか、の問いに立ち返りたい。
MICE施設のあり方としては、施設単体ではなく都市全体の中での役割を考える、そして、MICEを手段として捉え、どのようなテーマのMICEを誘致することで、地域にどのようなレガシーを創出したいのかについて、エリアマネジメントの観点から、MICE関係者以外も含む多様なステークホルダーで共に考える、といったアクションが非常に大事になると考える。こうしたプロセスを通じて、地域資源(=コンテンツ)を見つめ直し再発見し磨き上げることによって、世界中から時間・費用をかけてでもその地に足を運びたくなるような、その地域ならではの “尖った誘致力” につながるものと考える。こうした視野の下で、MICE開催時におけるオンライン方式と対面方式の両方の利点と欠点を認識した上での “コミュニケーションの付加価値の最大化” だけでなく、地域全体が持続的に輝き続けるための “コミュニケーションの付加価値の最大化” について、引き続き探索していきたい。
ここまで3回の投稿にて、サステナビリティ・地方創生・MICEという3領域の各々の潮流について自分なりに考察してみた。
自身としては、この3つの潮流は2020年が結節点と捉えており、日本創生に向けては、COVID-19をむしろドライバーとして、クロスセクターでの種々多様なパワーをより一層結集していくことが望まれる。少子高齢化が急速に進む日本の未来の切り札としてMICEという手段を最大限に活用することが、持続可能な「循環」と「共生」の広域連携の地域づくりに、ひいては日本創生の実現につながると信じ、自身の座右の銘「積小為大」を胸に、試行錯誤の実践をこれからも続けていく所存である。