来客に感謝
もしもきれい好きに生まれていたら、身の回りがずっとぴかぴかで整理されていて、あのダイヤっぽいきらきらエフェクトに囲まれて暮らせているんだろうな。と、うらやましく思いつつ、かなしいかなわたしの性格にまったくその兆候は見られない。
もちろん、お掃除はちゃんとする。ゴミ出し、排水溝やトイレなどの水回りといった、「やらんとあかん」やつ。目に見えて汚ゾーン(おぞーん)がわかるところは掃除の対象になるのだ。でも、デスクや身の回り系、クローゼットのあれこれはなかなか整理に踏み切れない。
生活していると、自分の定位置のようなものが確立されてくる。わたしにとってのその場所は、ちょうどいい感じに物を置けるスペースがある。そういう風に家具を設置したのはわたしですが。
基本的に本が多くて、読みたい本と読みかけの本を積んでしまうので、あれれ~もう終わりなのだ。本棚が別の部屋にあるから、いちいち移動するよりは、もともと近くに置いておけばいいじゃない!と、マイー・アントワネットは申しております。
家人からすると、また本散らかして!という感想なのだろうが、わたしにとってはそれほど散らかっていない。あの本とあの本とあの本と……(つづく)が、まあ端っこは揃ってはいないけれど同じ場所に集結しているんだもの。たまに天啓を受けて、本棚との行き来を実行し、ちょっとだけ整理することもあるけれど、なにしろ天啓なので、そんなにちょこちょこ受けられるものではない。
で、そんなわたしにも家の掃除や物の整理を強制的にやらされる機会がある。人が家に来るときだ。友人を呼んでホームパーティー💛なんていつかやってみたいものだが、まだ引越して一年ちょっとなので、お友達はイマジナリーでしか登場させられない。来客というと、いわゆる完全に外部の人。配水管や消防の点検、修理関係の人。
知らない人を部屋に入れるのはあまり気が進まないけれど、こりゃあ掃除せんとな!と、お尻に火がつく。だって消防点検なんて、ほぼ全部の部屋に入るわけだし。クローゼットにいったん詰め込んで安心していたところ、なんとクローゼットの中にまで火災報知器があると言われて細~~~~くあけたら、積みあがった部屋着がそこまで達していた。点検の方の「アッ……」の切ない響きは忘れられない。
家じゅうにふんわりと散らばる物たちを隠すのにも限界がある(隠すという思考がはたらく時点で、きれい好きからは程遠い)。いずれ着る瞬間を見据えて乾いたままの洗濯物、すぐ使うからそのへんにこんにちはしている財布やエコバッグ、クローゼットの整理をあきらめて浮遊寸前の服たち……。さすがにそういうのは人様に見せられるものではないので、重い腰を上げるしかない。
するとびっくり、お部屋ってこんなに広かったんだ~!現象を全部屋において体験できるので、もうほんとうに来客には感謝である。知らない人ほど片付ける気力が上がる。
ありがたいことはありがたいのだが、そういう点検のときの自分の立ち回りがいつも掴みきれずに落ち着かない。あまり近くにいるのもあれだし、かといって遠く離れるとなにか呼ばれたときにすぐ行けないし。火災報知器に器具を当ててパオンパオン鳴るまでの沈黙をご一緒するのもちょっと違いますよね。座っていたら失礼な感じがするし、立っていてもなんだかそわそわしちゃって、無駄に机のうえの物の位置を直したりして……。
終わった瞬間、さーて!と本たちを元に戻す(積む)ので、かなり短期間のキレイ習慣なのであった。
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はじめての夢日記、意味がわからない夢なのでぜひ読んでみてください。