運命の人?

かつて恋人がいた。
彼はあまりに優秀で、筋が通ってて、当時人気の韓ドラに出演している俳優のように美形で、5歳年上のひとだった。
わたし?といえば、丸顔にこけしの様な細い目、姿勢も悪いし、化粧の仕方はおろか日焼け止めを塗ると謎の発疹が出るので、年中色黒、その割には不健康で、常にだるいと思いながら生きていた。
はじめ、新入生を連れてドライブに連れて行ってくれる彼は、何と奇特な先輩だろうと思っていた。卒業試験も控えているのに余裕だなぁ…と。その内、自分だけが誘われるようになり、ますます訳が分からなくなった。私以外は、皆家柄も良く、可愛らしい女の子ばかりだった。猫背でガリガリ、大した相槌も打てない私の何が良かったのか。最初にドライブに一緒に行っていた女の子達の数人は、先輩に淡い恋心を抱いていた、というのも決まりが悪かった。逆の立場から見たら、あんな奴(一応女でも)のどこがいいんだ?と。そんなこんなで気まずくなって、部活の同級生の中で、私は完全に浮いてしまう存在となって、途中で辞めてしまった。

その後も先輩との交際は続いた。けれど、その年代の5歳差は大きい。向こうは社会人。こっちは学生。どんなに私が勉強を頑張っても追いつくことはない。それに、薄々気づいてはいたけれど、向こうは優秀すぎるのだ。会話について行けていないと思いつつも、彼を嫌になる要素はまったくないのだ。むしろ、いつ私が捨てられるのかなぁと思っていた。

別れは突然だった。それも私から。彼は大学院を3年で卒業し、その後アメリカに留学することになり、着いてきてほしいと言われたが、私は初期研修を終えたばかりの出来損ないの研修医。このまま彼に着いていっても、言葉の通じず、友人も居ない異国で生活できる自信もない。向こうで働ける訳でもなくただひたすら彼の貯金を食い潰す足手纏いになるのは火を見るより明らかだった。何の恩返しも出来ないまま別れてしまい、それ以降は一度も会っていない。というより、合わせる顔もない。

私は彼のことを忘れる、彼以上の医師になるんだ、そう決めて故郷に戻って、精神的にも肉体的にもボロボロになるまで働いた。仕舞いには鬱になり、抗うつ剤を飲んで休んだ。体重だけが10キロ以上、ブクブク太り、益々自分が嫌になった。臨床にいきなり戻るのは厳しいだろうと、大学院に進学したが、6年かかっても実験の結果は出ず、博士号を取ることは叶わなかった。運命の人は、あまりにも出来過ぎていた。そこでやっと、彼は運命の人ではなく、自分には不釣り合いな幻の王子様だったのだ、と思えた。

気づけば30代前半の私がいた。
今、私は場末の病院で、ひっそり働いている。
学会も、彼が現れそうなものには参加しない。
優しい人と結婚はしたが、夫は忙し過ぎて、私を抱くことも無かった。不妊治療もしたが、それ以前の問題だと思っている。気づけば老夫婦となっているのだろうか。

時々、生きている意味がよく分からないことがある。何もかも捨てて、誰も知らない場所に行って、ひたすら眠ったまま死にたくなる。

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