あのこは貴族。
わたしの靴下はいつも母趾のとこだけ穴が開く。
爪が上向きに生えているから仕方ない。
何とか誤魔化し履いているが、人前で靴を脱ぐ時に見られまいと必死。今日も干した洗濯物を畳みながら、靴下の穴がないか確認していたら、昔の思い出が蘇ってきた。
あれはまだ、田舎ののんびりした病院での初期研修を終えて、繁華街の三次救急病院で内科レジデントとして働き出した頃だ。
もともと化粧もしないし、髪はボサボサ、野暮ったいことこの上ないのだが、さらに忙しさでゾンビのようになっていた。オシャレな靴ではなくスニーカー、その下には靴下を履いて。
一方、仲間のレジデント達は、メイクもしっかり、お洒落もしっかり。研修医の子達も、当直明けでもスキンケアもメイクも抜かりなく。それでも仕事はテキパキと。
何だか場違いな職場に来てしまった…どうしよう。
いつも怯えて猫背で下を向いて歩いているものだから、関係ない科の上級医からも「もっと胸を張って、シャンとしなさい」と声を掛けられる始末。
そんなある日、キラキラしたモデルのような研修医の子から言われた一言が、「先生は何も気にしなくておおらかな感じですか?靴下に穴が開いてても気にしなさそう(笑)」「先生の前の〇〇先生は、優秀なだけじゃなくて、すごくオシャレで、モデルもしてたんですよー。私すごく大好きだったんですー。」
ふと見ると、靴下の母趾部分に、大穴が開いていた。
穴が開いてたら入りたいとはこのことだよな…
乾いた笑いで流すしかなかった…
後任がこんな奴でごめんよ…
みんなキラキラで、自信に満ちていて、私だけが挙動不審だったな。あのキラキラ研修医がどうなったか分からないが、美容系でキラキラしてて欲しい。
私の中では、あのこは貴族、なんだもの。